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  作者: れいちぇる
第四章 「幻獣大戦 奪還」
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第四十九羽 「みにくき業(わざ)」

 三日月を思わせる巨大な武器を手にした女が早口で捲し立てている。宙には日光を反射し輝く書物を開いた男がいた。


「ちょっとぉ! やっとこさ尻尾斬ったのに全然弱くならないじゃない! このうそつき!」

「ちょっ、ハニー待てって! 弱くなるって言ってねえし! 不死身じゃなくなるんだよ!」

「不死身じゃなくっても、切った途端に輪をかけて面倒になってるわ! あたし、アンタの言う事、もう期待しない!」

「そ、そんな……」


 相方の男の弁明を無視し、向けていた顔もぷいっと背け、再び正面を見る。突然前方にある仮設建造物が粉砕し、崩れ落ちた。破壊の波が向かって左から右へと進む。


「どうしろって言うのよ、これ! もうワケわかんないわ!」

「落ち着けって、ハニー! とりあえず跳べって。俺が抱いて飛ぶから!」

「ヘンタイ! どうしてこんな時まで脳みそピンクなの?! マジでぶち殺すわよ!」

「なんでそう…… はぁ、もういいから離れるぜ! 入り組んだここで正面切っては不利だ!」


 地上に降り、書物を手にした羽ありが栗色の髪をした羽なしの娘の手を引く。直後に彼の視界が反転し、背中から地面に落とされていた。不意を突かれた羽ありは腰を強めに打ってしまった。


「ちょ…… 頼むから反射的に攻撃するのやめてくれ……」

「初めにあんなことしたアンタが悪い!」



-49-



 なにもない空間に薄く影が現れた。少しずつその色を濃くしてゆき、はっきりと姿を晒すと天に向かって咆哮をあげた。それは醜く瘤のある、両眼(りょうまなこ)が別々に動く奇怪な竜だった。背を向け走って逃げていく女を確認すると、巨体を揺らしながら突進しはじめた。目の前に転がる瓦礫を踏み砕き、進路を邪魔する建築物を突き破りながら追いかけていく。

 角を曲がった獲物を追い、竜も瓦礫を散らして飛び出した。逃走した方を見るが女の後ろ姿はなかった。コルルルル、と喉を低く鳴らし疑問そうな様子を見せた竜の首の真下を、まるで疾風を思わせる小さな何かが駆け抜けた。竜の視界はそれを見逃さず、ギョロリと片眼がそれを追う。直後に竜は首に力を込め防御体勢を取った。ズドンと重量のある一撃が疾風が抜けた方から竜を襲う。銀灰色の毛並みを持つ獣人が全身の力を集中して殴り付けたのだ。竜自身も頑強であったがその威力に押され、わずかに前躯が傾いた。さらに反対の眼が、昼間でも強く輝く三日月が自身に襲い来るのを捉えた。必死に押し流されるのをこらえ、身体を反らす。しかしこらえるのが精一杯で、回避はできなかった。栗色の髪をした羽なしの娘が振り抜いた刃は、竜の首の付け根から右前足を深く切り裂き、竜の持つ体に不釣り合いな小さい翼を斬り飛ばした。


「まだ浅い!」


 舌打ちと同時に飛び退き距離をとる。首を切断するつもりだった彼女は一撃で決められなかった事を悔いたが、次の斬撃に移れなかった。切断に至らずとも見た目にも深い傷を受けたにも関わらず、竜は崩れることなく踏みとどまった。そして彼女を両目で睨みつける姿に、背中に冷たいものが走るのを感じたためだ。

 魔道書と尾部で繋がっていた先までは絶対の不死身だった。首をはねようと息絶えず、攻撃によって付いた傷はいかなる物もたちどころに塞がった。それが魔道書による特殊能力だったとしても、竜そのものの屈強さがあっての力だろう。用心して距離を取った彼女は正しく、醜き竜は全身で大きく尾を振って周囲の建物を砕いた。離れていなければその破壊に巻き込まれていただろう。


「ハニー、こっちだ!」

「ハニーって呼ぶな!」


 空からの声ともに、大きな白銀の毛を持つ狼が羽なしの娘のもとに来た。その意を察し、その背に乗り長い毛を掴むと狼が走り出す。


「よし…… もう少しだな。悪足掻きに巻き込まれないように、もうちょい拓けた場所で止めだ」

「ちょっと、逆に逃げられて尻尾をまたくっ付けられたらどうするのよ? また不死身に逆戻りじゃない」

「初期化しない限り切られた尾は再生できねえ。一応な。グリモアの初期化はラボにメンテナンスに出さねえ限り一般将校じゃ不可能だからな。逃げやしねえ。ここで焦る必要は無ぇさ」


