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  作者: れいちぇる
第四章 「幻獣大戦 奪還」
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第四十羽 「閃光の翼」


 六台の車両の後をスレイプニルが走る。運転手の片羽の少年の背中には彼の姉がもたれかかっていた。彼女の座席の傍らには、長い柄をした、やはり巨大な三日月の形状をした刀身を有するアームズが固定されている。今は輝きを失い、先程まで絶えずしていた回転音は鳴りを潜めていた。

 本隊の目的地はこの基地の司令部。前方の車両に従ったまま進む少年の耳に高い音が聞こえてきた。それは耳障りな鈍い不協和音で、聞く者の心に言い知れぬ焦燥を与えた。勢いよく金属が擦れ合う音だ。姉の隣にあるアームズからではない。その音は遠く離れていくことなく、だんだん近づいてきた事から、目的地の近くで何かが起きていることが容易に想像された。合わせて炸裂音が響くが、本隊車両の陰になってしまって何が起きているのか分からなかった。突如耳に声が響く。周囲を満たす車両の起動音や進行音、そして前方の混沌を告げる轟音の中、ヘッドフォンもしていないのにはっきりとノイズ無く聞こえる人の声。今回の出撃の前にスレイプニルに取り付けられた通信機からだ。そこから伝えられた停車命令に従い、少年は銀の馬の速度を落として停車させた。羽に感じる姉の重みが少しだけ強くなる。先程のラミアとの激闘を制した直後に荒かった姉の胸の動きも今は穏やかになっていた。

 停車することは後部座席の栗色の髪をした羽なしの娘にも伝わっており、不意な動きで振り落とされないように弟の腰に回していた腕に込める力が少しだけ強くなった。十分に速度が落ち停車寸前になったところで少年は右手をハンドルから離し、姉の腕に添えた。もうすでに十分減速し、クラッチを切って右足のペダルで軽く制動している程度だと言うのに背中にかかる姉の重みが増す。


「あー、幸せ…… 来てよかった」

「え? 何、エディ姉さん?」


 何も言ってないわよ、と惚けてみせる彼女の顔は明らかに赤く染まっていた。






―40―



 合流した残り部隊を含めて八両の車両が集結したが、目と鼻の先にある司令部にはまだ突入していない。停車した一台の車両の中で負傷した羽ありの兵達が手当てを受けていた。司令トレーラーを警備する第一から第三号車に乗っていた隊員が周囲の警戒に当たる。小型の幻獣の襲撃は今のところ無いが油断はできない。負傷者の救護のためでもあるが、司令部への突入を見合せているのは近くで行われている一機のゴーレムと四体のキクロプスの戦闘のためだった。先程から響いていた金属音はゴーレムの戦闘音だった。

 巻き込まれて要らぬ損害を被らないようにキクロプスが殲滅されるまで待機と指示があり、各々が決戦のための準備を整えていた。特に、司令部の中には先行部隊を瞬く間に全滅に追いやった正体不明の小型幻獣が居る。戦力を集中させるため出撃を依頼されていた羽なしの娘は、先程のラミアとの戦いで負傷したところの治療を受けていた。幸いすべて軽傷で本人も特に問題を感じていない。屋内の制圧となることからスレイプニルを運転する片羽の少年は外で待機とされ、待機中の襲撃に備えて小銃の操作法を一通り教わっていた。


 すでに一体のキクロプスは撃破され、地に横たわって風に還っていっていた。三体のキクロプスに囲まれていたが一機であってもゴーレムは勇敢に戦っていた。キクロプスは力こそ非常に強いが鈍重であったため、ゴーレムを翻弄することが出来ていない。しかしゴーレムのパイロットもゴーレム同士の模擬戦闘訓練は積んでいても、実戦経験は乏しく圧倒することが出来ないでいた。

