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  作者: れいちぇる
第四章 「幻獣大戦 奪還」
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第三十九羽 「人の力」

 遠くで火柱が上がった。その業火は天を焼き、黒煙が周囲を包む。その光景にわずかに遅れ、爆音が二人のもとに届いた。


「ちょっとウィン、何よあれ!」

「わからない、でもジュド兄さんじゃないよ! 何かすごく悪い予感がする……」


 北東の方角で生まれた地獄の業火を目にしたスレイプニルに乗った二人に戦慄が走った。彼らの周囲には人間くらいのサイズをした数多の小型の異形が地に横たわり、霞のように風に溶けている。


「行こう、エディ姉さん」

「そうね、十分役目も果たしたでしょ!」


 砂煙を巻き上げ二人はその場を急速に離れていく。集まっていた銀の書を手にした羽あり達が、銀の小型車両とその乗り手が残したその惨状を遠巻きにして無力に打ちひしがれていた。




―39―



「司令部潜入部隊、信号途絶!」

「何だと?!」

「幻獣フィールド確認数、1! 小型です!」


 司令トレーラー内が再び騒然とする。この兵站基地の司令部が割り出され、精鋭部隊による制圧が始まって数分と経っていない。くそっ、という罵声と同時に指揮官がテーブルを拳で叩く。あまりにも早い全滅の報告は敵方の戦力の強大さ、そして幻獣の底の知れなさを皆に瞬時に刷り込ませた。


「六号と七号はまだか? 増員を急げ!」

「北東施設周辺、大型幻獣フィールド確認、キクロプス4!」

「増援の妨害か! 六号、七号は待機! ゴーレムをそっちに回せ! ヘイムダル一時回収、左翼部隊の救援には我々が向かう!」


 上空で静止し緩やかに回転していた円盤が、トレーラーの開かれた上部ハッチに回収されていく。回収しハッチを閉じると、隊列を組み直して四台の車両は北東施設方面に向けて発進した。大型トレーラーの正面と左右を挟むように高機動戦車が配置され、攻撃に備える。四台の車両が立ち去った直後、巨大な人影が外壁を乗り越えて現れた。ロディニアのミスリルゴーレムが到着したのだ。だがゴーレムは先行した四台を追わず、別のルートで司令部に向かう。割り出された最短ルートをすでに受信済みであるためだ。戦局が大きく動き出し、さらなる混沌が生まれようとしていた。



 魔犬の業火に包まれた場所は今もなお小さな炎が周辺に咲いていた。大破した先頭車両は放棄し、負傷者を二番目の車両に乗せる。その作業も彼らを取り巻く仔牛ほどもあろうかと言う黒い毛並みの犬達に阻まれ、思うように進まない。さらに彼らの頭上には醜く歪んだ人間の顔を持つ巨大な怪鳥が集まり、げたげたと大きく気味の悪い笑い声をあげていた。禿鷹のように傷ついて弱った獲物を狙っているかのようだ。銃器で犬と鳥をけん制しながら一刻も早い脱出を目指す。しかし時を追うごとに少しずつ集まってくる小型の幻獣は数を増していく。小型と言え、明らかに人間よりも力があり獰猛なそれらが一斉に襲い掛かれば、負傷者を抱える部隊など一網打尽にできてしまうことは火を見るよりも明らか。隊員達の絶望が深くなっていく。しかし諦めることなく救護を続けた。

 しばらくすると攻撃の手が止み、彼らを取り囲む黒犬の輪の一部が欠けた。車外の隊員達の注意は当然そこに向けられる。その奥から現れたのは人影だった。しかも美しい女性。髪が長く、妖艶な上半身が目を惹いた。だがその背中には羽は無かった。羽ありの国の砦の中で、羽ありが従える幻獣の群れが羽なしに道を譲るなど考えられない。疑問が浮かぶと同時に、隊員達は全員息を呑んだ。


 美しい女性の姿に反した下半身のその異形。

 人の身をもたげ、鱗をくねらせ大地を滑る。

 それが紡ぐ言葉は妙に音色がよく、耳にした者の心を甘く捕えた。

 薄く、だが形の良いその唇の奥には鋭い牙が見え、奥底に持つ敵意を映し出す。


 かつて人の身でありながら、神に愛されたがゆえ呪われた禍々しき蛇。



 黒犬が道を譲り平伏ひれふしていることからも、おそらくこの蛇はこの場に居る幻獣の中で最も位が上だと考えられた。大型の蛇は鹿をも容易に絞め殺す。人の姿を持つとはいえ、その下半身は彼らが知る大蛇のそれをはるかに上回り、上半身も片手に剣を有して危険度は極めて高いと察せられた。現状ですでに数においても不利であるうえ、さらに上位の幻獣の出現は隊員全員の焦燥感を煽る。

