第三十五羽 「荒野の王者」
廃墟、とまではいかないが、人の気配が消えた街路を、艶消しを施した灰白色の輸送用のカーゴが進む。車輪を持たず低く宙に浮いた状態で走行しているため、車内には全く振動はない。前方の運転席と後方の積荷部は隔壁で分けられており、後部には窓は設けられていなかった。積荷部には照明はなく、車内を確認するのは前部と後部を分ける隔壁に備えられた格子窓から入る光が頼りだった。
積荷部にあるのは複数の木箱と、壁に収納可能な備え付け座席に座る十人足らずの人員。一人を除き背中に翼を持ち、統一された迷彩色のジャケットを身にまとい、銃器を思わせる銀色の金属塊を一律に装備していた。
「……何でこんな低く道路に沿って飛んでくの? 来た時みたいに上空をびゅーんっ! ていけば早いのに」
まだ若い女の声が響く。それに対して回答を与える声は無く、女は不機嫌そうに口をとがらせた。もとより羽ありのことをよく思っていない彼女は、何よ、と不満を漏らした。
「……出発前に説明があったはずだが」
もっとも隔壁に近い座席に座っていた羽ありの男が口を開く。この男はこの車両に乗り込んでいる部隊のリーダーであり、部下は全員任務中の私語は慎むようにと訓練を受けていた。
「この空域に送った無人の偵察機が攻撃を受けて落とされた。記録には人の顔を持つ怪鳥が多数認められている。攻撃方法は不明。ただし近距離からの物理的な攻撃ではないこと、および撃墜の直前の採取データから異常なまでの高周波数音波が確認されていることから、中距離からの多方向性超振動波攻撃だと思われる。ゆえに」
「あー、ストップ、ストップ! 難しいこと言われても分かんないわよ……」
どうして浮き島の人間はみんな……、と眉間を押さえながら口元をゆがめて独り言ちた。その姿にリーダーの羽ありはため息を漏らした。
「要は有効な攻撃手段、防御手段を持たない状態でこのゴンドワナの制空圏に入ることは危険すぎると言うことだ。陸路が安全と言う保障は一切ないが、このビークルが飛べない貴女の棺桶になるよりマシだろう?」
それもそうね、と栗色の髪をした女も同意した。彼女の背中には羽は無く、他の隊員と異なり彼女が持つのは銃器ではない。布に包まれ、明らかに他の者が持つ物よりも巨大で重量がありそうだ。
「……それにしても、貴女達兄弟は一体何なんだ? ただのアースの農村の民じゃあないのか?」
「ただの人間よ。あたし達はのんびり暮らせてたらそれでいいの。それを邪魔するんだったら容赦しない! それに二人があのバカを取り戻そうって必死になってるのに、あたしだけ指をくわえて見てられるわけないわ」
「死ぬかもしれないんだぞ? 曲がりなりにも今回は両国の会議も決裂した上での戦闘行為。つまりは戦争だ。ゲームとは違う」
「戦争って何なのか、よく知らない。だけどもしも負けたらあたし達の暮らしがめちゃくちゃにされてしまうんだってことは分かる。それならやるだけやるしかないじゃない!」
彼女の持つ決意がそう簡単に曲げられない確かなものであると確信した隊長は、それ以上何か横槍を入れるようなことを言わなかった。
ただ一度、彼女が手にした物をちらりと見て、ただの人間だとしても選ぶ武器がおかしいだろう、と呟く。隣に座る部下が小さく頷き、同意した。
―35―
「2時方向、キクロプス一体出現! 『馬』の予想進行ルートです!」
車内に緊張が走る。隊員全員の目つきがさらに鋭くなり、全身の神経が研ぎ澄まされていく。いよいよ相手にとっての警戒ラインに近づいていることが感じ取られた。
「やはり出現は突然だな。いいか貴様ら! ビネ女史の推察通りであればあれは生き物ではなく実体化したフィールドだ。目一杯ぶち込んでやれ!」
隊長が檄を飛ばすと隊員全員から大きく鬨の声が上がる。戦闘準備を整え士気を高めていく中、突如雷光が走った。同時に響く爆発音に全員がわずかに身をすくめる。少し遅れて衝撃波がビークルを襲った。シートベルトを締めていたため席から放り出される者は無かったが、動揺が広がる。
「き、キクロプス消滅……」
俄かに信じがたい運転席からの報告に、本来は銃口を覗かせるためにある、開閉可能な小さな間隙から銘々が外の光景を見る。砂塵が晴れたのちに現れた光景は目の当たりにした者達をさらに驚愕させた。
「お、おい街が半壊したぞ……」
「今の衝撃、『馬』の砲撃か? そんなバカな、アースにあんなものが……」
今は衝撃波のために急停車している。それだけでなく乗組員全員の思考も一時停止してしまっていた。その中でただ一人、その光景を作り出した元凶に対して文句を言っているものがいる。
「あのバカ女、何作ってんのよ! ウィンは大丈夫でしょうね?! あーもう、二人と一緒に行けばよかった!」
混乱の中いち早く冷静を取り戻した隊長が発進させるように指示を出す。発進すると同時にまた報告が入る。ゴーレムが二機、当初の予定通りに後方支援に到着したとのことだった。退路を断つために現れると予想される巨大な敵性物に対する切り札。強力な援護を得て、隊全体の士気がさらに高揚していった。
しばらく進んでいくと、カーゴの壁面に何かが強く当たる音が響きだした。
「左右から当機と並走する物あり! 数、4! あれは…… 馬?」
