第三十六羽 「疾風の騎士」
栗色の髪をした羽なしの娘が、長大で重量のある白兵戦用アームズを下す。肩で息をして、額にはうっすらと汗がにじむ。
「術者三名、確保しました! 二名は逃走、現在ライオスとヒューゴが追撃しています!」
「魔道書は?」
「三冊確保。それぞれが捕虜の所有していたものです。ユニコーン1、ケンタウロス2」
「……起動はできるか?」
「いえ、現在ロックがかかっているのか、それとも形成したフィールドを破壊したためか不明ですが、操作不能です。蓄積エネルギーが乏しい可能性もあります」
「了解した。よし、貴重な資料の確保も出来た。引き続きこの先の中継基地の制圧任務に取り掛かる。ライオスとヒューゴに連絡。後五分で捕えられなかった場合は帰投すること。両名の帰投と共に本隊も再進行する! 気を引き締めなおせ!」
隊長の宣言が終わると、羽なしの娘は再び彼女には全く不釣り合いな長大なアームズを片手で持ち上げ、その肩に担ぎなおした。彼女に屠られ、その巨躯を横たえていた一角獣もゆっくりと大気に溶けていき、その存在が幻想であったように完全に四散してしまった。
だがしかし周囲の家屋の損壊は著しく、大地にも数多くの大穴が開けられ、無数の巨大な蹄の痕が残されている。たとえその主が実体のないモノだったとしても、目にした者達の心の底には強大な存在感を残し、今まで感じたことの無い脅威を植え付けたことは間違いない。
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合流ポイントに最後にやってきたのは二機のゴーレムだった。殿を務め、追撃を退けていた巨人はここでも役目は変わらず、この先の基地へ向かうのは武装した羽ありの兵士達と、羽なし用に開発された新型アームズを携える三人の兄弟。お互いの無事に安堵していられる時間は短く、すぐに次の作戦についての説明を受ける。兵站部も今現在こちらに向かっているが到着したチームのすべてが補給を受ける必要はなく、反撃の態勢を整わせる間を与えず速攻をかけた方が得策と判断された。それぞれの役割を確認すると全員が持ち場につき出撃の合図を待つ。
この地に作られた基地は要塞ではなく、交通の要所である地の利を生かした兵站基地だった。周辺地域で収穫された作物や生産された建築材を集め、周囲の制圧地域に送り勢力を拡大する。当然司令部と思われるゴンドワナ落着地点も目と鼻の先であり、ここを制圧することはゴンドワナに対するプレッシャーを与えるためにも非常に重要な作戦であった。
しかし当然ゴンドワナにとっても要所であるこの基地を放棄することなどあるはずがなく、十分な防御布陣が成されていることも予想されている。本来なら空からの急襲も考えるところではあるが、未知の攻撃手段を持つ幻獣が存在するために空軍の出撃は控えられていた。ロディニア司令部がゴーレム部隊の動員にも慎重を要すると判断したことから十分に兵装した地上部隊を主軸に今回の作戦が行われている。
ぴぴぴっ、と手元から電子音が鳴った。それと同時にスレイプニルをはじめとして銀色に光るビークルが何台も出撃する。スレイプニルの速度は群を抜いており、一気に加速して基地周囲の防御壁に迫った。当然ゴンドワナ基地も無抵抗であるわけではない。幻獣を操る魔道書が彼らの主力兵器であるのに変わりはないが、防壁にはミスリル製の銃火器も備えられていて射撃がはじめられた。だが打ち方が始まってすぐに防壁は爆撃を受け、崩れ落ちた。プラズマキャノン、グングニルによる遠距離からの砲撃だ。一撃だけではなく第二撃、第三撃と続く。次々に着弾し、防壁を何ヶ所も破壊する。
「やっぱりウィンには撃たせない方が良い。確かに羽なし用だな」
短髪でたくましい体つきをした羽なしの青年が砲座で呟き、援護射撃を続ける。本隊が十分に侵入できるだけの穴を作成した後は、基地内の比較的建築物の少ないところを狙って砲撃を行った。片羽の少年が撃った時とは異なりある程度連射が利くものの、やはり砲身が帯びる熱の問題と、そしてエネルギー残量の関係から本隊が基地に入り込むと同時に砲撃を止めた。
崩れ去った防御壁と敵軍基地から上がる煙を見、奥歯を噛み締める。トリガーに添えた手がわずかに震えていた。まだ戦闘が終わったわけではない。これから始まる。力を振るうと言うことが何を意味するのか。その片鱗を本当にごくわずかに実感した青年は、その光景を目に焼き付けるかのように瞬き一つしなかった。
カノン砲を下し身軽になったスレイプニルは本来の速度を取り戻し、運転手の意思に答えるように迎撃を躱して前進する。もともと砲座があった後部座席には巨大な三日月を担いだ羽なしの娘が座っている。先程とは異なり、風防用のゴーグルをしていた。高く聳え建つ防壁が近づいても速度を落とさない。激突を承知しているように接近するそれの後方から一閃、光が来たかと思った次の瞬間、防壁ははじけ飛んだ。そして二名を乗せた機体はそのまま欠損部に向かって飛び込んだ。
敷地内に侵入した後、やや速度を落として走り回る。次第に基地内警備の幻獣が集まってきた。飛び込む際に車両前方底部に装着させた障害物プロテクターも今は解除している。今回はジャンプ用スロープの替わりとして利用した。瓦礫がある中では非常に有用だが、平坦地では機体の性能を制限してしまう。先陣を切って突入した彼らの役割は陽動。十分にひきつけ、しかも捕えられない距離を保つ。しかし今現在この機体には迎撃用の射撃用火器は備えられていない。時間と共に包囲する幻獣が増えていった。周囲が幻獣達の殺気に飲み込まれていく。
「……怖くないの?」
ややあって片羽の少年が答える。
「怖いよ」
「……そうよね。でもね、あたしは怖くないよ。ううん、怖さよりもやってやる! って気持ちが勝ってるかな。だから……」
弟の運転と速度に慣れてきた羽なしの娘が後部座席から立ち上がり、長大なアームズを構えた。そして一つ大きく息をして、声を張り上げる。
「攻撃はお姉ちゃんに任せな! あんたは絶対に守る。アースの民を馬鹿にしたことを後悔させてやろうじゃないの!」
その姿はまるで、馬に跨り鞍上で聖剣を構えた戦乙女のようだった。




