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  作者: れいちぇる
第一章 「片方だけの翼」
4/82

第四羽 「丘で見上げて」


 ハイランドがその巨大な影をアースの町に落とし、去っていく。浮き島を見上げ、少年たちが目を輝かせている。走って追いかける子供もいる。

「すっげー!」

「待て待てー!」

「オレ、いつか絶対あそこに行くんだ! で、あそこで暮らすんだ! きっとすっげー気持ちいいんだろうなー! 雲になったみたいに、どこでも自由にいけるんだ!」

夢に目を輝かせる子供たちとどこまでも対照的な大人たちの目。それは特に注意を払うでもなく、興味もない。洗濯物が乾かない、作物に陽が当たらないのは困る、早く太陽を遮らないところに行かないか。


みなが忘れてしまった。




―4―



 ハイランドの移動速度は決して遅くない。しかし陸地自体がとても巨大で、速度を落とさないままでも通過するのに一時間以上かかる。大抵浮き島が町の上空にあるとき、それは速度を落とす。そして訪れる。物資の調達や観光をして、気まぐれにハイランドの技術を与えていった。

 浮き島に住む羽あり達はとても知能が高いと言う。彼らが作る様々な機械と、それによって成り立つ、大地の人々とは異なる彼らの生活。体力に劣る彼らは食料の生産も機械に行わせ、自分達を補っていた。

「アースの羽ありとは違うわ。わたしたちはわたしたちだけでやっていけるもの。体力だけの不粋な羽なしと生きていくなんて考えられない」

 それが多くのハイランドの羽ありの声。たとえ口にしなくとも、伝わる。

 ハイランドの技術は高く、その恩恵にあずかるアースの町も多数あった。しかし押し並べて傲岸な浮き島の民に対する不快感が強かった。それぞれを隔てる空の距離より深いかもしれない溝が、天と大地の間に横たわる。それは、かつて見ていたものを見えなくするのに十分だった。


 片羽の少年の住む町にもハイランドがたびたび通り過ぎていく。農耕地方であるこの町は維持するだけの技師がいなかったため、ハイランドの技術はほとんど提供されていない。むしろ逆で、ハイランドが農耕におけるデータを採取し、それを浮き島の機械に取り入れていくことが多かった。

 一方的な搾取と考える住人は少なくなかった。実害を伴うことはなかったので争いになることもなかったが、お互いに交流がなされることもなく、いたって事務的な関係だった。また、年にいくつかのハイランドが上空を通り過ぎるのだが、特に収穫時期の謝天祭にあわせるようにして現れる浮き島があった。それをみなが嫌っていた。

「アンタたちに感謝してるわけじゃないのに…」

 父なる天に感謝を示す祭事のときに訪れる、望まぬ天の来訪者。ずれた両者の思いが重なり合う時は、おそらくない。





 少年の兄が家を離れたその日、少年は丘の上に立つ一本だけの木の木陰に座って浮き島を見ていた。特に何も考えていない。ただ浮き島が視線の先にあるだけで、ぼぅっと座っていた。収穫の頃合とはいえ日中はまだ少し暑い。広げた羽で扇ぐ。


「すごいな…」

どれだけ時間が経ったのだろう。唐突に声に出した。

「あんなに大きな陸地が浮いているなんて…」

 当たり前すぎて大人たちは改めてそれを考えたりしない。自分が生まれるはるか昔から、羽のある人が生まれるよりも以前からそうだったと言う。

 どうして空が青いのか。なぜ陽が暖かいのか。それと同じで考えることは無駄であり、ただそうである。答えなど要らない。それだけで十分。いつしか誰もがそうなっていった。


 ハイランドが速度を上げ始めた。だが巨大なその浮き島が落とす影が町を覆わなくなるまでもうしばらくかかりそうだった。少年の視界には小さな点がいくつか動いていた。その点は浮き島を目指していた。それらには羽ばたく羽がない。かつて彼が見たものと同じだろう。

「どうして飛べるのかな…」

 ぼぅっとして、答えを期待しているわけではない感じだった。そして無意識に視線が下がる。視界にあったのは少年の持つ白い羽。何も言わずにため息をつくと再び空に目を向け、去っていく陸地を見送った。それを追って飛び去る点はひとつ、またひとつと空の大地へと消えていった。


 町を覆う影が完全に離れた頃、少年は腰を上げて少し伸びをした。両手を上に伸ばすのと同時に、背中の翼も大きく広がる。さぁっと強くない風がそよぐ。

「…あなたが、噂の子ね」

 突然声をかけられ、驚いたようだった。きょろきょろと見渡す少年の右手、立っているところよりも少しだけ下ったところに一人の女性と、彼女に手を引かれたまだ小さな子供がいた。二人とも羽なしだった。

「驚かせてしまったかしら、ごめんなさい。だけど、あんまりきれいだったから声をかけずにいられなくって。…最近この町に越してきたの。夫の仕事の関係でね。夫は羽ありなんだけど、少し前に怪我で飛べなくなってしまった。たまたま仕事には差し支えないけど、とても落ち込んでいて…」

突然身の上話をされて、少年は少しだけ困った顔をした。あまり目線をあわせようとしない。

「だけど、あなたに会えてよかったわ」

 逸らしていた目線を思わず合わせてしまった。羽なしの女性は微笑みながら片羽の少年を見ていた。

「あなたは生まれつき片羽で、飛べないんですって? 悩んでるでしょう。だけど、あなたの翼はとってもきれい。それはきっと、あなたが真っ直ぐできれいな心をしているからね。

…そう。たとえ飛べなくなってしまっても、あの人はあの人。決して変わるものじゃない」

 少し無言ができた。僕は、と少年が言いかけたが、羽なしの女性が彼女の子を抱き上げて続けた。

「あなたのきれいな羽、大切にしてあげてね」

 その笑顔を見て、少年は言いかけた言葉を飲み込み、代わりに礼を言って家路に着いた。少年の代わりに親子が木陰に立ち、彼の背中を見送る。




「本当にきれいな羽…。あの人も、生きていたらきっと…。飛ぶ必要なんか…」






 葉擦れの音がさわやかな丘の上で、抱き上げられた羽なしの子供がぬれた母の頬をなでた。








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