おまけ挿羽 「教えないで!エマ先生」
前回の続きです。悪ノリしたエマに放置された教室では…
……
…
講師とその助手が出て行って数分。残された子供達はお行儀よく座っていられるはずも無く、講堂は無法地帯となり果てていた。女子同士で勝手気ままなおしゃべりをし、男子達は追いかけあっている。そして紙飛行機が飛び交った。羽ありの子がちょっとだけ羽ばたいてその紙飛行機をキャッチし、投げ返す。
そんな中、羽ありの女子が一人みんなに声をかける。
「しずかにしなよー、授業終わって無いよー」
「何だよマーサ、良い子ぶっちゃってさー」
「エマ先生だっていつもと違ってふざけてたじゃん、ここからは自習、ジシュー」
いつの世もそうであるように、男子よりも女子の方が早熟だ。だがいつも握られていた手綱を解かれた暴れ馬達を委員長系女子が制しようと試みるも巧くいかない。
「もー! エマ先生の言うことしか聞かないんだから!」
「…ぼ、僕も座ってた方がいいと思う…」
気弱そうな羽なしの男子が同意した。
「何だとー。リュートのくせに生意気だぞ」
不快を隠さない子供の声に気弱な羽なしはすっかり萎縮してしまって、それ以上何かを言うことはなかった。羽ありの女子は説得を試みるが、男子達は小うるさい彼女を無視して走り去っていく。
丁度その瞬間、どかんっ! と勢いよく講堂の扉が開かれた。
―おまけ―
鬼の様な、と言うのが相応しい形相の羽なしの娘がそこに立っている。もともと整った顔立ちであるためそれでもそれなりに見えるのだが、原型を留めぬほど眉を顰め、彼女を知っている者たちが見れば全員が「なん… だと…」と言うほど口角を歪め、鼻息荒く、辺り一面に生き物を寄せ付けない殺気を放っていた。
騒いでいた子供達は全員動きを止め息を呑む。騒然としていた講堂は一瞬で静寂が支配し、凍りついた。誰か一人でも泣き出そうものなら連鎖反応的に号泣が広がりかねない。
大きく息を吐き出し、ゆらりと一歩踏み出した。肩に大きな物を担いでいる。
教壇近くまで歩いてくると、手間かけさせんじゃないわよ、と一言発し肩の荷をどさっと放り出した。包んでいた袋を開く。
それは縄で手足を縛られ、猿轡をされた黒髪の羽ありだった。伊達メガネはずれ落ち、着衣も乱れ息を切らし、髪は振り乱され目は虚ろ。まさにぼろぼろと言う状態だった。子供達は再び息を呑んだ。涙をこぼし始めるのを辛うじて堪えている。
床に転がされた彼女の拘束を解く。猿轡も外して頬を軽く叩く。黒髪の羽ありは意識を取り戻すと(?)肩からずれた上着を羽織りなおし、すすり泣き始めた。メガネはずれたままだ。
「うう、犯されちゃった… もうお嫁にいけない…」
悔しさに顔を歪め、伊達メガネを外して涙を拭う。
「子供の前でそういうこと言わんの! ほれ、続きしなさい」
顔を赤くした羽なしの娘がぷんすかと怒り、左拳を軽く握って頭上に上げた。黒髪の羽ありはまた叩かれては敵わない、と両腕を顔の前でクロスし防御。振り上げられた拳は打ち下ろされることはなく、安堵した羽ありは立ち上がって埃を払い、着衣を全て整えて壇上に上がった。
講堂全体を見渡すと、子供達は唖然呆然としたままだった。「大人になったら分かるわよ」とウィンクしてみせると、離れた席からチョークが飛んできて額に命中。
あいたっと軽く声を上げて命中したところを擦りながら飛んできた方を見ると、羽なしの名投手が右手にした手ごろな大きさの二、三本の白墨を弄んでいるのが目に入った。
ちっ、と舌打ちをして仕方ないと言わんばかりに咳払いを一つして、またその手に教鞭を取った。