第十五羽 「伝承の魔物」
「よーし、そのまま引き上げろー」
「下のチーム、持ち上がった柱を支えろー。しっかり支えないと落ちるぞ」
支柱の先に結わえられた数本の綱を数人の羽ありが掴み、羽ばたきあがる。横たわる柱が少し大地から離れたところへ、金属製の棒が差し込まれた。その棒の中央には柱が収まるくらいの樋のような器が設けられていて、そこに柱を乗せると両脇に立つ何人かの羽なしが掛け声をかけて柱を押し上げていった。
「あ… 何だろ、あれ」
綱を引く羽ありの少年の一人が気づいた。太陽とは違う方角で何かがきらきらとわずかに光る。よく目を凝らしてみると、少し大きめの物体が岩山の方へと向かって飛んでいくところだった。
「おーい、アハト。綱緩んでるぞ」
「あ、ごめんなさーい!」
空を行くそれが何かとても気になったのだが、祭りの準備の方がその時は大切だった。
―15―
地禮祭を三日後に控え、準備も最高潮だった。町中を飾り付けるのは子供達の役目で、今日は矢倉の組み立て作業がなかった片羽の少年は何人かの同年代の仲間と共にその指揮を執っていた。
「はあーい」
聞き覚えのある声がした。振り返ると見覚えのある黒い髪をした羽ありの女性が今まさに空から降りてきて、地に足をつけたところだった。
「片っぽしか羽の無い子を見かけたからね。今日は野暮用でこの町に来たんだけど…」
わらわらと子供達が集まってくる。
「わー、知らない羽ありのおばちゃんだ」
「ウィンのともだちー?」
「変な服ー。どうして体にぴったりくっついてるの?」
群がる子供に振り回されても追い払うことのない女性を見て、ウィンは申し訳無さそうに笑顔を見せた。
「そうそう、あの唄の続きわかった?」
ウィンが首を横に振るのとほぼ同時に膝元で羽ありの女の子がエマの手を引き、尋ねる。
「おうた? なんのおうた?」
「えっとね、この町に昔から伝わってる唄らしいんだけど。かつて人の背には~って」
「ぼく知ってるよー」
「あたしもー。前先生にならったよねー」
「あー、もう。みんな歌いだした。何が何だかわかんないわ、こりゃ」
頭に手をやり、困った表情のまま唄を聞いていたが、無理に子供達を止めることはしなかった。無邪気な声が周囲に満ちる。そしてしばらくして同じところで止まる。
「…はいはい、みんな上手上手。それじゃ戻って戻って。お姉さん困ってるでしょ」
片羽の少年が手を打ち鳴らし、歌い終わった子供達に解散するように指示する。蜘蛛の子を散らすように通り中に広がっていき、作業を再開した。羽なしの子は街路の柵を飾り、羽ありの子は道沿いの建物に幟を立てる。そのほほえましい作業を見ていた浮き島の女性が隣に立つ少年に聞こえるように呟いた。
「…やっぱりあそこまでなのね。なんかすごく意味深で気になるけど…」
「祖父も、祖母も知らないと言っていました。別の町に伝わっているのか、それとも…」
仕方ない、と呟くと持っていた荷物から何かを取り出した。小型の機械のようだ。左手に持ち、右手でボタンをいくつか押して数秒後、ウィンに手渡した。
「この中央のパネルに手のひらを当ててね」
他に特に説明もなく、ただその指示に従って少年は機械に触れた。少しすると機械から音がし、エマが手を伸ばしてきたのでそのまま機械を渡す。
「え?」
もう一度手にしている機械を操作し、手渡した。そして同じことを繰り返す。
「……ん… じゃあ…」
今度は自分で試してみる。
「…違う。故障じゃないの? それじゃこれ…」
少しの間考え込み、一つの確証とともに少年の手をとり嬉々として声を上げる。
「ウィン、あなたすごいわ! どちらかと言えば羽ありに近いって言ったけど、近いとかそんなレベルじゃない! いやー、すごい人材かも! 精神感応率341%って、一般の羽ありのおよそ七倍よ! 羽なしは20%、高くて30%くらいだから規格外も規格外だわ! っていうかパーセントなのに100越え? どうやったらこんな算出になるのかしら…」
喜ぶところなのかわからない少年は手を握られたまま、最初に聞きそびれていたことを尋ねた。
