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  作者: れいちぇる
第四章 「幻獣大戦 奪還」
42/82

第三十四羽 「雷鳴の如く」

 侵攻を受け、住む者の居なくなった街の太い道路を一台の二輪車のような機体が後ろに砂煙を巻き上げて進んでいく。

 二輪車に乗るのは男性二人。運転するのは筋肉質で体格の良い青年で、後部には左側だけの翼を持った少年が乗っていた。片羽の少年のすぐ右側には銀色に輝く砲がある。その砲は二輪車に備えられた台座に乗せられ、操舵者の思うように360度どの方向にも向けられるようになっている。


「ウィン、どうだ? スレイプニルの状況が少しでもおかしくなったらすぐに教えてくれ。あとグングニルはいつでもいけるように起動したままにしておく。使い方は教えておいたとおりだ。暴発させないようにセーフティはこっちでかけておく」


 伝説の神馬しんめの名を冠するのは二人の乗る二輪車様の作業機。名付けたのは製作者である黒髪の羽ありの女だった。もともと一人乗りの設計であったが、アームズを搭載したため使用者用に座席を一つ増設し二人乗りとなっている。片羽の少年が起動試験を行い問題のないことも確認しているが、今回のように実戦に登用されるのは初めてであるため、常に車両状況を把握せざるを得ない。

 今回この機体の操縦管理にもっとも精通するのがこの二人であったため、そして二人の強い希望もあったため、軍関係の者ではないが尖兵として出てきている。


「……ウィン、ここは俺が修業していた街の、すぐ北の街なんだ」


 運転手の青年が後部座席の少年に話しかける。走行音にかき消されて聞き取れないといけないと思い、少年は少し前のめりになって、運転手の声に集中する。


「人っ子一人いなくなるなんて、俺だって想像したことない。それくらいにぎやかな街だった。それなのに……」


 運転手の青年が悔しそうにつぶやく。片羽の少年は口を結び、耳に意識を集めていたが、続きは一向に始まらなかった。二人を乗せた車両は前方のカーブをほとんど減速することなく曲がっていく。曲がりきるとさらに車両の速度が上がる。口をつぐんだ青年の心の奥に湧いたであろう悔しさと苛立ちを表したかのように、後輪から上がる砂煙が増した。


「……兄さん、わかってる。その為に来たんじゃないけど、やらないと」

「ああ、あいつを取り返すだけじゃない。俺達の町が、こんな風にならないように止めるんだ」





―34―



 およそ半年前にハイランド『ゴンドワナ』が墜落した。それ以来この近辺で数々の怪物が目撃され、街が襲われるという噂が立つようになった。噂が噂でなくなり、各地で怪物が現れ、少しずつ制圧される街が増えていくと、浮き島だった巨大な岩山の周囲に住む人々は伝手つてを頼りに住み慣れた自分達の街を捨てて離れざるを得なくなった。


「……ちくしょう、浮き島の連中、本当に何考えてやがる」


 現実を目の当たりにした少年の兄が吐き捨てる。


「……不安なんだよ。自分達が暮らしていたところを突然失って、見ず知らずの土地に放り出されて。エマ達だって、同じだった」


 片羽の少年が答える。


「でも一緒に生きられるんだ、ってみんなで感じたんだ。だからきっと、今度も」

「けどよ、これとそれは話が別だろ? 自分達が不安だからって、その不安を他の誰かに押し付ける? ふざけるんじゃねえ! これだけの科学力があるんだ。伝説やおとぎ話の化け物達を実際に作り出すような力があるくせに、自分達ができることを見誤ってる連中の行動なんて許せるわけねぇだろ!」


 二人の脳裏に、鷲の頭と翼、そしてするどい鉤爪を持った巨大な獅子と、それを使役する大きな銀色に輝く書を携えた老人の姿がよぎった。彼らの最大の戦力であるゴーレムと対等とも言える幻獣を自在に操る脅威。ゴーレム一機に襲われただけで、彼らの住む町は手も足も出なかった。今度の敵は炎の中で生きる蜥蜴や、息を吐くだけで砂漠を広げる毒蛇、戯れに洪水を起こす竜など、災厄の塊でもある幻獣を無数に飼いならしている。放っておくことがどういうことを意味するか、考えるまでもなかった。


「そうだったね、ごめん。来る前にも言い合ったばっかりだったのに」

「……すまん。お前はホント、争いに向かない性格だな。いっつも自分じゃない誰かのためを考えてる。

だからあいつも好きなんだろうな。俺にはできん……」

「……」


 二人分の沈黙を乗せたまま、二輪車は走り続けた。



 突然二人の周囲が陰る。それとほぼ同時に瓦礫をまき散らし、巨大な塊が目の前に現れた。片羽の少年が上を見上げると、はるか頭上から彼らを見下す巨大な一ツ目と目が合った。あまりに巨大すぎて、眼前のそれが巨大な鬼の足であることに気付くのはその少し後だった。

