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  作者: れいちぇる
第一章 「片方だけの翼」
5/82

第五羽 「冬の農地で」


「おーい、こっちあったぞー」

「ほんとー? あ、すごーい。こんなにたくさん湧いてるのはじめて見るー。おーい、こっちよー」

 声の主は空に浮かぶ二つの小さな人影。まだ少年と少女の区別のはっきりしない十歳前後の喉から出る響きが枯れ草の間をすり抜けた。その音の流れをさかのぼるように草間の影から道具を担いだ子供達が現れ進んでいく。

「よーし、はじめー!」

 号令と共にその手に持つ道具で地を穿っていった。





―5―



 そこは町の農地の一角だった。地からほのかに煙がたゆたっている。いまだ冬の寒さが厳しいこの時期、この地域で見られる風物詩の一つであった。何人かの子供達の手でその煙の立つ地面が掘り返されていき、乾いた大地に少しずつ少しずつ穴が開いていく。よくみると確かに農地は乾いているのだが子供達のいる辺りだけ草は枯れきっていない。

「おい、このアワホヅツ、中にホシジルシがいるぞ」

「ほんとだー、珍しいね。そんなにあったかいのかな」

 アワホヅツとはこのあたりでは決して珍しくない雑草の一種で、冬には枯れてしまう一年草。茎の中心がその名の通りに筒になっている。そしてその茎の中に時々越冬するために昆虫達がこもることがある。この地から立つ煙は折れたアワホヅツの茎から立ち上っていた。

「おーい、ホシジルシー。そこから出てって春を呼んでこーい」

 男子の一人が虫が息を潜めて耐えているところを、筒の外側から指で弾いて無理やり起こそうとする。ホシジルシは春先から秋の終わりごろまで幅広く見られ、その背中には星に似た模様を持つ小さな甲虫だ。ホシジルシが見かけられ始める頃が春の種まきの時期と重なるため、ホシジルシは春の使いと呼ばれていた。

「やめなよ、かわいそうだよ。まだ寒いよ」

その少年の背中には他の子供達と異なり羽があった。空に浮かんで地に立つ子供を呼び寄せた二人のように。


ただし、片羽。


「なんだよウィン、だったらお前が呼んでこれるのかよ」

「きゃははは、むりよ、むりむり。かたっぽじゃこんなふうに風に乗れないもん」

 空から地から、少年に言葉が刺さる。しかし少年は何も言わずに耐え忍んだ。


「はいはい、もういいだろ。さっさと掘る掘る。たくさんみつけていっぱい作らなきゃ」

 一番年長と思われる地を踏みしめる少年が場を取り仕切り、子供達はめいめいが持つ道具で地面を掘り返していった。空を舞う二人の子供は次の煙の立つ場所を探して宙を行き来していた。


 掘り始めてしばらくすると地面の様子が変わってきた。少しずつ少しずつ湿り気が増し、掘り返す土が重たくなっていく。

「出てきたよ!」

 確認のためにもう一度一番深い部分を掘ってみるとじんわりと水が染み出してきた。

「よーし、もうちょっとだ。もっと広げていくぞ」

 掛け声と共に子供達がせっせと穴を掘り広げていく。地を踏みしめる足腰が物を言う。

 穴を掘り始めて一時間くらいしたころだった。子供達は皆ズボンの裾を膝までまくり、靴を脱いで作業していた。誰の足も水に浸かっている。こんな時期では非常に辛い作業だろうと思われるが、子供達の誰一人としてそのような顔をしていない。子供達が立つ水面からは煙が上がっていて、彼らの顔はほんのり汗ばんでいた。

「このくらいでいいだろう。それじゃあ次に行くぞー。チコリとドマとリーフェンで仕上げを頼むよ。おーい、アハト、ユーリ、今度はどっちだー?」

 子供達が上がった後、なみなみと湯をたたえたその穴は深さが大人の膝丈ほどの小さな池になっていた。三人を残して一個小隊が次へと向かっていく。この地域は地下水が豊かで、一部が温水となっている。大抵はこのような浅い部分にまで上がってこないので無闇に掘り返したところで小さな貯水池にもなることは無い。だが冬の時期だけは別だ。根の深いアワホヅツの茎から立ち上る湯煙と、周囲と異なりわずかに目立つ緑が教えてくれる。上から見ればよくわかる。

