第二羽 「幼い日の記憶」
「おい、置いていこうぜ。俺たちの方が速いもん」
「そーだな。じゃ、後になってもいいからちゃんと来いよ」
羽ありの男の子たちが羽なしの女の子を残して早々と飛び去った。
「…歩いてじゃ行けないくせに」
不満そうな顔で見送る。
背中の羽で空を舞う。ただそれだけで自分達が選ばれた民と感じる者は多い。それは子供において特に顕著だった。そして空を舞う羽をねたむ。それは子供において特に顕著だった。
だが、地で踊る足をうらやむ羽ありはいない。それがどういうことなのか、考えたこともないからだ。
―2―
「ウィン、お遣いに行ってきてもらえる?」
母から買い物かごとメモを預かり、少年は外に出た。以前は母と行っていたのだが、今は一人で行くようになった。
「あら、ウィンちゃん。今日はまだいい野菜たくさんあるわよ。買っていかない?」
「おぅ、片羽のボーズ。今日は謝天祭だろ。親父さんとじーさんにいい酒買っていってやれよ。安くしとくからよ」
店々で声をかけられる。少年も笑顔で答え、用事のある店で買い物をしていった。とても普通の、どこの町でも見かける光景だ。
彼の住む町には羽ありはあまり暮らしていない。農地が広がる地方のほとんどがそうだ。純粋に羽なしの方が向いている。自分たちの得手不得手は長い歴史の中で自然と理解され、そして忘れ去られた。
「謝天祭、か…」
買い物帰りの道、幼い日のことを思い出していた。
少年が生まれた時、彼は奇跡の子と呼ばれた。そして奇異の目で見られた。人々の視線を幼い少年は理解していなかった。そして自分の翼が左だけしかないということも意識していなかった。
母に手を引かれ町に出て、店の外で買い物から戻る母を待っていた時だった。その日も謝天祭の日だった。
「おいお前、羽ありなのか? 羽なしなのか? どっちだよ」
唐突に声をかけられた。彼よりもずっと年上で、強気で不遜な感じのする少年が立っていた。その少年の背中にはとても立派な羽があった。まるで一枚の絵画かのように神々しく、そして美しかった。さらにその上を見上げると、太陽を遮ってはいないが巨大な陸地が町の上に浮いている。
「羽あり? 羽なし?」
それまで外に出るときは必ず母と一緒で、そしてそれまで家族から聞かなかった言葉を聞いて少年は尋ねた。
「ばかだな、お前本当に。どっちかって言ったら羽なしだな」
そう言い捨てて羽を広げて飛び去った。彼が飛んでいった先には空に浮かぶ乗り物があった。車輪も、風車のような羽根車もついていない。それに乗り込むとどこかに行ってしまった。
「お母さん。羽あり、羽なしってなに?」
買い物を終えた母と家に帰る途中、どうしても気になっていたことを聞いた。
「背中に羽のある人が羽あり、羽のない人が羽なしよ」
「羽ありには羽があって、羽なしには羽がない。それだけ?」
「そうよ」
「それじゃあ僕は?」
「そうね… そういう分け方をしたら羽ありかしら」
「…でも、僕はばかだから羽なしだって…」
「……」
「羽ありと羽なしって、羽があるのとないのの違いじゃないの?」
「…そうね。そういう分け方ができないって教えてくれているのが、あなたじゃないかしら。ね、ウィン」
幼い少年は母のその言葉をよくわからない様子で、ただ悲しい、割り切れない顔をして聞いていた。
……
…
「…僕は、結局どっちなんだろう」
いまだ答えを得ていない少年が空を見上げて歩きながらつぶやく。視線の先にはとても大きな陸地があり、農地に巨大な影を落としていた。
この世界にある二種の陸地、すなわち海に囲まれたアースと、空に漂うハイランド。アースには羽ありと羽なしがともに暮らすが、ハイランドには羽ありしか居ないという。行く手段が羽なしにはないからだ。だが、アースの羽ありもハイランドに行くことはほとんどない。
「空に住むのは、そんなに威張れることなのかね」
太陽を遮り、巨大な日陰を作っている陸地を見上げ、麦わら帽子を被った羽なしの老農夫がぽつりとつぶやいた。ハイランドとアースの関係は決してよくない。