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  作者: れいちぇる
第三章 「幻獣大戦 蹂躙」
29/82

第二十四羽 「変わりゆく世界」

 お待たせいたしました。ここから第二部の始まりです。

 数人の人間が円卓を囲んでいる。この暗い部屋の中でただ一つ明かりを持つのはその円卓の中央。透明な半球状の物体の中に陸地が浮かび上がっている。

 ふっ、とその陸地が消え、次にまた別の形状をした陸地が中に現れた。そのドームの中にあるものは現実の物ではなく、単に映像であるようだ。半球の中の陸地の周囲を雲が流れることから、どうやらその陸地はハイランドであると察せられた。はじめは浮き島のやや下を流れていた雲が徐々に浮き島を囲むようになり、そして浮き島を囲んでいた雲の波がだんだん高くなっていく。

 静かだった部屋に最初に響いたのは、年齢を重ねた女の声だった。


「またハイランドが落ちたそうよ」

「今度は『ゴンドワナ』……」

「今回のは未曾有の惨事…… 都市が丸ごと一つ壊滅したわ。……ゴンドワナが避け切れなかったそうよ」


 映像は流れ続け、雲の層を抜けたゴンドワナと呼ばれた浮き島が進むその先に、高い塔をいくつも持つ大きな市街が見えてきた。

 陸地はそのまま高度を下げ続けた。その進行速度が遅くなるようには見えない。むしろ吸い寄せられるようにどんどん速くなっていく。まもなく眼前にそびえる巨大な塔をガラス細工のように打ち砕いて瓦礫の雨を降らし、街並みのすべてを下敷きにしながら世界を揺らして大地に還っていった。


「……酷いな」

「音が聞こえないだけ、まだマシね……」


 ドームの中には爆炎を上げる巨大な岩山と、天から降ってきたその岩山に挽き潰された瓦礫の荒野が出来上がっていた。先程まであったはずの文明の光はもうすでにそこにはない。


「証言だと、光子炉の出力が突然低下したらしい。あれだけの質量だ。光子炉無しではどう足掻こうと進行方向を変えることはできなかろう……」

「我々と同じか……。……もしかして」

「……ああ。やはり黒いもやが発生したそうだ」

「……耐用年数の問題か?」

「わからん。だが、ロディニアもゴンドワナもローラシアも、起源は同じだがメンテナンスなどはそれぞれのハイランドで独自に行っている。それがほぼ同時期に機能不全を起こすとは到底考えられない」

「偶然じゃない、とでも?」

「……わからん」


 炎と煙を映し出していたドームの映像が消え、部屋に暗闇が広がる。


「いずれにせよ、残るハイランドは4つ。何事もなければ……」





―24―



 少年の家の前から帽子を被った初老の羽ありが飛び立つ。その後ろ姿に手を軽く振って、少年の母は戸を閉めた。彼女の顔は終始笑顔だった。


「お母さん、どうかした?」


 普段から笑顔の多い彼女がいつも以上に上機嫌な様子を見て、少年の姉が聞く。その胸には一つの封書が抱かれていた。娘が手を伸ばしてきたので取られないように子供っぽく体を翻してその手をかわす。なによー、と抗議する娘を他所に、引き出しからはさみを取り出してうきうきと開封していった。

 中に入っていた紙を取り出し、椅子に腰掛けることもなく広げて目を通す。年甲斐もなく……などと思いながら見ていた娘が、座っていた椅子の背もたれに身を預けたまま大きく伸びをして天井を見上げた時、手紙を読んでいた母が急に大きな声で呼びかける。びっくりしてバランスを崩し、後ろに大きく傾いていった。座っていた娘の脚が宙にきれいな弧を描く。椅子と床が勢いよくぶつかり、大きな音が家中にこだました。

 椅子と一緒に床に倒れ伏すはずだった娘は、腰を落として両腕を開き、大の字ともやや異なる不思議な姿勢で立っている。


「……よく転ばなかったわね」

「……地姫の稽古のおかげさんで」


 今年の地禮祭もつい先日無事に終わり、眠っていた虫たちも起きだす季節を迎えていた。地禮祭の舞いの振り付けは毎年その前年度の地姫と侍女に選ばれた娘が指導することになっており、少年の姉もその役割を果たしていた。特に去年の地姫と侍女の二人は男女を問わず人気が高く、信頼も厚かった