「え、ああ、そうそう。…今日ね、わたし達の代表が町長さん達と会議に来たんだけど…。わたしはその付き添い。乗ってきたビークルで待ってろって言われたんだけどね。抜け出てきちゃった。今頃話し合いの席についてる頃だと思うんだけど…」
……
…
その頃、祭事の中心会場には町の大人たちが集まっていた。晴天の下で民がざわめく中に四人の羽ありを従えた一人の年老いた羽ありがやってきた。それはハイランドが落ちてから何度かやってきた老人の一人だった。会場の空気が張り詰める。
「みなさま、改めまして。私、ハイランド『ロディニア』議長、エミリオ・ビネと申します。この度は大変ご迷惑をおかけいたしました。過去幾度か話し合わせていただき、そして十分お時間をとってもらいました。今日はそのお答えをいただきに参りましたのですが…。いかがですかな?」
最前列の中央の、杖を持つ羽の無い老人の両脇に立つ羽ありの男性と羽なしの女性が一歩前に出て、それぞれが返答する。
「技術提供、農作業の協力を条件に、それに見合った食料の提供をいたします。が、こちらも余裕が十分にあるわけではなく、無期限とは行きません。三ヶ月、これが限度です」
「さらに浮き島の墜落が与えたこの町の収穫への影響は甚大です。軽く見積もっても三割の収穫減。その中で町の収益を保ち、あなた方への分を確保することは困難。そのような中で土地の譲渡は出来かねます。居住区はあの、元浮き島、限定としていただく。こちらの条件は変わりません」
毅然とした態度であったが、よく見ると二人とも腕と脚が少し震えている。この町はこのような一国とも言える相手に政治的な対応をしたことがない。だが弱腰で足元を見られるような対応を取り、今後も搾取されるような事態を招くわけにはいかなかった。
「…ならば、仕方ありませんね」
年老いた羽ありの声を合図に、大きな箱状のコンテナをつけた銀色の乗り物が飛来し、空中でハッチを開けた。大きな何かがそこから放り出され、地鳴りと共に大地に降り立つ。
「本意ではありませんが、我々にも余裕がありません。ご理解下さい」
丁寧な物腰の羽ありの老人とはまた別に、地に落とされた物体から声が響いた。
「陸戦用制圧兵器、最新鋭ミスリルゴーレム、『ヴァルナ=ビート』だ! ちっぽけなんだよ、お前らアースなんてな!」
「魔物だ… 鉄の魔物だ…」
伝承でしかなかったはずの存在を目にしたアースの民は皆が戸惑い、目の前に現れた悪夢に声を飲み込まれていた。立ちすくむことしか出来なかった人々の前に立つ銀で出来た巨大な人形が一歩を踏み出し、群集に迫る。進路上にあった完成目前の矢倉をいとも容易くなぎ倒すと材木が周辺に散らばり、飛散した物の一部が町の民の何人かに当たった。その痛みが現実に引き戻す。人々は拭った血を見、悲鳴をあげて逃げ出した。
その喧騒は矢倉から遠く離れた町角にまで届いた。地響きが伝わり、通りいっぱいに展開していた子供達の不安そうな声があちこちでする。空から羽ありの子の何人かが指さしていた。
「あっちに銀色のへんなのがいる!」
「みんなこっちに逃げてくるよ!」
まとめ役の少年達が子供達に道具を片付けて集まるように指示する中、何が起きたのか察した浮き島の女性が、子供達が指差していた方角へ飛んでいった。走って逃げる町の民は、自分たちの流れに逆らい空を飛んでいく一つの影があることに気がつかなかった。
息を切らした黒髪の羽ありが四人の羽ありに守られた年老いた羽ありのもとに駆け寄る。
「おじい様、何てことを! 抵抗手段も無いアースの一般人にゴーレムを持ち出すなんて!」
「仕方あるまい。我々とてあのキャンプで三万の民を過ごさせるわけにはいかないのだ。食料の有余も無い。我々の受け入れを断るというのなら押して通るしかない。わかってくれないか」
「わかるわけ… …わかったわよ、もう!」
このままでは対話にならないまま時間だけが過ぎていくと悟った女は背を向けて飛び去った。引き止める声が下から聞こえた。
「わかってるでしょ、止めに行くのよ!」
ひときわ大きな声で返答し、全速力で飛翔した。