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  作者: れいちぇる
第二章 「空と大地の邂逅」
10/82

第十羽 「空の民の希望」


 かつて人の背には羽は無く、かつての空に日を遮るおかは無し。

 今は昔のことなれど、あまねく人は大地に在り。




 高き塔が地を埋め尽くし、迷える者々を彼の地に縛り

 塔より瞬く光の前に、夜空の星々はその身を恥じて闇へと消ゆる。

 決して絶えぬ塔の光。されど沈まぬなど無し。




 

 かつて人の背には羽は無く、かつての空に日を遮る陸は無し。

 空を行くのは鉄の鳥、海を渡るは鉄の鯨。

 鉄の馬に跨りて、人は大地を駆け抜けり。



 

 鉄の獣は水の代わりに油を飲みて、飼葉の代わりにいかずちを食らい、

 息とともに煙を吐きて、母なる大地を汚しけり。

 されど人は獣を好みて大地は怒り、母なる恵みを絶やしけり。

 数多なる塔は崩れ、絶えぬが如ききらめきも失せ、

 数多なる民の嘆きの声が空を満し、

 見兼ねし天は、争うことなく父の元へ参れと人を呼び給へり。




 銀をつくりし人のわざ、一つの大地を二つに分けて

 一つに多くの人を乗せ、父なる空へとその身を上げる。

 鉄の獣は空に上がれず、鉄の鳥は地に降りられず、いずれも命を落としけり。












―10―



「光子炉」

 対の羽を持つ背を向けたまま、女性は語り始めた。

「それが今のこの世界の始まりだったと言われているわ。羽のある人と海と空に陸のある世界を作った、人の力」

 壁が開いた先にある明かりの見えない暗い通路は、少年に一抹の不安を与えるのに十分だった。黒髪の女性は振り返った時に見たわずかに顔を曇らせた少年の頬に手を添えた。少し驚いた少年の背筋が伸びる。

「…大丈夫。何もこの先にあるのはパンドラの開けた箱、ってことじゃないわ。それに光子炉が悪者ってことでもないの。それが無ければ、人は遥か昔に滅び去っていた。ここはわたしのいた研究所。ミスリルを精製するための触媒が残ってるはずなの。賢者の石、エリクサーがね」

 微笑んだ羽ありの女性はきびすを返すとそのまま壁の隙間に入っていった。慌てるように少年は彼女の後を追う。

「いきなりだけど」

 振り返ることなく問いかける。少年は暗がりの中彼女を見失わないようについて行くのに必死だったので返事をし忘れていた。

「当たり前のようにミスリル、ミスリルって言ってきたけど、何か知ってるよね? 人の意思に反応する金属。正式名は伝説にちなんでミスリル銀。それを加工して作られた道具は普段は冴えない光を失ったような色をしてるのに、作られた目的に使用する時生きた人間が手にすれば輝きを取り戻して機能する。農耕地帯のあなたの町にも少なからずそんな道具があるんじゃないかしら」

 ミスリルという単語は今日はじめて聞いたが、思い返せば町に在る農具にはそのようなものがいくつもある。温泉作りのときに子供達が持たされるようなスコップは違うが、馬や牛に牽かせる鋤や、大人用の草刈鎌などは倉庫に在る時と使われている時では輝き方が違うことに気付いていた。特に地禮祭の時に掲げるのぼりを織る機織はたおりは遥か昔から町にあると伝えられ、依然として現役で使用されている。使うことが出来るのは決まって大人の羽ありであり、機織が使い手を選ぶとまで言われ、子供達には使うことはもちろん、触れることも禁じられていた。

「しかも太陽光を動力源にすることもできて、単純作業に限るけど人の意思を込めればその通りに働くオートマターも出来ちゃう超便利な金属なの!」

 はじめは気づかなかったが壁の足元のあたりにわずかに光を放つランプがついている。その光がほのかに照らした、拳を肩の高さに揚げて大人気なく興奮した様子の彼女の後姿に、少年は失礼でない程度に愛想笑いをした。

「…ハイランドでは当たり前のように精製して、当たり前のように使われてきた金属だけど、アースでは貴重な金属なのよ。精製の際必要な触媒のエリクサーを練成する技術がないはずだから」

 目が慣れてきたがほぼ闇の中で通路の壁に手を添えながら、羽ありの女性に手を引かれて歩き続けた。幾度か通路の角を曲がった。少しずつだが下へ下へと下っている。その中でわずかに光が見えてきた。

「光子炉はハイランドを空に浮かべていた動力炉。エリクサーはその光子炉から生み出され、それが与えてくれたミスリルはわたし達ハイランドの民の生活を支えてきた。突然これら無くして生きていくなんて、怖くて出来ないの。だから探しに来た」

 二人は闇の中で光を生み出している崩れ去った岩山の底に辿り着いた。扉の隙間から漏れる光を頼りに、女の羽ありは扉の傍の壁に手を添えた。赤い光の筋が壁を伝わり扉全体へと広がる。音を立てて扉が開くと共に、それまで少年を取り囲んでいた闇が取り払われた。


 それはまるで古の語り伝えにある、開かずのはこに入っていた一筋の明かり。


「…いらっしゃい。ここがこのハイランドのすべてよ」


 瑠璃に眩い結晶が一面に広がる。それは姿を映した者のすべてを見透かす水晶のように澄みわたり、少年の喉から出る音の一切は、それに吸い込まれてしまったかのように出てこなかった。






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