第4話 帰還
悔しくも、記憶に関しては何もかもが朧気だ。人間関係というものは脆くて、自分に不幸を振り掛ける者たちと関われば、それだけ精神も穢され、破壊される。その結果、ノウンは家族の記憶を大半失った。
今では思い出せる記憶は少量でも、それらはノウンにとっては宝物。クエイクという光と出会い、もう失いはしないと固く決心していた。そんな悲惨な記憶の1つを言えたことが、正直嬉しかった。聞いてくれる人が居て、良かった。
「本当に愚問だったよ。君の目指すものは予想を遥かに超えていて、自分を貫く、意味のある内容だった。確かに思えば、生半可な気持ちでこのダンジョンに潜りはしない。君はやはり強いよ、ノウン君」
言われてノウンは、心に沁みる感覚を覚えた。誰からも掛けられなかった、いや、1人を除いて掛けられることのなかった優しさの声。
数多の冒険者と出会い、スフィア以外の冒険者からは罵倒され囮にされ、裏切られた。そんなノウンの傷ついて放置された心に、クエイクの本心からの一言は刺さる。
「強くなければ、俺のような稀有は気圧されてしまうので」
「そうかもしれないね」
何度も何度も無理を押し通された。その度に、『剣を抜いて戦えば、その無慈悲で理不尽な行為を未然に防げるのに』と思ったのが懐かしい。
それから2人は歩き続けた。そう遠く離れていない、ダンジョンの出口へ。次第に陽光が見える。天中からの暖かな気温のお届けだ。10時から潜って今は12時過ぎ。お腹も減るが、今はオルゼの拠点へと足を運ぶ。
「いやー、暖かいね」
「クエイクさんは、いつから潜ってたんですか?」
「僕は4時間前だよ。とある依頼を終わらせに行ってたんだ」
ダンジョンに向かう冒険者たちの中には、様々なオルゼが存在する。例えばクエイクオルゼは、ダンジョンに潜れない冒険者、若しくは一般市民からの依頼を聞いて、ダンジョンに潜ってその依頼を解決する。
行方不明者の捜索、ダンジョン採掘、モンスター討伐、治安維持など、多種多様な依頼を難なくこなすのだ。
他にも、依頼なしに、単にダンジョンに潜ってモンスターを討伐し、リールを拾って換金するオルゼも存在する。八割がそのオルゼだ。皆、モンスターを殺してリールを稼ぐことしか頭にないのではなく、そうしないと普通は死んでしまうほど、他のことに意識が割けないのだ。
それほどに危険なのが、この秘境ダンジョン――デルトーナである。
「どんな依頼か聞いても良いですか?」
「二階層に、婚約指輪を忘れた人が居てね、その指輪を探して来たんだ」
言いながら左手の人差し指、第一関節に指輪を嵌めて、指先を回していた。
「そんなことも請け負うんですね」
「僕は暇だからね。他の4人とは違って、リーダーとして依頼を受けるために拠点に居ないといけないし。まぁ、今回は苦戦したから、この4時間で依頼に来られたら困るけど」
後頭部を掻きながらも、悪いと思った様子はない。
「でも、人気のオルゼで有名ですよね?だとしたら、4人では足りないんじゃないですか?」
「いいや、ノウン君の、力があって人から忌避されるのと似てて、どれだけ善人と知れ渡っても、それを良しとしない人たちも多いんだよ」
そんなオルゼや冒険者が居るのだと、クエイクオルゼという現在最強とも呼ばれる人たちでさえも、完璧に組織運営は出来てないことに、難しさをヒシヒシと感じた。
「それでも、依頼の数は多分他より多いんだろうけど」
それはそうだろう。弱小や、他の似た小規模オルゼとは、有名度が全く違う。こうしてノウンも知り、街を歩けば絶対に張り紙やコソッと聞こえはするのだから。
「さぁ、拠点に帰ろうか」
完全に外に出ると、そこには無数の人集りが。大半がダンジョンからの帰還であり、早速換金へと走る人たちも見える。全員が漏れなく背中や腰に銃を備えていて、剣なんて皆無だった。
クエイクはローブを深くかぶる。こんな人たちの前で姿を見られては、帰宅も叶わなくなるからだ。どれだけ好まない者が居ようと、好む者の数を上回ることの無いオルゼ。故にそれだけ人から、求められることは多いということだ。
それから雑踏の中を、慣れたように誰とも当たらず進む。ローブに関しては、オルゼとオルゼ間の情報を知ることはご法度とされるため、それを防ぐためにも、基本装備として着用する人は多い。
数多くの人たちで大盛況の今、酒場や換金所へ向かうこともなく、クエイクの統括する拠点へと進んだ。今ポケットには、ダンジョンで獲得した調度品があるだろうが、それらは後に換金となるだろう。どれだけか、現貧乏人のノウンは少しばかり気になっていた。
それから暫時、大通りを完全に抜ける前、人通りは減ったがそれだけ。そんな都会の都会、中心地に近い街の端に、クエイクオルゼは聳え立つ。
――「到着だよ」
「ここが……クエイクオルゼ」
真っ白な壁面に、二階建て。窓から若干覗くと、そこには豪奢なシャンデリアと円卓がある。人を迎え入れるために、必要最低限どころか、完璧とまで言える内装をしていた。
「一応部屋は自由だし、好きなように使っていいよ。これからは何もかも困るだろうから、色々と後で説明も付け加えるよ。ってことで、取り敢えず入ろうか」
未だに目を輝かせるノウンの背を押して、クエイクはゆっくりと拠点へ入った。