 一ツ目鬼の一体が輸送用車両を一つ鷲掴みにして投げつける。投げつけられた車両をゴーレムが左腕で払い落すと、積荷の何かが爆発を起こして黒煙が覆った。それを皮切りにして残りの二体が同時に銀の巨人に飛びかかった。巨人の視界を奪った鬼達は嬉々として襲い掛かったが、黒煙を割いて掌が赤く輝いた腕が現れ、一体の鬼の頭部を掴んでそのまま地面に押し倒した。地面に押し付けたまま自重を預けて鬼の頭部を押し潰す。赤色に輝く掌が触れた地面からは火柱が上がり、頭を失った鬼は動きを完全に止めて溶けていった。二体を屠った銀の巨人が立ち上がる途中、左側から体当たりを受けた。不安定な姿勢では力自慢の鬼の突進を防ぎきる事は出来ず、轟音を立てて倒されてしまった。当然追撃が予想されたが、すぐに光の半球が巨人を包み込む。その球体に対して鬼が何度も拳を振ったが全く突き破ることが出来ずにいた。


「まるで終末だな……」


 その光景を見ていた隊員の一人が呟く。それが聞こえていた片羽の少年は小さく頷いた。


「何言ってるの、去年のアンタ等とあたし達のドンパチと同じじゃない」

「……そうだな、すまない。あの時は希望と信じていた。だがこうして見るとわかる。あれは二度と繰り返してはいけない事だとな」


 治療を終えて外に出てきてすぐに弟の代弁をするかのように苦言を呈した羽なしの娘は、真っ直ぐにスレイプニルに向かった。彼女のアームズの固定を解除し、起動を確認した。輝きを取り戻して小さな回転音を立て始めたそれを担ぎ、踊るように振り回し始め、体に全く支障が無いことを確かめていく。彼女は先程までとは違い銀糸で編まれた手袋をしていた。弟が訊くとアームズの振り回し過ぎで手の皮を傷めはじめていると忠告され、それで糸状に加工したミスリル製の手袋を与えられたのだと言う。


「しっかし何だ、お前の姉さん。あんな美人なのになぁ。気も強いし腕っぷしも男以上。お前さんもフリューゲルに乗れるし、精神感応率は飛び抜けているなんてレベルじゃない。兄さんも羽なしと思えない位に機械に精通して改良も得意。変な一家だな、ははは。

……本来こんな汚れ仕事は軍人である俺達の仕事でなくてはいけないのに一般人の君達にこれほどまで支えられているとは、申し訳ない限りだ。だが、ありがとう」


 かつてアースを卑下していたハイランドの民の姿はそこにはない。片羽の少年が笑顔で応えるとほぼ同時に、どおん、と大きな音が立った。音がした方を見ると、胸の辺りを蜂の巣にされた一ツ目鬼が膝を折って倒れたところだった。ゴーレムが伸ばした左手から陽炎が上がっている。展開されていたAMF(注:アンチマテリアルフィールド、ゴーレムの防御フィールド)は消失していた。ゴーレムが体勢を整えて立ち上がるのと同時に左掌から乱射した熱線に射抜かれたようだ。次いで右腕の装甲が開きミスリル製の誘導ミサイル、ガエボルグが射出された。広範囲に被害を及ぼす可能性があるため使用を躊躇ためらっていたのだろう。射出された槍はすべて最後の鬼に突き刺さって炸裂し、それを受けた対象は跡形もなくなっていた。


「やるじゃないか、二体まとめて、だ。これは勲章ものだろうなぁ。……さあ行こう、もう一息だ」


 キクロプスを殲滅したことを確認し、外に出ていた隊員は全員乗車し、片羽の少年と彼の姉はスレイプニルに跨った。







 最初に突入した部隊が乗りつけた車両が見えてきた。すぐに発進できるように運転手が居るはずだが、見えない。おそらく拿捕だほされてしまったのだろう。

 全員の安否が気遣われるが、あと一歩で司令部と言うところで再びキクロプスが三体現れゴーレムと交戦を始めた。しかし部隊は止まることなくそのまま行軍を続ける。この基地の部隊にとっても正念場だろう。おそらくこの後は基地にある全勢力が周辺に集められ、消耗戦覚悟の混戦となるはずだ。そうなると敵陣の中心に近いほど危険が増す。そうなる前に一気に頭を掌握し戦闘を終結させなくてはいけない。乗組員を失った車両を扇状に取り囲むように全車両が停車し、各運転手を残して隊員全員が降車した。先程と同様、周囲を警戒する部隊と突入部隊に分かれて作戦を開始した。