 事態の収束は見込めず、これまでかと思われたその時、幻獣の群れに乱れが生じた。黒犬の隊列が後方から崩され、両断され空に溶けていく怪物の半身が降ってきた。新たに現れた半人半蛇もそちらに意識を取られる。


「きっとここよ!」

「怪我人がいるかも! 突っ切るよ!」

「アイサー!」


 妙にテンションが上がった女の声が響く。それとほぼ同時に黒い輪を突き抜け、銀塊が現れた。滑らせた後輪に巻き上げられた砂塵が風に流され、輪の中心に広がる空間に三日月が輝く。風防のためにかけられていた四角いレンズのゴーグルを額に上げて、後部座席の羽なしが立ち上がった。


「おーおー、居るねェ。命知らずのお客さんが一杯一杯!」

「ね、姉さん、何かおかしいから……」

「見渡す限り犬、犬、犬! よくもまあこんなに集まったものね! 犬が嫌いになりそうよ。しかもデカいっ なにこれ!」

「……」


 愛想笑いをしている片羽の少年の笑顔は引きつり、もはや彼女の印象が丸崩れになるのを諦めたようだった。後部で相変わらず騒いでいる栗色の髪をした羽なしの娘を適当に相手しながら、同じ隊の仲間に声をかける。


「幻獣は僕達が相手をします。急いで避難の準備をしてくださ わっ!」

「うわっ、ウィンは見ちゃダメ! 目つむって!」

「見なきゃ運転できないよ!」

「心! 心の目! ウィンはミスリルの声が聞こえるんでしょ? 大丈夫よ! 見てなくてもいけるわ!」

「無理! 無理だって! 姉さん、手離して! 一体何なんだってば!」

「いーの! 見なくていーの!」

「や、でも離してよ! 離さないと姉さんも攻撃できないよ!」

「ダメ! 絶対!」


 呆れた片羽の少年は諦め、再びスレイプニルのアクセルを開放する。


「とりあえず行きます! エディ姉さん、フォローしてよ!」


 隊員に声をかけると目隠しをされたまま正面に向かって突進した。全速力であればもし小型の幻獣に衝突しても転倒したり弾かれたりすることはないと、ここまでの経験で悟ったことからくる行動だった。万一本当に姉が目隠しをし続けたとしてもこれならばまず問題ないだろうと判断している。両手で目隠しをしていた栗色の髪をした羽なしの娘もいざ出発するとすぐに弟の目を押さえていた両手を離し、傍らに置いていた三日月を持ち上げ右肩に担いだ。左手でゴーグルを再び目の位置に下して、手綱のような手すりを掴み、正面を見据える。視界を取り戻した片羽の少年は彼らを取り囲む群れの内周を描くように銀の馬を走らせた。それと同時に羽なしの娘が持つ三日月が光の軌跡を残す。一振りで何体もの小型幻獣を屠り、そのアームズの強力さとそれを扱う彼女の卓越した腕力を見せつけた。本来の軍人ではない二人の活躍に引け目を感じながらも、羽ありの兵士達は負傷者の救助と撤退準備を整えていく。

 銀の馬が駆け巡る中、一個の幻獣がその道を塞いだ。まだ距離があるがその幻獣が動いた。どずん、と重量のある一撃が車体の左側から響く。


「ぐっ! よいっしょぉおっ!」


 後部に立つ羽なしの娘が手にしたアームズのつかでその一撃を受け止め、上方に逸らした。直撃ではなかったがその衝撃にさすがの銀の馬もバランスを崩し、あわや転倒となるところだったが、運転手が何とか姿勢を保ち後輪が多少滑った程度で収まった。そのまま正面に立った幻獣の横をすり抜け走り去る。


