おまけ挿羽 「おしいね!エマ先生」
まだまだエミュール女史の授業が続きます。
ただのおまけのはずなのに、「羽」の世界観を補完するのに重要になってしまった”エマ先生シリーズ”。軽薄な感じのサブタイですが、至ってマジメ。
それではどうぞ。
僅かな手綱の緩みも許さない暴れ馬達も、おとなしく椅子に座って壇上の羽ありの言葉を聞く。
仔細は難解ではあった。しかし聡明な黒髪の羽ありの手によって、今まで誰も知らなかった、知りえなかった世界が紐解かれ、目の前に広がる。子供達は実に素直だった。
なぜ? どうして?
生れ落ちた子供達は必ず両親に問う。
その両親も自身の親に問うた。
だが、誰もその答えを知らない。
「……私が話していることがすべて正解、という事ではありません。そこにはたくさんの思惑があったはずで、当時思い描かれていた本当の意図は違うのかも知れない。
かつてあった出来事を調べて、昔の人はきっとこう考えていたんじゃないか、って先生が思ったことを今日はみんなに伝えています。
でもね、これは本当だと思うの。使い方を過り滅びかけた人類を、科学は見捨てなかった。それが今のこの世界を作り、私達が在る。たとえハイランドを作ったことが星にとって歪で人間のエゴだったとしても、これがその時一番の考え。もし間違いがあったら、見つかったら、これからみんなで直していきましょう?」
子供達は無言で頷いた。助手の娘の視線はやや下がり、焦点は床板の板目にあっていた。目線を下げたまま鼻で大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
―おまけ―
「長い長い旅が始まって、ようやく軌道に乗ってきたハイランドでの生活の中で、人はまたかつてのように平和に仲良く暮らし始めました。鉄に代わって個人個人にミスリルが普及するようになってからすぐに、ミスリルの持つとても大きな特徴が見つかりました」
黒板に白墨を使って大きく文字を書く。そしてぐるりと円で囲んだ。
『精神感応』
子供達が皆ノートに書き込む。
「ミスリルは人が触れることによって力を発揮します。使う人によって強く作動したり弱く作動したりする。これを精神感応性と言います。精神感応性は発見当時から分かっていましたが、それだけでなくミスリルには人によって感応し易い、し難いという特徴があったんです。それを数字にした物を精神感応率と言います。とっても大事だから覚えておいてね。
もっとミスリルを巧く使いたい。
だけどミスリルの精神感応と言う性質上みんなが同じように使えるわけではなく、はじめは誰が使っても同じように動くように研究していたのですが、それは困難を極めたようです。
やがて怖いことが始まりました。ミスリルを変えられないのなら、もともと精神感応率が高くなるように人間を変えることができないか。そう考えるようになって、実際に行い始めました。これを品種改良、遺伝子操作といいます。で、これを持って」
それは歯車の付いた単純な機械だった。先端に錘の付いた紐が垂れ下がっている。しかし助手は再三酷い目に遭わされるのではないか、と警戒を解かない。もー、と苦笑しながら黒髪の羽ありはくるくると先端の錘を振り回しながら黒板の前に戻る。皆が見ている前で錘を垂らし、機械をスイッチを入れた。歯車が回りだし紐を巻き上げていく。
「ね、たったこれだけ。何の変哲も無いおもちゃみたいなものよ」
もう一つを箱から取り出し、助手に手渡す。しかし腕組みをしたまま受け取らない。
「……」
「……」
片方は笑いかけながら、片方は睨みつけながら。
無言が周囲を満たし、二人の間にバチバチと火花が散るのが見える。
ハラハラして流れを見守っている子供達。
しばらくして助手の羽なしは、羽ありが右手に持つ最初に操作していた方を指差した。
「……用心深いわねぇ。三度目の正直っていうじゃない」
「二度あることを三度でもやるのがアンタじゃない」
反省する素振りも全く見せない様子で頭を掻き、けらけらと笑いながら右手の物を手渡す。
…が、やはり受け取らなかった。
「なんでよ!」
「……やっぱり両方、今ここで同時に動かして。何とも無かったら、受け取る」
黒髪の羽ありがぎくりとしたことに誰もが気付いた。机に肘を突いて両手を組み、羽なしの娘の強い双眸が相手を見据える。ちょっとした無言の後、ちっ、と舌打ちが響き、両方の機械の柄尻にあるカバーを外し、トラップを解除。溜め息を付いた羽なしの娘に手渡す前にもう一度動かして見せ、安全を確認させた。道具を手にして二人が並ぶ。
「巻き上げろ! って強く思ってね。それじゃあせーの、はい!」
合図と同時にスイッチを入れる。床に付くくらいに垂らされた紐は巻ききられるまでにそこそこ時間がかかる。羽ありの持つ方が早く巻き終わった。お互いの装置を交換してまた同じ事を行うが、結果は変わらない。
「ね。わたしが使った方が早く回ります。これが羽ありの特徴です」
実際にやってみて比べてみるように、と子供達に手渡す。
「訓練すれば多少ミスリルとの感応もよくなりますが、それでも羽なしは羽あり程にはなれません。
……さっき話した遺伝子操作での品種改良によって羽ありが生まれた、と言われています。結果としてもとの人類、つまり羽なしよりも羽ありの方が強力に精神感応できて、ミスリルを介した力の有効活用が飛躍的にアップしました。その代わり羽ありの身体能力は羽なしに比べて弱かった。良いことばっかりじゃないってことですね。
エディお姉さんはいい人だったからあんなイタズラしてもふん縛るくらいで許してくれたけど、もし喧嘩になったら私達羽ありは絶対に勝てません」
ジト目で睨み、許してないわよ、とぼそっと呟くが誰にも聞こえていない。
「……そう、羽ありでは羽なしに勝てないんです。背中に生えた私達の翼は逃げるためのもの。
ハイランドには今、羽ありしかいません。どうしてか分かりますか?」
ある程度想像を働かせているようだが、答えられる子はいなかった。
予想していた、と言った感じで羽ありの女は助手の方を見る。
「エディお姉さん、どうですか?」
羽なしの娘はかつて彼女の弟が父に聞いていた事を思い出し、答えた。
「……なんでかしら。きれいになったアースに全員戻ってから戦争が起こって、羽ありが無人のハイランドに逃げていった、って感じ?」
黒髪の羽ありは軽く二度頷いた後口を開いた。
「その通り、争いがあった。ただその争いはハイランドで起こりました。世界の浄化がかなり進み、地上に戻る人々が増えていった頃、理由は分からないのですが羽ありと羽なしの間でいがみ合いが起きました。
それは酷い戦争だったようです。世界中で10あったハイランドが7つに減ってしまうほどの。羽ありの存亡をかけた、大戦争が起きてしまいました」