「アネーシャちゃんは天士の人と今もいい仲だって聞くのに……。アンタはまだなの?」

「さーねー」

「……ウィンばっかりかまってちゃダメよ。あの子だって年頃だし、多分エマちゃんのこと」


 母が続きを言おうとした瞬間に非常に怖い目つきで睨みつける。呆れたように母はため息をつき、椅子を直して再び座るように促した。


「……で、何が書いてあったの?」


 まだ微妙に眉間にしわを寄せて、頬杖をつき右手の中指でテーブルを小刻みにタップしている娘が、やはり若干不機嫌な様子で問う。台所に向かった母が、今朝買ったミルクを注いだカップを差し出す。会釈をして受け取り、こくりと喉に流し込んだ。

 娘が一息ついたところで手紙の内容を告げると彼女の表情はすぐに明るくなり、自分も直接確認したいと手を伸ばした。目を通すと笑顔のまま手紙を母に返す。だが次に出た言葉は少し不満そうな感じだった。


「えーっでも、本当に明日なの? いくらなんでも急すぎるよぉ」

「もう五日前に出たって書いてあるわ。きっとこの手紙は頃合を見計らって出してもらったのよ。……じゃあ、早めに準備しておかないとね! エディ、いろいろ手伝うのよ」


 へいへい、と気だるそうに返事をする。しかしそれとは裏腹に立ち上がった彼女の顔は明るく、不平は一つもないようだった。



 片羽の少年は農地に出ていた。ロディニアの民が町に寄贈していった機械を操り、農作業の手伝いをする。片羽の少年のほかにも機械を駆り、積極的に畑を耕し整えていく羽ありが見られた。また用水路の工事など、これまでは羽なしに頼りきっていた土木関係の現場にも機械に乗った大人の羽ありがいる。

 この町に暮らしている羽ありには他の町との物品の流通や商売を生業とする者が多かった。腕力、体力の必要な仕事に直接従事する者はない。設計や計画を立てることはあっても工事の現場では空から状況の把握をしたり連絡係をしたりする程度。若い羽あり、特に男の羽ありは直接その翼を使う仕事に好んで就いた。

 だが不幸にも羽を痛めて仕事に差支えが出る者が少なからず現れ、本当にまれではあるが、二度と飛べなくなるような傷を負うこともある。そうなった者のなかには悲観して自ら命を絶ってしまう者がいた。

 しかし、羽が使えなくとも機械を使うことには障害はない。人の手では時間のかかる作業でも機械を使えば従来よりも早く、広く行える。

 多様な機械が増え体力に劣る羽ありでもできる事の幅が広がったこの町では今、羽なしが羽ありを必要とし、羽ありも羽なしを必要としていた。


「おーいウィン、ちょっと来てくれないか」


 太陽が南中する頃合い、片羽の少年の乗った四足機からやや離れたところで作業していた機械の方から一人の羽ありが飛んできた。呼ばれた片羽の少年は銀色に輝く機械を止め大地に降りる。すぐに戻るよ、と声をかけて動きを止めていたもう一台の機械の方へと駆けていった。



……



「うーん、動けないのはこの左前足の付け根が原因みたいですけど……」


 運転席に座ってパネルに手を当てたまま、片羽の少年は難しい顔をしていた。片手で操縦桿をもう一度引き、その後近くのレバーを下げる。ゴゥン、と低い音を立ててわずかに動くが前進するには至らなかった。


「これ以上は……。ここが痛いって言ってるんだけど、中のことまではちょっと」

「そうか……。ありがとな。こいつはここに置いておくしかないか」


 半身乗り入れていた羽ありの男が頭をかいてぼやいた。大きな障害物を農地に置いたままにすることに抵抗があるようだが、致し方ない。修理するためにも様々な道具をここまで持ってこなくてはいけない事も頭が痛かった。だがそれに応えるように少年が明るく言う。


「あ、でも動かないのはこの一本だけだから……」


 両手で操縦桿を握り、手前に引いて右に切った。


「こうしてあげれば、後は三本足で歩いていけますよ。……大分揺れるけど」


 器用に機体を傾け、左前足を浮かせて前進していく。確かにかなり揺れるため羽ありの男は操縦席からはなれ宙を舞っていた。


「それじゃあ僕はこのままこの子を連れて行きますからー。明日になればエマが帰ってきて直してくれると思いまーす。向こうに置いてる子、よろしくお願いしますねー」


 不恰好な歩き方で少し大きな音を立てながら格納庫に向かって進んでいく。空から見送っていた羽ありはさっきまで片羽の少年が乗っていたもう一台の機械に向って飛んでゆき、運転席に座って操縦桿を握ってパネルを操作する。ゴゥンと音を立てて一歩一歩進み始めた。


「あいつが乗ると、本当にああ言う生き物がいるみたいに動くよな……。いったいどうなってんだ?」



 三本足のまま片羽の少年が乗っていった物と比べて明らかにぎこちない歩き方をする四足の機体はそのまま農地を進み、少年のしていた作業の続きをしていった。




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