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第2話 勧誘




 「あれ?意識とんだのかな?」


 「あっ、いえ……」


 「おー、良かった良かった」


 安堵の表情を見せながら、ゆっくりと歩いて来る。ハイボーアは死に、お金――リールに換金可能な魔石だけ残して、ダンジョンに吸われて行く。このダンジョンの摂理だ。


 その魔石を手に持つと、クエイクは唖然とするノウンの前に来る。


 「それで、もう1回聞くけど……って君、僕も見たことあるよ。聞いたこともあるし、あの無能と呼ばれる剣使いのノウン・クレッセント君だね?」


 顔を覗き、やっと見えたのか目を細めると体を満遍なく確認しようと凝視する。それにむず痒くなりながらも、無能と言われた言葉に胸を刺され、動けずに居た。


 「は、はい」


 「やっぱりか。ということは、また見捨てられたのかい?」


 「まぁ……」


 「あははは。相変わらず、聞いた通りの不憫さと悲惨さだね。僕なら耐えられないよ。君は強いね」


 冷笑か否か、それは心の読めないノウンには、到底理解しかねる。だがクエイクの瞳は、人を蔑む人の瞳ではないと、長年の経験で分かった。


 「確か、スキルが1つもない、故に銃が使えず無能と呼ばれる所以となった、だっけ?」


 ドキッとしてしまうのは不可抗力だった。全くその通りで、ノウンは、生まれながらに誰もが持つ、銃を使うためのスキルが一切なかったのだ。


 測定ミスではなく、3度繰り返してもそれは変わらなかった。本当ならば、最低1つは何かしらのスキルを得て、それを使用してダンジョンに潜り、活動をするのだが、ノウンは選ばれなかった。


 「反応的に図星、か。なるほどね、ゼロスキルだから剣に頼るしかないのか」


 「…………」


 「だから、死のうとした。短絡的に言うとそんな感じかな?」


 「……はい」


 短絡的だろうがなんだろうが、自分がゼロスキルということで死を選ぼうとしたのは紛れもない事実。否定はする気もない。


 「別に、君を見捨てる人は全員ではなかったんじゃないのかい?さっき、涙ぐんで走る女の子を見て、そう思ったんだけど」


 スフィアを見たらしい。宝石関係に詳しく、このダンジョンの鉱石類にも精通しているという、特出したところのある天才。それくらいしか覚えてないほど、情報の開示はされなかったが、助けようとした優しさに恩返しは必要だろう。


 まぁ、今はそんなこと考える場合じゃないが。


 「君は、ホントに死にたいのかい?だとしたら僕が止めるのは野暮で最低行為だ。自分の決めた道に、他人の介入ほど邪魔なものはないからね。だから僕は去る。だけどもし君が、まだ死を恐れ、情けなくもその愚行に憐憫を掛け、死の覚悟を取り消すというのなら、1つ提案をしよう」


 ニヤつきは、含みがあって当然だった。何かしらの裏があり、その裏に、私的な感情が散りばめられてることも感じた。しかし、ノウンはそこに希望を抱いた。本懐だと思えるほどの、確実で愉悦さえも得られそうな希望を。


 死を選ぼうとしたのはバカだった。そう思うほど、魅力的な提案をされることを、ヒシヒシと感じたのだ。だったら答えは1つだけだ。簡単で微かな覚悟なんて、クエイクの提案という垂涎することに頷くだけ。


 「……俺の覚悟は、決められてません。なので、その提案を聞かせてください。お願いします」


 深々と頭を下げたのは人生で2度目だ。しかも、どちらも人生の分岐点となるかもしれないタイミング。ノウンの運命は、その時大きく変化するのだろう。


 「そうか。良く決断したね。それが賢い選択というものだよ」


 言いながら手を差し伸べる。これが本当の僥倖なのだろうと、嬉々としてその手を見た。


 「もし君がこの手を握るなら、君はこれから僕たちの仲間だ」


 「……仲間?」


 「そう。僕は君に興味がある。だからこれは、契約だ。君の未来を僕に預ける代わりに、僕は君の未来を充実させる。――僕のオルゼに来るんだ。ノウン・クレッセント君」


 「――なっ!」


 恐らく人生で最大級の驚きだった。数多くの冒険者が存在する中、二強と謳われ、最強を冠するオルゼのリーダーからの直々の勧誘。金輪際ないと断言出来るほど稀有なことだ。


 当然狼狽は激しい。これまで、低級のオルゼで過ごし、毎日が苦痛で仕方なかった。それが覆されるのだから。


 最上級オルゼでは、囮にする必要はないほど実力は高い。雑用だって少ないし、クエイクオルゼの特徴を加味すると、尚更「はい」以外の言葉は見つからない。


 「どうかな?選択の権利は君にある。決めてくれ」


 「……えっ……そんなの……いいんですか?俺なんかで」


 「僕はバカじゃない。銃を使わない君が、裏切られても毎回生き残ることは証明されているだろう?ならばそれだけの才能があるということだ。それをゴミにして、囮だの執事だの、雑用に回すのは下策以外の何になるというんだい?」


 時には第二階層まで連れて行かれ、1人置かれたこともある。しかしそれを、自慢の感覚で乗り切ったのは、クエイクの言うように事実だ。例え実力がなくとも、毎年1000を超える死者が生まれるこのダンジョンで生き残れてるのは、運が味方しているという証拠でもある。


 どの道、ノウンの待遇は決まっていたのだ。


 クエイクオルゼに俺が……。良いのか?いや、良いって言ってくれてるんだ。俺はここで1から始めても良いのかもしれないな。


 「……では、クエイクさん。俺を貴方のオルゼに入れてください」


 数多のオルゼの悪辣が影響し、乏しくなった感情の中で、ノウンはありったけの気持ちで願った。

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