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  作者: れいちぇる
クリスマス特別編
40/82

おまけ挿羽 「あたたかな光に照らされて」

 クリスマス特別企画、後編!


 時期が遅れましたがきっとまだ賞味期限内!


 パタパタと羽ばたき、雪の降る寒空を黒い長い髪の女の人が飛んでいきます。その腕には一人の少年を抱えています。雲は黒くて厚く、昼ごろからずっと降り続けていて、建物の屋根屋根を、木々のてっぺんを白で彩っていました。


「『ホワイト・クリスマス』だね、ウィン」


 ウィンと呼ばれた少年は、今まで目にしたことのない光景を見て、心奪われていました。この女の人と初めて出会った日、やはり今と同じように一緒に空を飛びました。その時に見た景色よりもずっと美しく、こんな景色をいつでも見ることのできる空を飛べる羽のある人達をうらやましく思いました。それにウィンは初めて一緒に飛んだ日からずっとこの女の人のことが好きでした。


「エマ、『ホワイト・クリスマス』って何? こうやって雪でいろんなものが覆われてること?」


 ウィンを抱えて飛ぶエマと呼ばれた女の人は、さっきのウィンの家でのことを思い出しました。この町ではクリスマスの風習はありません。


「えっとね、雪が降ったクリスマスのことを、『ホワイト・クリスマス』っていうの。クリスマスっていうのは、大昔の、最初の羽ありが生まれるよりも、ハイランドが出来るよりもずっとずっと昔の、それこそ数千年前に生まれた聖人様の誕生を祝う日のことよ。今日はその前日、クリスマスイブ」

「聖人様? 父なる天のような人?」

「うーん…… どうなんだろう。三位一体論っていうのがあったと思うけど…… ごめん、宗教のことはわかんないや」


 時刻は大体夕方です。もう少しで日も落ち暗くなる少し手前。だけど今日は雪が降っていて、いつもよりも明るい感じです。吹雪と言うほどの降り方ではなく、ただ深々(しんしん)と、音を捕えて静かに降り積もっていきました。

 町の家々に明かりがともり始めます。暖かな光が窓から漏れ出し、寒い雰囲気を溶かし始めました。やさしく降り積もった雪の上にその光が伸び、さらに町全体を明るく照らします。


 その景色を、二人は空から見ていました。とても幻想的で、寒いのに温かい景色が広がっていました。いつもならそれぞれの家の中から笑い声がしてくるのが聞こえるのですが、今日はやけに静かです。まるで今日と言う日の幸せが漏れてしまわないようにと、深々と降り積もる雪が包み込んでしまっているかのようでした。






―おまけ ~クリスマス特別編:後編~―




 エマはウィンを抱えたまま、農地に向かって飛んでいきます。


 小さな丘のてっぺんの、一本の常緑樹の根元に下りました。そこはウィンのお気に入りの場所でした。目の前に広がる広い広い農地の緑に囲まれた一本の立派なその樹の下は、緑の濃い季節は駆け抜ける風が立てる葉擦れの音が体に染み込んで、とてもさわやかでとても気持ちのいい場所です。ですが今農地はすっかり枯草模様。そして今日は白い世界に埋め尽くされています。とても孤独でさみしいところでした。ほかの命を感じられないこの場所に一人では長い時間居られそうもありません。



 今はこの場所には男の子と女の人の二人しかいません。他の誰も居ません。


 ふたりっきりです。




 とてもさみしい、孤独なはずのこの場所には、



 二人以外の何者もなく、



 それは確かに孤独でさみしいはずなのですが、



 それが何よりぜいたくで、



 目の前は一面ただ白いだけなのに、



 遠くに見える町明かりがやわらかくて、



 とても寒いはずのこの場所は確かにあたたかで、



 ぴったりくっ付いた二人の間には幸せの温度が感じられました。




「……さむっ」


「……そう?」


「さむいよっ ……でもそうでもないかも」


「……ねえ、エマ」


「何?」


「えっと…… その……」



 この丘の樹の下で想いを告げ、一緒に過ごした男と女は近い将来に結ばれる。そんな他愛のない、どこの町にもあるそんなジンクス。この町にやってきてまだ一年も経っていないエマは知るはずもありませんでした。ましてや彼女は科学者で、もともと非科学的なことは口にしても、それを真に受けたり信じたりすることはありません。


 だけどウィンは違います。今一緒にいる人は、年は離れていても出会った時からずっと好きだった人。ましてやこの場所はこの町で伝えられる特別な場所。


 そして今日はクリスマスイブ。


 知ってか知らずか、今を逃してはいけないと思っていました。



……だけどこの町では一人前の大人、男として認められるのは十九歳から。彼はまだ今年十七歳になる子供でした。相手は仕事もあり、町中から信頼される立派な大人の女性です。とても釣り合わない、おもりになるだけだという引け目があって、なかなか言い出すことができません。


「……えっと」


「?」


「す…」


「す?」


「……」


 ウィンはうつむいてしまい、結局言い出すことはできませんでした。二人ともが何も言わないまま、時間が経っていきます。

 ウィンがエマから離れて振り返ります。やさしい雪明りが照らし、そしてほんのりコートと彼女の翼の羽毛に積もった白く冷たい綿が、いつもの彼女をさらに美しく魅せました。


「す…… すごく、きれいだね。こんな雪の日に空の上から町を見たり、この樹の下に来たりすることなんて、絶対なかった。エマと一緒だから、こんなにきれいなものをたくさん見れる。すごくうれしいよ」