彼らの乗るビークルは、街中と言うこともあって最大速度では走行していない。しかし決して遅いようなものではない。それを生物が走って追撃してくるとは考えにくかった。新手の幻獣であることが予想され、全員に迎撃態勢を取るように指示が飛ぶ。シートベルトを外し、銃器のセーフティを外して攻撃指示を待つ。狙撃窓はいつでも開けられるようにしている。
「民間人なし、応戦可!」
「よし! 貴様ら、臆するな! あれは古の化け物でも、呪いの産物でもない! ただの臆病者の妄想だ! 貴様らの特大級の目覚まし時計で寝惚けたチキンボーイを起こしてやれ!」
隊長の言葉と同時に狙撃窓から銃口を出し、トリガーを引き絞る。その先端から光の筋が乱射され、追撃者を射抜いていくように見えた。しかし追撃者はその光の矢を手に持つ盾で防ぎ凌いだ。撃ち方を止めると追撃者は右腕に着けた盾をおろし、左手に持つ弓を構えて矢をつがえた。
灰白色の乗り物を追ってくるのは馬の四肢。
そして弓矢を操る屈強な肉体をした、長髪で口髭と顎鬚を蓄えた粗暴そうな顔貌。
艶やかな被毛に覆われた、見事な筋肉の曲線を描く下半身を持つ歴戦の猛者の半人半馬のその姿は、神話に生きる荒野の支配者そのものだった。
「撃ち方止めるな! 弾倉切れるまで撃て!」
指示と同時に狙撃を開始するが、ほんのわずか半人半馬の射る矢の方が速かった。これほどの速度だと言うのに射撃は正確で、わずかな小窓から覗く銃を射抜いた。
「くそっ 無事か!」
「何とか! 別のヤツを!」
狙撃窓を閉め、急いで予備の銃器を取り出す。他の隊員も狙撃を続けるが、小さな窓からでは十分に狙いがつけられず、有効な攻撃ができていない。弾倉が尽きる直前で撃ち方を止め、狙撃窓を閉め、新しい弾倉を込めて再び狙撃する、この繰り返しだ。なかなか撃退できないまま市街を走行し続ける。
キュウン、キュウンとエネルギーを光線に変換する際に起きる発砲音と、外から射撃される矢が壁面に当たる音が絶え間なく車内に響き、遠距離の攻撃手段を持たない栗色の髪をした羽なしの女は焦る一方だった。どうしてこれしか使えないのか、と憎らしげに布に包まれた大きなそれを見て思った。
「前方に巨大な物体出現! 緊急停車します!」
運転席からの報告に全員が攻撃を止めて狙撃窓を閉め、急減速に備えた。一気に減速し、静止するまでわずかに五つ数える程度だった。急停車の衝撃に耐え、車内の人間は再び戦闘態勢に入る。
「ケンタウロス、前方に4! さらにその奥、あれは……」
四体の戦士を束ね、奥に佇むその威容。
白いたてがみを揺らし、蹄が地を掻きむしる。
嘶きが空気を揺らし周囲の者を威嚇する。
額に生える巨大な一本の角は天を突き、その荘厳さに見る者すべてが畏敬した。
圧倒的な威圧感を示すその巨大な馬は、眼光鋭く明らかに灰白色のビークルに対して敵意を示している。後方には敵がいないことを確認し、いつでも降りられるように積荷部の扉を開いた。
「各自フォトンボムを用意。ディ、指示と同時に前方に投げろ。それに続いて全員前方に一斉掃射。ケンタウロスは足を狙え。十数えたらライオスとヒューゴは俺に続いて飛べ。上と下からで一気に片を付ける。ただ、空には気をつけろよ」
隊長の指示に隊員全員が首肯する。それとほぼ同時に前方の巨大な一角馬が前足の蹄でもって地面を叩く。一際高く嘶くのと同時に半人半馬が弓矢を構えて走りだした。
「行け!」
号令と同時に隊員の一人が爆弾を投げる。そして掃射が始まった。爆弾そのものは命中しなかったが、半人半馬は弓矢の構えを解き、防御の姿勢を取った。一体、防御が間に合わなかった物があり、爆弾の衝撃波に姿勢を大きく崩されたそれは掃射を受けて散っていった。
残った三体のうち二体が盾を構えたまま接近してくる。おそらく接近戦の方に分があると踏んだのだろう。三人の羽ありが空を舞い、上空から掃射を始めた。地上に残った隊員の一人が半人半馬の足元に転がりこむように、フォトンボムをアンダースローで投げる。狙い澄ましたかのように真下で炸裂し、さらに一体を撃破。さらに一体も上空と地上からの攻撃を集中して受け、消えていった。しかし残った一体が急加速して突っこんでくる。狙撃のダメージを度外視し、蹴散らすつもりのようだ。
槍を構え、接近と同時に横に振り払う。体格差から見ても明らかに分の悪い羽あり達は上空に逃れ、上から銃撃を続けた。散開し多方向から狙い撃つが、一所にとどまらず馬の脚力を生かして走り回る相手に対して上手くダメージを与えられないでいた。次々と弾倉が空になっていく。その奥に控える巨大な一角獣がいつ痺れを切らして攻め込んでくるか分からない状況にも焦りが募る。
上空を警戒しながら徘徊する半人半馬が停車中のビークルに近づいた時、それは起きた。突然前肢が二本とも切り飛ばされ、前方につんのめる。両手を着いて体を起こそうとしたがそのまま背後から袈裟切りにされ、首をはねられた。
静寂の中、声が響く。
「……生き物じゃないのよね?」
活動を停止し、空気に溶けていくその背部に立つ一人の女。
その背中には羽は無く、肩に丁度届くくらいの長さの栗色の髪が風になびく。
右肩に長大な柄を持ち銀色に輝く三日月状の巨大な刃を担いでいた。
縁の輝きが一際強いその刃から、絶え間なく回転音が聞こえてくる。
「やっとあたしの出番ね! あの節操無しの作った武器だって言うからちょっと不本意だけど、こう言うのがやっぱりあたし向き!
