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  作者: れいちぇる
第三章 「幻獣大戦 蹂躙」
30/82

第二十五羽 「遠方より来(きた)る」

 穏やかな日常の中にもちょっとした変化が起こります。

 それが幸か不幸か、起きたその時にはわかりません。




 日も暮れ、片羽の少年も家に戻ってきていた。いつものように夕食前の祈りも終わり、皆が食事に手をつける。地禮祭も終わり確実に春の訪れを感じはするも、夜はまだまだ冷える。今日の夕食はミルクを使ったシチュー。体が芯から温まり一日の疲れが取れていく。

 空腹が満たされてゆくのと同時に談笑が部屋を満たしていく中、少年の母がまるでふと思い出したように口を開いた。


「去年の今頃はまだエマちゃんが家にいて、一緒に食べてたのよね。ウィン、たまにはまた食べに来るように誘ってあげなさいな」

「え…… い、いいの?」


 少年の顔が少し赤らんだように見える。


「っ……!」


 口に含んだシチューを飲み込み、何かを言おうとした少年の姉は突然背筋を伸ばし、出てくるはずの言葉も一緒に飲み込んだ。よく見ると隣に座る母に背中をつねられている。


「ね。おじいちゃんもおばあちゃんも、お父さんも構わないわよね? ……もちろんエディも」


 やさしい笑顔のまま娘を見る。口調も穏やかなのだが、指には先程よりも更に力が強く入る。無言のまま引きつった笑顔を浮かべた娘もうんうんと頷いていた。家族全員の同意を得て、片羽の少年はうれしそうだった。


「今はゴーレムに乗ってロディニアに行ってるから、また今度伝えるよ。明日帰るって言ってたと思う」

「明日? 明日ね。丁度良いわ、それじゃあ明日はしっかりご馳走を用意しておくから、エマちゃんにも来るように伝えるのよ。それではみなさん、重大発表がありまーす」





―25―



 翌日昼近く、少年はゴーレムが帰ったとの知らせを受けて町の工房に出かけていた。町の大型機械の格納庫と、隣接して作られたその工房はこの地を去った浮き島の民が建造していったもので、取り仕切っているのはこの町に残った黒髪の羽ありの女性だった。取り仕切っている、といってももともとこの町にいた技師も他の仕事と兼業して空いた時間に簡単な修理をしていた程度で、このような大型の機械、構造が複雑な機械を扱うことなどほとんどなく、実質彼女一人で切り盛りしていた。

 女手一つでは、と事務処理など経営に名乗りを上げた数人の他、若者が何人か弟子としてこの工房に通っている。羽ありと羽なしが半々くらいの割合だ。若者の中には下心があって、と言う者もいたが適当にあしらわれいつの間にか技師としての勉強に追われていた。


 格納庫と工房の間にあるドックに入った片羽の少年は中をぐるりと見渡した。昨日彼が農地から乗ってきた左前肢に故障を抱えた大型機が停めてある。まだ半年くらいしか稼動していないこの工房では本当に基礎的な機械の扱いができるものしかいない。そのため人間よりも大きな物の修理はオーナーが戻ってくるまで保留とされていた。近くには2台、運搬用の台車をつけた小型のビークルがあった。それらには数々の工具が乗せられており、仕事をいつでも始められるように準備されていた。


 工房の一角には昨日までなかった巨大なコンテナが置かれている。

 さらに昨日まで何も入っていなかった格納庫の奥に、銀色の翼を持つゴーレムが納まっている。

 そして昨日まで暗かった、格納庫を一望できる場所にある部屋に明かりがついていた。

 この場にあるもの全てが、彼女が戻ってきていることを確かに教えている。


 片羽の少年は足取り軽く階段を昇り、扉をノックする。招き入れる声は聞きなれた人の声で、心弾ませながらドアノブをまわして扉を押した。




 その頃、少年の家の前に馬車が止まっていた。一頭の鹿毛の馬が牽くほろを持つそれの中には色々な調度品のほか、大きな木箱や手提げ用の取っ手がついた金属製の箱がいくつかあった。玄関の前に立つのは羽なしの男性で、短い髪をしていた。筋肉質でそこそこ大きな体躯をした彼はしばらく扉の前に立ちつくし、一呼吸するとドアノックを持ち、3回叩いた。扉の奥から若い娘の声がする。一歩下がって招き入れられるのを待った。