「何よあの尻尾! アレやばいわよ! 力が尋常じゃない!」


 受け流した後部座席の娘が右手首を振りながら叫び、すれ違った半人半蛇の方に振り返った。そしてぎょっとした後、運転手の肩にしがみつく。


「ぎゃー! キモい! 何アレ! 速いし!」

「姉さん、危ないって! どうしたの?」


 尋ねてもあうあうと唇が動くだけで上手く言葉にできないようで、ただ後ろを指さすだけだった。少年がミラーで後方を確認すると、人の身を起こしたまま蛇の部分を巧みにくねらせて、想像以上の速度で静かに二人を追いかけてくる異形の姿が目に入った。


「……姉さんって、蛇苦手だっけ?」


 今までそんなことを聞いたことが無かったが、この異常な嫌がりようを目にするとそうとしか言えなかった。うんうんと激しく首が縦に振られる。


「でもアグロアナヘビの蒲焼き好きでしょ?」

「食べ物と違うし! あんなデカいの見たことないし! あんな動きで迫られたことないし! きゃー! 来た! 来たーっ!」


 片羽の少年は後部座席で叫び続ける姉に対し失笑してしまった。必死な顔で、何で笑うの! と叱責され、謝った後に表情を戻した。だがしかし姉が忌み嫌うからと言ってこのまま距離を保って走り続けるわけにもいかない。または完全に振り切ってしまうこともできない。おそらくある程度の速度で走っていれば先程のような尾の一撃は繰り出せないだろう。速度を落とし近距離戦に持ち込むことに話がまとまり、実行に移ったが二人が速度を落とすのに合わせて蛇もその速度を落とし始めた。止まってしまうかと思われた直後、蛇の部分を一気に収縮させ、そしてその巨体からは想像もつかない行動に出た。

 長い体が宙高く舞い、銀の馬の頭上を通り越す。進行方向に着地し相対する。その見事な跳躍に息を呑んだ片羽の少年はスレイプニルの速度をさらに落とし、次の行動を警戒して停止させた。尾の一撃の射程からは十分に距離を置いている。その時少年は初めて敵である半人半蛇の姿をよくみた。その美しい人の部分に目を奪われる。肌を覆う生地が少ない衣服がその妖艶な女性の体つきをさらに強調している。頬を染め、魅入ってしまいかけていたが、ごちん、と頭に衝撃を受けて正気に戻った。むっとした表情で姉が睨んでいる。


「……で、さっき目隠しをした、と」

「戦争の最中よ! 油断しないの! それだけ!」


 ツーンとした態度をとってはいたが彼女の真意は明らかに別にあった。

 すぐに正面の敵に集中を戻す。美しいが鋭いその両瞳が一層冷たい光を放つと同時に、筋肉の塊である蛇が獲物を捕らえる如く、たゆませていた下半身を一気に伸ばす。右手に構えていた剣を左から右へと振り抜いた。羽なしの娘がとっさに三日月状の刀身部で受け止めたが勢いを殺しきれない。そのまま押し倒され、銀の馬から落とされてしまった。


「滅茶苦茶速い! ダメ、ウィン走り続けて!」

「だけど! 早く乗って!」

「いいから行きなさい! 逃げろってわけじゃないよ、一緒に戦って!」


 あれほどの速度と力を誇る蛇を相手に、姉を大地に一人置いていくことに不安を消せるはずがない。しかし姉の強い語気と態度を信じ、走らせた。

 先程の跳躍や突進からは想像できないほど緩やかに蛇が大地に残された娘に迫る。


「まったく、こっちはほこりまみれの泥まみれだってのに…… きれいなまんまでホントにイヤミね」


 立ち上がって尻に着いた砂をぱんぱんと払い、ゴーグルを外して首にかけ、腰に手を当てて睨みつける。体を起こした半人半蛇の顔は羽なしの娘よりも遥か高い位置にある。自然と見下されるような形になるが、それよりも無表情に冷たく蔑視をくれることの方に腹が立ったのだろう。


「何か言ってみなさいよ、この蛇女ァ!」


 同時に三日月を振るう。幻獣も無表情のまま手にした剣で防御したが弾かれた。人間部分の単純な力では羽なしの娘の方が強いようだが、問題は蛇の部分。この巨体を支えるだけでなく自在に跳躍したり高速で走行したりと有する力は想像を超える。これに捕まれば抵抗を許すことなく絞め殺されることは確実だった。お互いに必殺の力があるが、優位にあるのは明らかに蛇の方。

