第十七羽 「折れかけの希望」
天空に向かって赤い光が走る。その手から赤い光を幾筋も放つのは、大地に立つ巨大な銀色の人形だった。その巨人が見上げる先にはもう一体の翼を背負った銀色の巨人がいた。風を操りかなりの速度で地面からの光を避けて飛び回る。空の巨人も機を見て地の巨人に向かって紫の光を落とした。移動しながらであるためか、その場を動かない地の巨人に命中することなく、その傍らの地面を穿っただけだった。顔を出し始めた牧草の若芽がこげている。
何度か同じような攻防があった後、空を舞っていた物が地に立つ物に突如急接近し組み付いた。その勢いのまま押し倒そうとしたのだが地の巨人は受け止めたまま体をねじり、力尽く相手を後方に投げつけた。大きな音を立てて大地に落とされた空の巨人はなかなか立ち上がらなかった。
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「ちくしょー… ひとりで両方やるのはきっついのよ… わかってたけどさっ!」
翼を持つ巨人の中で黒髪の羽ありの女性がぼやく。空席のもう一つの操縦席をちらりと見、再び正面のモニターに向き直った。仰向けに倒れているらしく、画面の大半には空が、そして天と地が上下逆に映っていた。さかさまになった翼のない巨人が一歩ずつ近づいてくる。
「無断で無理やり乗ってきたから仕方ない! さあ立って! もう一回行くわよ」
女の声に応えるように巨人は身を起こし、再度風を操って空に立った。それとほぼ同時に通信が入る。先程言い合った男の声だった。
「なあ、エミュール。お前、そん中一人だろ? 女のクセにすげえな。だけどよ、だいたいわかってんじゃねえか?」
見透かしているような相手の口調に舌を鳴らし、顔を歪める。
「うるっさいわね。正規パイロットか知らないけど、実戦経験も無いくせに行動基本原理を一から組み上げたわたし以上にゴーレムの動かし方を知ってるっていうの? 笑わせないでよね!」
「威勢のいいお嬢さんはキライじゃないぜ、あんた美人だしな。だけどな、設計者の一人ってことはなおのこと知ってるんだろ。一人でどうやってやるんだよ。機体の中でぼろぼろにされる前に投降しな。議長にも報告してある。お咎めなしにしてくれるって言ってる今がチャンスだと思うぜ?」
「ありがと。…でも貴重な実戦経験になるから投降して欲しくないんでしょ、どうせ。言われたってしないわよ!」
急降下して両足で蹴りを入れる。さすがにその威力は抑え込みきれず、翼の無い巨人も大きく飛ばされた。蹴った時の反動を利用して上空に飛び上がった巨人は宙でターンし、大地に横たわった物の上を旋回しながら先と同じ紫の光を下に向かって何度も放った。
「まったく、なんて動きだよ。おい、出力上げてくれ、できる限りな」
「させるわけないでしょ! そのまま一気に行動不能よ、残念!」
相互通信のまま戦闘が続く。降り注いだ紫の雷の影響で大地は土煙に覆われ、蹴倒された巨人の姿は見えなくなっていた。しかし空の巨人は迷うことなく地面に向かって速度を上げる。乗っている彼女が見ている画面には、土煙の奥で地に横たわった姿の輪郭が映し出されていた。
「熱源はごまかせない!」
姿勢を変え、踏みつけんとしたその瞬間、一気に土煙が晴れて半球状の光の壁が現れ、空の巨人はそれに跳ね除けられてしまった。横たわった物は悠々とその銀色の巨体を起こし、再び地に落ちた巨人に近づいていった。まだ相互通信は続いており、翼付きに乗った者のうめく声も相手に伝わっていた。
「ほらな。防御もままならねぇ。それじゃあ回収用カーゴ呼ぶからそのまま寝てな」
自身を包んでいた光の防壁を消し、倒れていた空の巨人の足をつかみ上げようと腕を伸ばす。だが倒れた者は諦めず、風を起こして自分自身を吹き飛ばした。
「あー、そうかよ。んじゃあブチ壊して起動不能にしてやる。もう知らねえからな」
往生際の悪い姿に辟易したのだろう。舌打ちをして通信回線を閉じた。それを聞いた息を切らせた黒髪の羽ありが小さく吐き捨てた。
「みんなを敵に回したのに、いまさら乗ってくれるわけないじゃない… …そうだ! でも…」
空に戻って相手との距離を取っていたが、再び地面に立つ巨人の攻撃が始まった。懸命に避けていたが赤い光が一筋その左足に命中し、足は炎に包まれた。冷気を集中させて鎮火させる。行き着いた発想に迷っている暇を与えてくれる様子はない。
「…ごめん」
搭乗者の顔は晴れないまま、翼を持つ巨人は相手に背を向けて市街の方に飛んでいった。