第十八羽 「少年の勇気 2」
遠く離れた農地の方で、二体の銀色に輝く魔物が争っていた。一つは大地に足をつけ、一つは羽毛の代わりに光の粒を散らす翼を背負い、互いに色の付いた光を放ち、その巨体をぶつけ合っていた。
「あっ! お空の方が投げ飛ばされちゃった! …また立った! がんばれ!!」
「翼の方は… 俺たちのために戦っているのか? …父なる天からの遣いか?」
「ばか、よせ。よく見ろ、両方とも鉄の魔物じゃないか。俺たちのためだろうと関係ない。かつて父なる天に滅ぼされた、魔物なんだよ」
「…そうね。どっちが勝ったって私達は母なる大地に見放されてしまうのよ。何度でも同じ罪を繰り返す人間が、何度も許してもらえるはずがないもの」
「だけど、翼のが負けたらどっちにしろ…」
「がんばれ! こわいのをやっつけろ!」
「…そうだな。人間じゃ、魔物に敵わない。許してもらえるかわからないけど、今は信じよう」
―18―
片羽の少年は、市街から少し離れた丘に建つ教会の敷地から北の農地で戦う巨人達の様子を見ていた。ここは何か災害が起きた時の避難所としても使われていたので、一緒に地禮祭の支度をしていた子供達をここに誘導してきた。だが逃げてきたのは当然子供達だけではない。人数が多すぎて屋内に入りきらず、大多数の者が建物の外で巨人の戦いを見守っていた。
何が起きているのか理解できず、不安で泣いている子も多い。やさしく声をかけてなだめていたが、慌てふためいて戻ってきた大人達の様子も相まって、波立つ不安は留まるところを知らず周囲の者達を飲み込んでいく。轟音が響き、空気の裂ける音が立て続く。突如として訪れた季節はずれの嵐に、人々は恐怖のあまり頭を抱えて縮こまるしかなかった。
わずかに静寂ができた。それとともに人々は顔を上げ、二体の魔物の戦場の方を見た。翼を背負った巨人が一気に攻勢に出る。もう一方を圧倒し、空から紫の雷を地に落とし続ける。もうもうと土煙が上がり、倒された巨人はその中で動く様子はなく勝利したように見えた。町の者達が力を合わせて町に伝わる数々の道具を手にして戦っても全く敵わなかった大地の魔物も、これまでかと思われた。少しずつ歓声があがり始め、勝負を決めに出た空の勇者を称えていた。しかし倒れた巨人を飲み込む土煙が突如現れた光の球に払われ、空に立つ巨人がその壁に跳ね除けられて再度地面に叩きつけられた時、周囲に広がる声は、急激に落胆へと変わっていった。
「…お空の、負けちゃうの?」
子供達からそんな声が上がる。大人達ははっきりと声に出さなかったが、三度空に上がった巨人が大地の巨人の放つ赤い光に追われている姿を見て、いよいよその覚悟を強く目に映すようになっていった。
「こっちにくるぞ!」
逃げるかのように、農地から市街の方に向かって翼の魔物が高速で飛翔してきた。混乱の極みに達した人々は少しでも遠くに離れようと、めいめい散り散りに逃げ出した。
早く逃げろと、遠のいていく大人達が声をかける。どこに逃げても同じだと知っていたからか、それとも足がすくんで動けなかっただけなのか、もしくは怯えて逃げられない子供達をなだめ、守らなくてはいけないと奮い立たせていたためか、片羽の少年は退かずその場に残っていた。町の上空を飛ぶ巨人から、女の声が大きく響く。
「ウィン! お願い、こっちに来て!」
誰よりも驚いたのは名指しされた少年だった。巨人が飛んでいるところから今いる教会は離れたところに在るが、その聞き覚えのある声は明らかに自分を呼んでいた。
「ウィン! 助けて欲しいの! あなたならできる!」
巨人は市街の建物を壊さないよう慎重に広場に着陸した。胸部の装甲が開き、中に乗っている人物が身を乗り出して呼びかける。
「…お願い。この町を守るのは、わたし一人じゃできない。だからお願い!」
無言で自分の周りにいる子供達の目を見る。皆が同じ目をして、うなずいていた。自分の胸に手を当て、息を落ち着けると、一度大きく左だけの純白の翼を開き、広場に向かって駆け出していった。