 するりと羽なしの娘の脚元に尾が伸びるが、それに気付いた娘はアームズの長いつかを地に突き、それを支えとして跳躍して蛇の頭部に渾身の蹴りを見舞った。ぐらりと上体をよろめかせたところに、着地した娘はすかさずもう一撃蹴りを腹に向かって放つ。剣を持たない腕でそれを防いだ蛇は上半身をとぐろの中心に引き込んだ。この渦の中に入り込むことは死を意味すると容易に理解され、羽なしの娘も距離をとった。

 上半身は位置を変えなかったが、その太い蛇の尾で打ち付ける。太く素早い鞭が連続して襲い掛かる。一度防いだ経験からまともに受けると危険と判断した羽なしの娘は、しゃがんだり横に飛んだりして躱し続けたが、いつまでも続けられるとは思えなかった。いずれ窮地に立たされるだろうと誰が見ても明らかとなったその時、突然蛇がとぐろを崩し、盾を作るように身を固めた。その直後銀の塊が蛇に激突する。片羽の少年が操るスレイプニルだった。蛇の標的が銀の馬に瞬間的に切り替えられ、尾の鞭が振るわれたが、タックル後崩れた姿勢を素早く立て直した少年は速度を上げ走り去り、すでにそこにはいなかった。


 片羽の少年のおかげで仕切りなおされ、何度か呼吸をする間があったがまたしても蛇の眼光が鋭くなった。直後、すさまじい速度で下半身を伸ばし突撃する。先程彼女を落馬させたのと同じ一撃だ。


「二度も同じ手を食うわけないでしょ!」


 などと言いながら、同じように受け止めた。跳ね退けられないように踏ん張るが、その突進力はやはりすさまじく地には羽なしの娘の足が刻んだ跡が長く残された。突撃に耐えきった娘は人間の部分を無視して、元居た場所へと走って戻る。一本に長く伸びきった蛇の体を、三日月を下から振り上げて切断してしまった。後ろの方から悲鳴が上がる。


「あたしだって考えてんのよ。羽なしだからって馬鹿にしてると痛い目にあわせるわよ」


 きっ、と鋭くにらみつけた蛇は残された下半身を収縮させ再び跳躍した。三日月を片手に持つ羽なしの娘の正面に着地すると手にした剣でもって切りつける。その力は女性の姿から考えると十分すぎる強さであったが、栗色の髪をした羽なしの娘にとっては脅威となるほどではなかった。だがその速度は速く、剣捌きも巧みで、特別な稽古を受けてきたわけではない羽なしの娘に反撃の隙を与えず追い詰める。

 しばらく一方的な攻撃が続いていた。両者の距離が近すぎて片羽の少年も割って入ることが出来ず、このまま反撃の糸目を見つけられないまま倒されてしまうのか、と最悪の予感が脳裏によぎった。このままでは、と意を決し、再び蛇に向かってスレイプニルを走らせようとしたその時、突如周りを囲む幻獣の群れに乱れが起きた。四台の車両が突撃してきたのだ。

 この場にいたすべての者の例に漏れず、予期せぬ参入者に術者の集中が途切れたのだろう。蛇の動きがわずかに止まり、隙が生まれた。それを見逃さなかった羽なしの娘は両腕に力を込め、体を回転させてアームズを振り抜く。遠心力をつけた三日月の刃が、防御が間に合わなかった人の身に食い込み、横断した。切り飛ばされた部分が宙を舞い、大地に落ちる。どんっと音を立てて少しだけ跳ね、うつ伏せに倒れた。わずかに顔を持ち上げたがそのまま力尽き、大気へと溶けていった。


「エディ姉さん、乗って! 退却するよ!」


 強敵を討ち取り、緊張が解けて腰を落としてしまっていた羽なしの娘に片羽の少年が手を差し伸べる。その手を取り、アームズを担いで後部座席に上がる。


「つ、疲れた……」


 そう言って弟の背中にもたれかかる。彼の羽はたたまれた状態で、上質な布団を思わせるように柔らかかった。


「お疲れ様」


 片羽の少年は疲れを癒している羽なしの娘の火照った体温を感じながら、彼女にかかる負担が少ないように運転には細心の注意を払って本隊の後を追った。




 今回6千字強。敵はラミアでした(←一応)。

 つ、疲れた… 丸々半日かかりました。アクション書くの大変です…

 これがしばらく続く…? なん… だと…



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