 開かれた扉の向こうにいた妹は外で立っていた男を爪先から順に見上げていき、そこに立つ羽なしが以前よりもさらに逞しく凛々しい、精悍な羽なしの男性となって帰ってきた兄であることを確認すると大きく息を吸い、歓喜の声を上げた。


「うーわー! ジュド兄、おっとこまえ! お嫁さんの一人や二人いるでしょ! 絶対いる! え? あの馬車の中? みたいみたい!」

「バカ、あの中荷物だけだって。それにいたら一人で帰ってこねえよ。そういうエディこそモテそうじゃんか」

「今んところ丁重にお断りさせていただいております」

「お前はホント、もったいないのな。母さんに似て美人だってのに」


 だよねー、と軽口をきく妹の頭にゲンコツを落とした。力はまったく入っていない。


「エディの突っ走りっぷりは変わんないのな。安心したよ」


 頭をさすっている妹の様子を笑って見ていると、奥から家族が総出で出迎えた。離れて四年経つ我が家に入る。わずかな変化はあるが変わらぬ空気を感じ、懐かしさを抑えきれなくなった羽なしの青年は姿勢を正し、改まった態度で帰宅の挨拶をした。



……



「へ~、技師の勉強をしてたの。まあ今でこそ機械が増えたけど、どうして戻ってくることにしたのかしら。前みたいなこの町だったら技師だけじゃやっていけないと思うけど」


 さっきまで着ていたつなぎを脱ぎ、余所行きに合わせてすこし見た目の整った衣服に身を包んだ黒髪の羽ありが、右手を歩く自分より少しだけ背の低い片羽の少年に聞いていた。少年はずっと跳ねる心拍を抑えながら傍らについて歩いていた。

 馬車などもほとんど通らないが道路側に立つ。かつて姉に教えられたことがあった。そんなさりげない心配りができるようになっただけでなく、去年まではもっと小さかったはずの彼もいつの間にか背が伸び、彼の姉と同じくらいになっていた。


「改めてだけど、ウィンも大きくなったわよね。わたしももうちょっとしたら抜かれそうね… やっぱり男の子って感じ。お姉さんちょっとショック」


 うまく返答できない自分を少し疎ましく思いながら、にこにこと笑顔のままで相手の話を聞く。もう少しで少年の家に着こうかというころ、鹿毛の馬に牽かれたこの町で見かけないほろをつけた馬車とすれ違った。積荷は下ろされ空になっているようで、それを見て片羽の少年はちょうど兄が帰ってきたのだと確信した。


 扉を開けて家に入る。黒髪の羽ありの上着を受け取り、上着掛けに吊るしていたその時、奥の少年と姉の部屋から一人の青年が出てきた。少年の姉も一緒だ。すっかり大人の男性となり見違えたが、4年前に家を離れた兄の面影が確かにある。


「お帰り、ジュド兄さん!」

「おうウィン、でかくなったな! 俺の荷物が入って狭くなったけどまたしばらくは同じ部屋で……」


 不自然なところで言葉が途切れた。


「あ、エマ、この人が僕達の兄さんで」


 右手で指して羽ありの女に紹介する。しかし黒髪の羽ありからの反応がない。対面した瞬間、二人の時間が同時に一瞬止まっていた。先に動き出したのは少年の兄。


「は、はじめまして。俺、ジュドと言います。エディとウィンの兄で…… って、それは今ウィンが言ったか。ええと、なんて言うか…」


 わずかに遅れて黒髪の羽ありの時が動き出す。


「え、えっと、わたしエミュールと申します。えっと、あのー、去年からここのご家族の方たちにとてもよくしてもらってて……」


二人ともしどろもどろで巧く話せていない。兄はともかく、このようになっている黒髪の羽ありを初めて見る片羽の少年はわずかに首をかしげていた。




 一方で二人のぎこちない様子を見逃さなかった片羽の少年の姉の目が、きらーんと音を立てて光ったかのように見えた。




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