 羽ありの男の言葉を証明するかのように、竜は体を引き摺りながら追撃を始めた。


「な? むしろ焦ってるのは(やっこ)さんな訳だ。倒される前に制圧しなきゃだからな」

「……のね」

「ん? どした?」

「べ、別に、なにも言ってないわよ! ちょっとは状況読めて、頭使って戦ってるんだなーって…… そう思っただけよ!」

「伊達に基地一個の防衛任されてねえよ。他の奴らと出来が違う…… って初めて誉めてくれたんじゃないか? お、おいもう一度言ってくれよ、お願いだから!」

「るっさい! だから言いたくなかったのよ!」

「って、やっぱりそうなんだな?! 俺もっと頑張るから!」

「いい加減にしろ! ほら、この辺で良いでしょ? 決着つけるわよ!」


 そこは集会用に設営された広場だった。狼から降りて手負いの竜を迎え撃つ。羽ありの男は書を開いたまま空に上がり 、羽なしの娘は三日月を備えた長大な武器の柄を握り構えた。ズン、ズンと重量のある音が近づいてくるが姿が見えない。再び透明化したようだ。しかし右前足に傷を与えた事で足音がより鮮明になり、さらに引き摺る足が大地に跡を残すため、以前よりも位置をずっと把握しやすくなっていた。

 勝機ととらえた羽なしの娘が見上げて無言で合図を送ると、羽ありの男は獣人を走らせ、胴体があるとおぼしき空間を殴りつけさせた。拳が確かに当たる音が重く響く。さらに二発三発と続けざまに殴り、距離を取った。どうっと地に崩れ落ちる音が響き、そこからは無音となった。土煙が舞った辺りを凝視していると、徐々に竜の姿があらわになっていく。休息を与えるつもりはない。完全な勝機と判断し、確実な決着とするため羽なしの娘が首をはねに飛び出した。

 両者の様子を上からうかがっていた羽ありの男は見た。竜の背中の瘤が別の生き物のように蠢いている。


「ハニー、気を付けろ! なにか仕掛けてくるぞ!」

「その前にケリをつけるわ!」


 刃を振り上げ、まさに首を落とさんとしたその時、竜が突如首をもたげて絶叫を発した。あまりの奇声に反射的に怯んでしまった羽なしの娘は刃を納め、不意な反撃を避けるため、竜の尾も首も届かないところにまで下がることを余儀なくされた。


 竜が断末魔をあげた後に少しして、背中から多くの瘤が放り出された。瘤は数度地面を弾んだ後静止し、音を立てて爆ぜた。その爆ぜる勢いは然したる威力はなかったが、竜の体表を思わせる紫色の気体が溢れだした。気味の悪さを覚えた羽なしの娘はすぐにその場から離れたが、それをわずかに吸い込んでしまった。直後、彼女の顔色が急変した。


「ちょっと、何、これ…… 息、でき な……」


 大きく口を開け、喉を押さえて苦悶の表情を示している。全く予想されていなかった事態に混乱が隠せず、パニックを起こしかけていた。同じく予想外の光景に、空で待機していた羽ありの男も彼女の傍らに降り立った。


「くそっ 何だ? こんな能力、コイツに無かったはず…… まさか調整後の付与か? おいハニー! しっかりしろ!」


 武器を抱えたまま両膝をついて苦しむ羽なしの娘を抱え起こした。呼吸が満足にできていない。返事をすることもままならず、涙と唾液をこぼして片手を伸ばすのが限界だった。このままでは羽なしの娘が危険なことを察した羽ありは、彼女を抱いたまま飛び立とうとしたが、同時に異変に気が付いた。

 竜のばらまいた瘤が爆ぜた後に広がった煙が、薄くならずに留まり始めた。竜を中心に空気が渦を巻き、煙を閉じ込めていく。


風の妖精シルフだと? このタイミングでかよ! 最悪だな、お前ら!」


 二人のおかれた状況を嘲笑あざわらっているかのように、女児を思わせる笑い声が小さく風の壁の中に響く。

 逃げ場を封じられ、一秒の猶予もない状況。羽ありの男はかつての同志への悪態をつかずにいられなかった。



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