 春が来る前から農地の手入れを始めるこの地域、広い枯れ草模様の中での作業は非常に身にこたえるもの。ところどころに子供達が作る温泉がなければとても続けられないだろう。








 いくつかの泉を作った後だった。今日の作業を終えて、子供達が背の高い枯れ草の間で遊んでいる。この一個小隊のほかにも部隊はいるが農地はとても広大で、一日や二日で泉を作っていく作業が終わるようなものではない。それに遊びたい盛りの子供達がずっと仕事をしていられるわけもなく、今日の分が終われば後は自由にしてよしとされていた。

 ウィンの部隊は鬼ごっこをしていた。鬼ごっこと言っても視界は草に覆われ、お互いがどこにいるかもわからない。そこで鬼は空の子と協力して相手を探すのだ。捜索隊の羽ありから身を潜め、追跡者の羽なしから逃げる。高度な遊びに羽あり羽なし関わらず夢中になった。

「ねぇ、ウィン。一緒に逃げよ? オレが周りに注意するからウィンは上見てて」

 羽なしの男の子が共同作戦を提案する。ウィンと居るとなかなか捕まらない、またはウィンが鬼だと空からの目がなくても捕まってしまうと言う奇妙なジンクスがあるからだ。さすがに常勝ではないが。

 二人で鬼を警戒し、空の目をかいくぐりながら逃げ延びる。だがやはり子供であるので集中力も長い時間は続かない。しばらくすると疲れが見えてきた。ウィンが空を、もう一人が周囲を見張りながら鬼から逃げていた。

「あ! やった、安全地帯発見!」

 相方が声を上げる。疲れてきた二人にはこの上ない朗報で、そちらへ向かう歩調が自然と早まる。それと同時に周囲への注意が途切れた。

 視界の草が切れたと思った次の瞬間には友達の姿が消えていた。次いで自分の足が地面を捕らえる感覚がなくなり、そのまま下へと転げ落ちていった。








「…うー」

 体を起こして辺りを見る。周りが土の壁で覆われ、空が少し小さくなっていた。どうやら地割れに落ちてしまったようだった。地震であったり、地下水が枯渇し出来た空間に地盤が崩落したためであったりと、原因は定かではないが広大な農地の中、まれにこのような地割れができる。

 作った温泉のところでは鬼に捕まらないというルールがあった。当然温泉の周囲は草が刈り取られて土地が開けている。草がないから安全地帯だと思い込んだために、そしてまれにしか出来ないと言うこともあって、二人の子供は落とし穴にかかってしまった。

 落ちた時にあちこち体を打っていて痛みが走るがたいしたことはなかった。先に落ちた友達を探すと、すぐ近くに倒れていた。意識はある。抱え起こすと悲鳴をあげた。

「痛い、痛い! 足が痛い… 立てないよ、歩けないよお」

 痛みと怖さから泣きじゃくる友達を前に、ウィンも自分がどうしたらいいのかわからなくなっていた。穴の底は日の光も届かず、冬の寒さをそのまま残していた。

 声を上げて助けを呼ぶが、誰かが気付いて穴をのぞきこむような様子は全くない。不安を押さえきれずに右往左往する彼のかじかんだ両手は胸のあたりで握られていた。上を見上げれば狭くはなったが空が見える。下を見ると足を抱えて転がったまま泣く友達と、自分の左だけの白い羽が視界に入った。


「なんで飛べないんだ」


 くやしそうに吐き捨てると握る手に力が入った。そして彼らを囲む土壁を見る。

「ウィン、無理だよ… 止めときなよ…」

 何をしようとしているのか察した少年は、泥で汚れた白い羽に向けて言った。だがしばらく迷っていた片羽の少年は上を見上げ、息を吐いた。

「…無理じゃない」

自分に言い聞かせるように言った後、壁と向かい合う。

「助けを呼んでくるよ、待っててリーフェン」

 少し震える声で倒れている友達に声をかけ、固い土壁に手をかけた。崩れることはない。そのままよじ登っていく。


 それを見つめる羽なしの少年は痛みと不安に耐え、友達の片方だけの翼に祈りをかけていた。





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