 まず五人小隊が一つ潜入。無線にて状況報告を行っていたが、交戦開始の報告があった後すぐに連絡が付かなくなった。先行部隊と同様だ。増員して次の部隊を送り込もうとしていた時、入り口に人影が現れた。その背中には一対の羽がある。しかし取り囲む隊員達のような武装はしておらず、普段着同様で至って軽装だった。まるで近所の友人からお茶に誘われて出かけて行くようなそんな危機感のない恰好。

 遠くではない場所から響いてくるゴーレムとキクロプスの戦闘音も相俟あいまって、言い知れぬ不安を煽った。


「やあ、よく来たな。わざわざ倒されに来るなんてご苦労さん」


 見た目二十代の若い男だ。服装から見ても軽薄な感じが否めないが、一匹の狼を従え銀の書を携えていた。今さっき途絶えた通信を聞いていた指揮官が察し、全隊員に構えを維持したまま待機するように指示を出し、現れた男に問いかけた。


「ゴンドワナの者だな? 貴様一人か?」

「そっちはそれで全部か? 少ねぇんじゃね?」

「質問しているのはこちらだ! 質問を質問で返すな! 貴様一人で何とかできると思ってるのか? 大した自信だな!」

「ああ、お前ら程度ならな。俺がこのベースのボスだ。格が違うぜ?」

「ほう、それではその一匹の犬がお前の幻獣か?」

「そうそう。俺、犬好きだからよ、気に入ってんのよ。こいつは特別だぜ」

「ずいぶん可愛らしいボスだな。今投降すれば無傷で済むが、その気は無いな?」

「まあな。その言葉はホントなら俺の台詞だったんだけどな……。言い残すのはそれで全部か? それじゃ行くぜ?」


 この状況を見ても和解を申し入れる気など全くなかった。宣戦布告と同時に狼の姿が消えた。それは疾風と言うのがふさわしかった。初速からほぼ最高速とも言えるほどの加速を見せた一匹の狼は、近いところにいた者からその牙の餌食としていった。羽ありの兵達はろくに抵抗することもできず、次々と倒されていった。一瞬で接近し咬み倒していく相手に対して銃撃はできなかった。もしも撃てば同士討ちとなりかねないからだ。部隊で戦う者達にとって最も相性が悪い敵と言えよう。しかし駆け回る旋風つむじかぜにも一点だけ弱点があった。それに気付いた一人の隊員が躊躇ためらわず引き金を引いた。対象は銀の書を持つゴンドワナの羽あり。しかしその銃弾は青く光る壁に阻まれ届かなかった。そして引き金を引いた隊員もその直後に狼の牙の前に倒れた。


「ははは、ご名答! 魔道士を倒せば幻獣は消える。俺をるのが一番早い! でもな、ご覧のとおり。この魔道書には防壁発生機能もあるのさ! この辺も特殊書の所以よ! けどな、機能を付加すればするほど扱えるヤツは少なくなる。選ばれしハイランドの民のさらにエリートの俺様に敵うと思うなよ! どうしても俺をりたかったらシモンのじじいくらい連れてこいよ。あのクソじじいくらいだぜ? 俺がどうやっても勝てなかったのはな!」


 勝ち誇るゴンドワナの魔道士の声が響く。仲間が次々に倒されていくにも関わらず、ロディニアの兵士達は打破の糸口を掴めないままだった。このままでは全滅しかねない。

 そのような人を喰らう旋風の渦の中へと果敢に飛び込む者がいた。その背中には羽は無く、代わりに巨大な三日月が輝いていた。長い柄を自在に振り回し、三日月の輝きがもう一つの渦を作る。先にあった旋風は治まり、狼がその姿を現した。次いでもう一つの渦が消え、栗色の髪をした羽なしの娘が銀糸の手袋を嵌めた手で髪を掻きあげながら呟いた。


