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  作者: れいちぇる
第二章 「空と大地の邂逅」
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第十一羽 「いにしえの世界」



 瑠璃色の世界に高く澄んだ金の音が穏やかに響く。どこから来るのだろうと少年が耳を澄まして見渡していると、青い水晶に一筋のひびが入った。ひび入るのと同じくして澄んだ音が広がる。

「もたないのね、やっぱり…」

 床一面に広がる瑠璃は時が経るに従い薄くなり、その上に大きな塊から生まれる青い粉雪が降り積もる。幻想的なまでに美しく、はかない景色がそこにあった。



―11―


 それは遥か昔。すべての大地がまだ海に囲まれていた頃。人々は皆、自らの足で歩いていた。都市は遥かに巨大で、数えることが愚かしいほどの人がそこに居た。空は狭く、夜も眩く、昼夜を問わず人が地を埋めていた。

 固い石で覆われた地面がどこまでも続き、牽く馬や牛のない四つの輪をつけた乗り物がたくさん走っていた。それはどんな獣よりも速かった。

 その頃の空にもちいさな鳥が羽ばたいていた。そして巨大な、それはそれは巨大な羽ばたくこと無く空を飛ぶ翼を持つ鉄の塊が影を落とした。

 海には船が浮いていた。空を行く鳥が見れば船ではあったがあまりにも大きく、そのふもとから見上げれば建物が海から生えているようにしか見えなかった。


 栄華を極めた人々も自らの繁栄が永遠ではなく、それどころか支払っている代償が大きいことに言わずとも気付いていた。少しずつ汚されていく地と水と空。季節が巡ったわけでもないのに森の緑が茶に変わり、いつしか川の底は見えなくなり、天気がいいにも関わらず空にはもやがかかっていた。

 世界中で農作物が十分に収穫されなくなり、無害だった昆虫が増えすぎ、あるいは毒をもち、住処を追われた野生動物が人を襲い、嵐や大水、地震や干ばつの規模は増す一方。数多くの民が犠牲になったが明らかに有効と言える手立ては無く、緩やかに衰えの足音が聞こえていた。


 当時の栄華は、大地の上に自らが作った小さな星をいくつも上げた。そしてその時の人は星を上げた天空の遥か先にある月にも行けたと言う。小さくとも星を作ることが出来るのならば、一番近くの星に行けるのならば、今ある大地を離れ、その星で暮らせばよいと考えた。だが、それは叶わなかった。人は大地から離れられなかった。例え人を許さぬと言う者の上だとしても、そこでなければ生きられなかった。


 恐れた人はわずかでも自分たちを守るためにいがみ合い、すこしでも以前のような安穏を求めて互いに争った。




……


「……そんな感じだったはず。歴史は専攻してないから細かくはわからないんだけどね」

 話をしながらエリクサーと呼んだ青く透明な結晶を、手袋をして容器に入れていく。

「僕たちが教わる唄にすごく似てます」

 少年は小さな欠片を素手で拾い上げた。空気に溶けるように小さくなって、最後は光の粒となって少年の指の間から流れていった。

「あー、直接触れないでね。害は無いけど人が触れると分解が急速に進むから」

 ごめんなさい、と謝る少年に向けて笑顔を見せる。

「もともと薬として使われてたのよ。でもとても不安定で、ここで安定化して保存することを研究してきたの。大分手技としては進んだけれど、それでもこれが限界ね」

 一つ目の容器が一杯になったので、次の容器を開けた。

「…ふーん、アースには唄で伝わってるのね。じゃあハイランドが出来たことも歌詞にあるのかしら。もしそうならアースとわたし達との間の見解の相違とかが見えてきて面白いかもしれないわね。よかったら聞かせてくれない?」


 少年は目を伏せ、二度深く息をすると口を開いた。



 かつて人の背には羽は無く、かつての空に日を遮るおかは無し。

 今は昔のことなれど、あまねく人は大地に在り。



 それは歌というよりも詩に近かった。伸びやかで、嫌味のない高音が部屋に響く。周りからはそれに合わせるかのように澄んだ金の音が立ち、心地よい残響が少年を包んだ。



 銀をつくりし人のわざ、一つの大地を二つに分けて

 一つに多くの人を乗せ、父なる空へとその身を上げる。

 鉄の獣は空に上がれず、鉄の鳥は地に降りられず、いずれも命を落としけり。




 少年が穏やかに息を整え目を開くと、静寂がその空間を支配していた。水晶に亀裂の入る音が時折立つ。

「僕はここまでしか…。全部を知っている人が居るかもしれませんけど、町では聞いたことがありません」

 静かに頷きながらも女は容器に詰めていく。すでに五つ目に封がされていた。

「魔物を使うようになった人が母なる大地を怒らせたので、人は罰を受けました。それを哀れんだ父なる天が魔物を滅ぼして、過ちに気付き誠意をみせるようになった人を許して、恵みをお与えになってくれるようになったと。あの… こんな話で面白かったですか?」

 もちろん、と返事をして対の羽を持つ者が立ち上がった。

「すごく興味深かったわ。続きを是非とも聞きたいものね。さて、と。手持ちの容器はもういっぱいだから、続きは他の人たちを連れてきてやることにするわ。宝の山を後にするのは後ろ髪引かれる思いだけど、運が良ければまだしばらく残っていてくれるはずだから。それに…」

 丁度その時、部屋全体がかすかに揺れた。またどこかが崩落したのだろう。

「命あっての物種だしね」

 



 瑠璃の世界を後ろに残し、上に向かって歩を進める。女が壁に手を当てると赤い光の筋が走り、ゆっくりと閉まっていく。女は再び少年の手をとり、先を歩いた。少しずつ少しずつ、暗がりを照らす青い光が弱まっていく。


 周囲のほとんどに闇が広まった刹那の後、世界を閉ざした音がした。






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