……さーて、ちょーっとイライラしてるから手加減なんてできないわよ? ずいぶんきれいなお馬さんだけど、可愛い弟がお姉さんの来るのを待ってるんだから。……どいてちょうだいね?」
饒舌におどけたような口調とは裏腹に、彼女の視線が前方の巨躯を鋭く射抜く。
長大で重量のあるアームズを右腕一本で振り回し、両手に持つのと同時に一角獣に向かって走り出した。
「いきなり何だよこの展開」
ええ、そう仰られるのも無理はありません。れいちぇるが張っていた伏線が密か過ぎて、あまりにも超展開に見えてしまったことかと思います。と言う事でここでサブストーリーを……
~おまけ挿羽「強いね! エディ姉さん」~
「痛たたたた……」
「ん? おい、どうした」
「いやまたちょっと」
ふぅ、と短い髪の体格の良い羽なしの男が呆れたような顔で見る。黒髪の羽ありは左手で鼻を、右手で翼をさすっている。またむしられたようだ。
「飛び立つ寸前に足をつかまれて、びたーんっ! だもん。受け身もとれないわ…… くっそー」
「いや、またお前が何かしたんだろ? いい加減やめとけって言ってるだろ?」
「でもでも! 面白いんだって! かわいいんだって! これくらいの被害を覚悟でチョッカイ出したくなるんだって!」
頭が良いはずなのに、どうにもそうは感じさせない性格の彼女に、もう一度呆れたようなため息が出る。
「それにしても、ホント容赦ないわ。あの子につかまると逃げられないし、ある意味こっちも命がけの遊びよねー。でもあの子、ホントきれいな顔して性格もメンタルも強いっていうかキツイって言うか」
「エディは強いぞ」
「まあスティナさんの子だしね、芯も通ってて、凛とした感じはホント強い女性って感じ」
「いや、そんな気質じゃなくて、純粋に」
黒髪の羽ありは彼の言葉をいまいち把握できないようで、首をかしげた。その様子を見て彼はもう一度端的に言った。
「強いんだよ、腕力が。誰も勝てない。子供のころから年上の男子を泣かせてきた。ウィン絡みが多かったような気がするが…… 本気でエディとやりあったら俺だってわからんぞ」
思い返せば思い当たる。授業中にふざけて逃走した自分を拘束した後、肩に担いで平然と講堂に戻っていった。持って行った大量の教材のほとんどを顔色一つ変えずに持ち、そして結構な速力で追いかけてきた。
「……こ、これからは怒らせないようにする。羽ありは羽なしに勝てないもの……」
同じ羽なしでも怪しいけどな、と言う余計な一言が妹の耳に入っていたと気が付いたのは、次の日のことだった。
―その他証言―
一人目:金髪の羽なしのAさん(去年の地姫)「まったく! あの女のバカぢからはハンパないわ! 腕をつかまれて握られたらほら! 痣になっちゃったわよ!(音声は変えてあります)」
二人目:羽なし女性Sさん(年齢不詳)「そーねぇ、あの娘いつもあの子のことになると大変って言うか。前の冬も弟がデートに行くのを邪魔するためだけにドアも壊して出て行っちゃうし。最近じゃもう私の力で抑えても巧く逃げ出しちゃうのよ。もう年かしら(音声は変えてありm(ry)」
三人目:少年W(17才)「ええ、いつも驚きます。前も全く身動きできませんでした。体を後ろからホールドされたかと思ったらそのまま振り回されてベッドの上に放り投げられて。僕の抵抗も虚しく…… あ、いえ! 僕達そう言う関係じゃなくてですね! いえ、だからそうじゃ(音(ry)」
……
描写の量が微妙すぎる……。気付けと言う方が無理ですか。
それではこれからもよろしくお願いいたします。