「何でまた犬なわけ?」

「犬じゃねえよ、狼さ!」


 言うが早いか再び狼が飛びかかった。羽なしの娘は素早く体を開いて鎌鼬かまいたちの如き牙を避け、すれ違いざまに三日月を振るったが狼の速度を捉えることは叶わなかった。縦横無尽に駆け回る狼の咬撃を躱しながら度々反撃するがやはり相当に相手は速い。何度か危ない局面があったがしかし、前方からの突進を先読みし、躱した瞬間に刃とは逆方向の柄を振り下ろす。ついに正面から飛び込んできた狼を地面に叩き伏せた。


「じゃあこれはどうだよ!」


 すぐさま姿勢を立て直した狼が輝き姿を変えていく。後肢で立ち上がり、筋骨隆々の逞しい姿をした人狼の姿となると一声遠吠えを上げて駆け出した。先程までの速度は無いが力が強く、拳や蹴りを巧みに操り、息をつかせぬ連撃を繰り出す。羽なしの娘もアームズの柄で防御し、蹴りや柄尻での小刻みな打撃で反撃するが、本命の刀身での一撃を繰り出すことが出来ないでいた。一度始まるとなかなか治まることの無い人狼の攻撃にじりじりと追い詰められ、ついには右足での蹴り上げを受けきることが出来ずアームズが弾かれてしまった。しかし彼女は悲観することが無かった。宙を舞い大地に落ちたアームズを拾う余裕はなかったが、むしろ両手が自由になったことで素手での戦いを挑む。素早さが増した彼女の攻撃は間違いなく人狼の手数を抑え、そして致命傷を与えるほどではないが少しずつダメージを与えていた。

 なかなか倒れない相手に痺れを切らした術者が人狼を後ろに飛び退かせ、間合いを取らせた。その直後、人狼は低いが速度のある前方への跳躍と同時に体を捻り、後ろ回し蹴りを放った。それを羽なしの娘は両腕を交差して防御する。歯を食い縛って腹筋、背筋、下肢の筋肉すべての力を集中。かなり後方まで押し込まれたが、防御を崩さずに衝撃をこらえきった。お返しとばかりにそのまま人狼の蹴り足を掴み、地面に向かって力任せに叩きつける。そしてその手を離すことなくもう一撃同じように地面に叩きつけた。最後は足を掴んだまま自分を中心に振り回して、十分遠心力が着いたところで放り投げた。そのまま飛んで行った人狼は、無人の車両の横っ腹にぶつかり倒れ、地面を嘗めていた。

 術者の持つ銀の書が輝いて、立ち上がるように命令が下されるよりも先に背中を踏みつけられ、さらにその首筋には巨大な三日月の刃が突きつけられた。羽なしの娘だ。人狼を車両に向かって投げつけた後すぐに、地面に転がっていた自分のアームズを拾い上げてきたのだ。


 ほぼ同時に離れたところで大きな音が立った。ゴーレムが悠然と立っている。周囲には何も無く、微かに煙のようなものが大気に散って薄くなっていくだけだった。キクロプスを全て打ち倒したのだ。周りの兵士達から歓声が上がる。

 羽なしの娘が呼吸を整えながら術者に向かって呼びかけた。


「羽ありのくせになかなかやれるみたいだけど…… ここまでよ。降参したら?」

「くそっ、なめんな! 上級書の真の力を見せてやる!」


 苛立ち叫ぶのと同時に飛び上がり、銀の書を開くと文言もんごんを唱えた。それと同時に人狼が四つん這いとなり黒ずんだかと思うと、ただでさえ大柄だった体躯がさらに膨れ上がっていく。その異変を目にした羽なしの娘は飛び退いた。咆哮を上げながら巨大化する狼の左右の肩の辺りがさらに膨れ、形を成していった。

 伸びた先端が大きく裂けていく。それは紛れもなく巨大な牙を持つ口で、見開かれた目には燃え盛る炎が宿されていた。


「はっはははははは! どうだ、地獄の番犬ケルベロスがワー・ウルフの真の姿だ! 今まで制限してやってたんだよ! ここからは全開で戦ってやる。女もそこの人型も俺の前じゃあ相手にならねえことをはっきりさせてやる!」