 主語をあえて言わないで伝えるのが精いっぱいでした。それに気付いているのかいないのか、エマは本当にやさしく微笑んで、




 ありがとう、どういたしまして



 と、答えてくれました。








 ぱたぱたと飛んで、町に戻ってきました。戻ってきたそこはエマの工房です。


「ちょっと待っててね~」


 そう言ってエマは裏口の鍵を開けて中に入っていきました。中に入ると、かちゃん、と音が響きます。どうやら中から鍵をかけたようです。深々と降り続けていた雪は、今は止んでいます。雲は晴れていませんが、雪に光が反射して町は明るく照らされています。静かな静かな時間が流れていきました。


 なかなか扉が開かれないので、ウィンは表の方へと回ってみました。


 きゅむ、きゅむ、と雪を踏みしめる音が静かに鳴ります。その音がとても愉快で、ウィンはあえて歩幅を狭く、なるべく足跡を多く残しながら歩いて行きました。



 きゅむ、きゅむ



 きゅむ、きゅむ



 きゅむ、きゅむ



 きゅむ、きゅむ



 たくさんたくさん足跡が残りました。


 ウィンが足跡を残すことに夢中になっていると、ごぅんごぅんごぅんごぅんと音を立てて、工房の正面の大扉が開いていきました。振り返ると工房の中はほのかな明かりに照らしだされていました。中の機械たちがその揺らめく光を受けて、いつもと違った景色を作り出していました。


 小さな器の中に入れられた、それはそれはたくさんのろうそくが、



 通路に沿って



 階段の手すりに沿って



 机の上に



 荷台の上に



 機械達の上に



 ゴーレムの上に



 それはそれは所狭しと置かれて、ゆらゆらと炎をたたえていました。


 扉の陰からちょいちょいと手招きして、外にいたウィンを呼び寄せます。招かれるままにウィンは工房の中に入っていきました。見慣れた世界のはずなのに、今ではとても幻想的な空間に様変わりしています。


「えっへへへへ…… 町で売ってたろうそく買い占めちゃった」


 時々いたずらをするこの大人の羽ありも、さすがにやりすぎたか? と感じているようです。でもウィンが見惚みとれているのを見て、満足気でした。


 扉の陰に隠れたエマの方を見ると、ウィンは真っ赤になりました。



 赤い帽子と赤い服。


 それらの縁取りには白いふわふわとした綿があしらわれ、帽子の先端と上着の合わせの部分には白いポンポンがついています。


 さっきまで着ていた服とはまるで違います。とてもかわいらしく仕立てられたその衣装に純情なウィン君はすっかりノックアウトです。


「ふっふっふ、サンタさんですぞー」


 赤い衣装に身を包んだエマは満面のどや顔です。

 ウィンはずっとドッキドキ。うれしいんだけど戸惑って、もう何が何やら分からなくなってます。ぷしゅーっと音が聞こえてきそうな感じに茹で上がっていました。


「ね、ウィン。手を出して」


 言われたとおりに手を出すと、はめていた手袋を脱がされました。エマも手袋を外していて、直接肌が触れ合います。何をされるんだろう、とドキドキしていると、リボンをつけた小さな小箱をその手に乗せられました。


「クリスマスイブの夜に、その一年行いの良かった子のところにサンタクロースがやってきてプレゼントをくれるのよ。これはわたしからのクリスマスプレゼント。いつもお世話になってるウィンへの贈り物」


 そのリボンを解き、箱を開けるとその中には褪せた銀色をした輪が入っていました。それを手に取ると、輪は見事な光を取り戻しました。


「ミスリル製のブレスレット。ウィンの規格外の精神感応率だったら予想できないような色んなことが起きるんじゃないかな。作ったわたしも想像できないような、奇跡みたいな何かが」


 ウィンは早速その腕輪を自分の左腕にはめました。桃色に近い淡いオレンジ色の輝きがウィンの体を照らします。それをみて、やっぱりそっか、とサンタさんが呟きました。


「まあ、期待しすぎないで! 機能なんてあってないようなものだから。体調や気分に合わせて光る加減や色が違うとか、その程度。あははは。お守りよ」


 そう言うとエマサンタはウィンを引き寄せ、ウィンの頬に軽くちゅっとキスをしました。ウィンの胸は跳ねあがり、一瞬で耳まで真っ赤になりました。ぼんっと音が聞こえてもおかしくない位です。腕輪の光は強いピンクです。


「……ねぇ、ウィン。ウィンが大人になって、わたしが一人でいて、その時まだウィンが同じ気持ちだったら、その時はちゃんと言ってね。わたしは、受け止められるから」


 くらくらとのぼせきったウィンは何と言われたのかよくわかっていませんでした。どぎまぎしっ放しのウィンの髪を撫で、エマはまたにっこりとほほ笑みます。



「メリー・クリスマス、ウィン。あなたの未来に、祝福があらんことを」



 ウィンも言われた台詞を復唱します。たどたどしかったのですが、何とか言葉になりました。ろうそくの光が揺らめいて、寄り添う二人の姿を優しく照らし出しました。



 聖なる夜はだんだんと深く、町中を包んでいきます。








 たとえ未来に苦難があったとしても



 その背にある翼を広げて



 その足で乗り越えてゆく強さを持つ人に、



 そして




 愛のあるすべての人に向けて







 メリー・クリスマス





 クリスマス特別編、いかがでしたでしょうか。


 第三章を読んだ方々が今回のおまけをご覧になると、とてもやるせない気持ちになるかと思います。

 でもこんな幸せだった時間があったから、それを胸に強く生きていくこともできるんじゃないかと思うのです。



 それでは、時期がすぎてしまいましたが、れいちぇるからも



 Merry Christmas!


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