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  作者: れいちぇる
第三章 「幻獣大戦 蹂躙」
32/82

第二十七羽 「滲み出す闇」





 それは町にやってきた商人から聞いた噂だった。


 この町の北、馬車で十日ほど離れた土地にあった街が、化け物たちに襲われ支配されたという。

 その化け物は昔話や絵本の挿絵でよく見聞きした怪物。


 一つ目の鬼。

 空を舞う人面鳥。

 王冠のようなとさかと赤い瞳を持つ毒蛇。

 巨大な体躯と強靭な牙と爪を持つ人狼。


 山中、荒野、人里を恐怖に陥れてきた怪奇があふれ出したかのようだったと言う。そしてその化け物達は後ろに羽ありを隷属させていた。


 そしてその少し前、その街の近くには巨大な都市があったが、浮き島が墜ちたことで滅亡したと言う。


 浮き島が彼の地に封じられた魔物を目覚めさせ、その浮き島の民は囚われたのだ、とまことしやかにささやかれていた。





―27―



「……だそうだけど」


 片羽の少年の家で、夕食に招待された黒髪の羽ありが今日仕入れた話を皆に披露していた。


「怖くないの? エディって結構そう言うの、弱いと思ってたんだけど」


 栗色の髪の羽なしはにこにこ笑顔で聞いていた。これまで黒髪の羽ありを家に呼んだ時、たいてい彼女は仏頂面であるか、警戒するような気配を出していたのだが、それはすっかり失われていた。隣には弟がおとなしく座っている。


「エマは信じてるのか? いつもオカルトな事は話題にも上らないじゃないか」


 隣に座る短髪の羽なしが怪訝そうに問う。


「そりゃー、信じるも信じないも、見てみないことには始まらないでしょー。ジュドは信じるの?」


 そう言われると、少年の兄は押し黙ってしまった。信じられない、と片羽の少年が発言すると姉が、よねー、とにこにこ笑顔で同意する。


「アンタら、何があったの? まさかと思うけど…… 」


 越えてはならない一線を越えたりしてないか、黒髪の羽ありは心配して二人の顔を覗き込む。かつての敵にまじまじと見つめられても少年の姉の満面の笑みは変わらない。背筋に冷たいものが走る感じがした。


「スティナさーん、エディってこんなんでしたっけ?」


 前からよ…… とため息をつく母。息子が立ち直ってくれたことに胸を撫で下ろしたのも束の間、やはり以前からあった問題がさらに大きくなって両親の頭を悩ませていることが明白だった。


「ジュドは……」


 目を閉じたまま首を横に振る。恋人の質問に答えるまでもないと言う姿勢から、このことに首を突っ込んでも時間が無為に過ぎていくだけだと、黒髪の羽ありもついにあきらめた。


「……で」


 脱線した話題を元に戻そうと、片羽の少年が口を開く。


「信じられないけど、本当だったら大変だよ。それにその怪物って、どんどんほかの町や村を襲ってるのかな。ここまで来たりしないのかな。もしそうなら……」


 最後まで言い切らなかったが、その続きを察した聡明な羽ありが回答する。


「だーいじょうぶだって。ゴーレムが要るような危険レベルの化け物が存在するなら、もうとっくに襲われてると思うよ。

 それに万が一前みたいな争いが起きた時のためにAMF(注:アンチマテリアルフィールド。物理的な攻撃を遮る、ゴーレムの防御システムの一つ)を実はもう配備してるし。ゴーレムに搭載してるほどの出力はないけどね。それにここだけの話、羽なしのみんなでも戦えるような道具の構想も出来てるからねー。いざとなったら工房の総力を挙げて作っちゃうわよ」


 そう言って身を乗り出して少年の頭に手を伸ばし、柔らかい髪を撫でた。


「だから、今度は大人達に任せておきなさい。あなたが戦う必要は、もう無いわ」


 少年の目の前にはかつてより恋焦がれた慈しみにあふれた美しい笑顔があった。照れくさくなって視線を下すと、羽ありの豊かな胸が目に入る。一年前そこに抱きしめられた記憶が瞬時に甦り、より顔を赤らめて思わず横を向いてしまった。その様子を見ていた少年の姉がむっとして、羽ありの手を払う。


「誘惑すんなっ」

「どこがよ!」

「こらご主人! この節操なしのしつけはどうなってるの?!」


 なんでそこで俺に振る、と言わんばかりの兄の顔がおかしくて、弟は声を出して笑っていた。にぎやかに夜が深くなっていく。




……



 ひとしきり言い合いがあった後、少年の兄が閉ざしていた口を開いた。彼の声質は父によく似ている。声質だけでなくあまり話題に割って入らない気質もよく似ていた。そんな彼が真剣な顔つきでゆっくりと語る。誰もが真剣にその言葉に耳を傾けた。


「……俺が戻ってきたのは、その噂のせいなんだ」


 思ってもみない発言にその場にいた人間は全員息を呑んだ。


「その噂になってる化け物に襲われた街っていうのは、多分俺達が作った機械を都市に卸していた業者のある街と同じだろう。そこから逃げてきた羽ありの一報があって、すぐに疎開するよう街中にお触れが出たよ」


 間に割って入る者はなく、淡々と少年の兄からの報告を受ける。


「少なくともその取引があったところは昔からここよりもずっと機械化が進んでいて、そんな迷信じみたことを信じないような連中の街なんだ。そこの住人が化け物に襲われたなんてことを言い出したんだ。ただ事じゃない、って誰もがすぐに理解した。

 俺は修業して三年以上経ってたから、師匠もついてくる必要はない、好きにしろって言ってくれた。本当ならもっと居ても良かったんだけどな。

……帰ってきて、大正解だったけど」


 黒髪の羽ありと短髪の羽なしの間の距離がほんのちょこっと近づいたような感じがした。はいはい、と妹が軽くあしらうと、咳払いをして続きを始めた。


「こっちに帰ってきてから本当のことを言うかどうか迷ったよ。いたずらに不安を煽るようなことは言えないからな。だけどこっちの方にまで噂が広がってきているっていうなら、もう秘密にしておけることじゃあない。

 あいにく本当に化け物が出たのかどうかってことはわからない。だけど、何か重大なことが起きたっていうのは紛れもない事実だと思う」


 そこまで言って長兄は椅子の背もたれに体を預け、視線を天井に向けた。壁に掛けられたランプの炎の揺らめきがやさしく映し出されていたが、ランプの一つが油を切らして不意に消えた。部屋の隅に潜んでいた闇が少しだけ広がる。


「……一応、準備だけは進めておくわ。ジュドは明日そのことを町長さんに連絡しておいて。わたしの方からも準備の話をしに行く。本当に万が一の時は、ロディニアに飛ぶわ」


 一年前の浮き島の墜落の時とは異なる言い知れない不穏な空気が広がり始めたら、この小さな町を覆い尽くすまでにそれほど時間はかからない。





 片羽の少年の拳は固く握られ、彼の決意を表していた。





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