 三日月を構える羽なしの娘の眼前に、牙を剥いたその巨大な鼻面が近づく。それは巨大な三つ首の魔犬の正面の顔で、周囲には肉食獣独特の唸り声が満ちていた。地獄を守ると言われる圧倒的な威圧感の前に、どのように抵抗したところで次の瞬間には一口に噛み千切られてしまう事を瞬時に理解した女の諸手はわなわなと震え、奥歯がカチカチと鳴る。呼吸は乱れ、最早足は竦みきってしまい、立っていられることが奇跡とも思えるくらいに膝が笑っている。


「はっ! 後悔してももう遅ぇ。これが本当の俺の力! 全部燃やして飲み込んでやる! 俺が、負けるわけがねえんだよ!」


 魔犬の口が大きく開かれ緩やかに近付く。まさに彼女が立つ地面ごと羽なしの娘を飲み込まんとした時、彼女の後ろから一筋の太い光が走り魔犬の正面の頭部に命中し、直後に周囲に閃光が走った。その目も眩むほどの光に反射的に目を閉じてしまった羽なしの娘はしぱしぱとまばたきをして今何が起きたのか確認しようとしたが、奪われた視覚が回復するのには時間を要する。背後でがしゃん、と金属製の物を地に放った音がした。

 目を擦り、瞬きを繰り返しているうちにだんだんと、まだ多少はちかちかとするが何とかぼんやりと見えるようになってきた。見えるようになってきた彼女の目に初めに飛び込んできたのは、あぎとを上から丸ごと失い、支えとなる歯牙を半分無くし舌をだらしなく垂らした魔犬の姿だった。きょとんとする彼女と同じく、魔犬も動きを止めている。数秒経つと、残された左右の口から大絶叫とも言える咆哮が上がった。それとほぼ同時に再び太い光線が放たれ、向かって左側の頭の頚部を貫いた。強烈な閃光が周辺を満たす。一瞬早く目を閉じていた羽なしの娘は、今度は正面ではなく自分の背後、すなわち光が来た方を見た。


 そこにあったのは、一撃を放った後に大輪の花を咲かせた一丁の高出力レーザーライフル。


 放った一撃の負荷に耐えきれずバレルが弾けている。狙撃手は一撃で使い物にならなくなったそれを彼の左傍らに放り、自分の右に置いていた同型の最後の一丁に手を伸ばし、狙いを定めた。教わった通りに右足を後ろに引いてしゃがんだ状態で左膝を立て、その上に左肘を置き、銃身がぶれない様に固定する。ストックを右肩にしっかりと当て狙撃した反動で吹き飛ばされないように全身に力を込めた。左だけの翼も微動だにしない。


 彼の視線の先にあるのは正面の顔を失い、右肩を抉られ、同じく右の首をもがれて崩れかけている魔犬。狙いをつけているのは魔犬の前胸部。胸骨を貫き心臓を抉る射線だった。これ程の巨大な怪物であろうと先程のような威力の一撃は致命傷となろう。


「姉さん、伏せて!」


 片羽の少年の呼びかけと同時に頭を押さえて地面に腹ばいになる。一瞬のチャージの後、前の二発と同じ光が放たれ、狙いを付けた通りに魔犬の胸を貫いた。巨大な魔犬は先の一撃で抉られ支えの利かなくなった右側によろめき、二歩前に進んだところで完全に崩れ落ち、轟音とともに大地に倒れ伏した。

 銀の書を開いて空に立っていた男は眼下の光景に呆けており、手にしていた魔道書を落としていた。同時に彼を包んでいた青い光の壁も消えた。


 息を吐いて片羽の少年が立ち上がる。一撃で花開き、廃品となったライフルを下すが、撃ち倒した後も残心を忘れる事無く、力強く前方を見据える。その顔は決意に満ちて鋭く引き締まっていた。


 このような凛々しい姿を今まで一度として見たことが無い。胸に湧くこの想いを言葉に表すこともできない。羽なしの娘は腹ばいの状態からごろりと姿勢を変えて天を仰ぎ、胸を押さえて恍惚としていた。





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