 この廃墟の街はすでに「ゴンドワナ」の勢力圏内であり、いつ攻撃があってもおかしくない。踏みつぶされぬよう、またその巨大な塊に衝突せぬよう少年の兄はハンドルを切り、重心を左に傾け後輪を滑らせる。片羽の少年は急激な重心移動に負けて振り落とされないよう、スレイプニルに搭載したカノン砲「グングニル」にしがみついた。鬼のつま先と建物の壁の隙間をくぐり、倒れることなくスレイプニルが駆け抜ける。そしてそのまま、もともとの進行方向に向けて加速を始めた。


「くそっ 何だよありゃあ! 鷲の化け物以上のデカブツじゃねえか!」


 少年の兄が悪態をつく。上空から口角を持ち上げにたにたと笑いを浮かべた顔の持ち主が、走り去っていく二輪車を追って歩き出した。廃墟であることを良いことにその異常な脚力で建造物を破壊して迫る。


「撃つよ!」

「ああ、お見舞いしてやれ!」


 片羽の少年がその操縦桿を握り、カノン砲の砲身を後方に向け、一ツ目鬼の胸部に狙いをつける。セーフティロックを解いたと報告する兄に、放つ合図をかけるとともに引き金を引いた。

 同時に近くに落雷があったかと思うほどの衝撃が起き、車体が前方に大きく傾いた。再び振り落とされないように、片羽の少年は砲台にしがみついた。想像以上のあまりの衝撃に彼の翼も思わず大きく広がり、毛羽立っていた。

 さらにその数瞬の後、爆風が押し寄せる。二輪車が巻き上げる砂煙とは違う、小さな砂礫を含んだそれは少年の視界を奪い、何が起こったのか理解するのを妨げた。次第に景色が晴れてくると、そこには息を呑む惨状があった。


 後方に迫っていた一ツ目鬼は上腹部から上が消し飛び、バランスを失った下半身が後ろに倒れていく。大きな音を立てて地に落ちた鬼の体からは煙が立ち、そのまま空気に溶けていった。射線上の建物は弧状に抉り取られている。石造りの物は溶け落ち、木造の物は燻っていた。


「おいおいおいおい…… エマのやつ、何を作ったんだよ!」


 二人の乗る車両に搭載された、いかずちを放ったがごとき砲口からは今なお放電が続き、一撃のみで極限まで熱を持った砲身は空気に冷やされていくに従い、キンキンキンと高い音を立てた。射線上の空気はいまだに歪んでいる。

 片羽の少年が生み出した衝撃の直後、スレイプニルを停止させていた少年の兄はその光景を理解し、一つの結論を出した。


「ウィン、操縦代われ。お前が撃つとグングニルももたない。くそ、羽なし用ってのはこういう事かよ、ちゃんと言っておけよな!」


 自分の一撃に恐怖を覚えた少年は兄の提案に二つ返事で従った。操縦席を互いに代わり、ハンドルを握る。少年の兄が操っていた時よりも機体から響く音が高く、そして銀の光が強くなった。一体の巨人の姿が完全に霧散したのち、後方と左右から新たに巨人が三体現れる。またしても同じような耳まで裂けたような大きな口を持ち、鼻が無く、頭頂部が尖った一ツ目鬼だった。


「くっそ! 相手してられねえ! ウィン、走れ! 言われてるとおりここを突破して基地を押さえるんだ! デカいのは任せて、他の連中と合流しよう」


 兄の提案に同意し、片羽の少年はアクセルを全開で吹かす。熱を持った砲身が冷えるまでは砲撃は出来ない。攻撃手段を失っている彼らができることは先を目指すことのみだ。少年の兄が後部で砲座にある砲身固定レバーを引くと歯車が回りだし、砲身が真上を向いた。砲口から上がる陽炎と相まって、まるで小さな煙突が立っているように見える。重心の関係上、砲身を前方に倒す必要があるのだが、今なお強い熱を帯びるそれを片羽の少年の隣に位置させるわけにはいかない。40度ほど倒したところが限界と思われ、そこで固定したが、片羽の少年も、少年の兄もこの状態で運転をしたことはなかった。しかし運転を代った少年は何一つ動じることはない。


「……いけるか?」

「うん、大丈夫。この子が全部教えてくれる。行こう!」


 ギアを入れ、スレイプニルを発進させる。先程までよりもずっと速度を上げて、巨大な鬼を置き去りにしていった。この速度で飛ばしても風防のおかげでゴーグルをしていなくても粉塵などで目を傷めない。

 集中して運転をしている中、後方の巨人の動向に意識を払っていた兄が声をかけてきた。


「後ろは大丈夫だ。ゴーレムが二機、今来た。デカブツはゴーレムが何とかしてくれる。合流を急ごう」


 ミラーで後ろを確認すると、翼を持たないミスリルゴーレムが一ツ目鬼の一体を殴りつけていた。大きくよろめいた鬼が街並みに倒れ、砂煙を立てた。おそらく以前少年の住む町を襲った物と同型機と思われたが、今はこれほど心強いものはない。



 大きく頷いた片羽の少年は視線を前に戻し、さらに速度を上げて郊外へと向かってスレイプニルを走らせた。




 第三章、奪還編がはじまりました。

 長らくお待たせしましたこと、お詫び申し上げます。


 サイエンス・ファンタジー(←開き直った)「羽」をこれからもよろしくお願いいたします。

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