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第1話 無能と最強

よろしくお願いします




 「ノウン!ここでお前は耐えてくれ!俺たちは少ししたら戻ってくる!」


 強く放った仲間の声に、ノウンは呆れ果てた声音で伝える。


 「分かった」


 そこにあるのは悄然だけ。極楽に体を任せ、京楽に耽るような脱力感の籠った声に、仲間たちは次々とダンジョンの中を駆け出す。


 彼らが駆ける理由。それは、ダンジョン内でモンスターから逃れるため一択だった。目下に迫った、角を生やした猪――ハイボーアと呼ばれる、上層ダンジョンで出会う、比較的弱いモンスターから、必死に脱兎のごとく逃げる。


 それを横目に、ノウンはため息を1つ。


 「またか……」


 腰に下げた剣を握りつつも、迫り来る、突進しか脳のないハイボーアを止めようとする。逃げる彼らの背には、拳銃(ハンドガン)小銃(ライフル)狙撃銃(スナイパーライフル)散弾銃(ショットガン)など、総じて銃と呼ばれる万能な武器が掛けられていた。


 しかしそれらを手に取り、ハイボーアの前に立つことはなく、ノウンを1人置いて彼らは駆けていた。


 「ちょっと……ダメだよ!――ノウン、私も残るから!」


 その中に1人、善人が居ることは僥倖だったか。いや、そんなことはない。優しく手助けしようと口にした彼女は、震えてはいないが、銃が壊れていた。故に、突進だけとはいえ、回避を続けて逃げれるほど甘くないダンジョンでは、無能だった。


 「スフィア……でも、君の銃は使い物にならないだろ?ここはあいつらに従って、逃げるのが得策だ。俺の事を気にしてくれたことは覚えてるし、スフィアを悪く思うことはないから」


 「でも……」


 「俺はハイボーアに負けることはない。つまり俺を見捨てても死なない。だからいつか地上で会えたら、その時に楽しく喋るためにも、今は逃げてくれ。君の実力だと、ここで限界だ」


 優しく諭してあげるのは、慣れたノウンの常套句だ。何度も経験したからこそ、スっと口に出せる言葉は、もう胸に痛みを与えることすらない。


 それを聞いた彼女――スフィア・ローズは、ギリギリっと歯を噛み鳴らす。そうだと自分でも分かって居たのだろう。しかし、勇ましくも本気でノウンを助けようとしたのは、ノウン自身伝わっていた。


 「ノウン、絶対生きてね!約束だよ!」


 「分かってる」


 吐き捨てるように言うと、涙声でスフィアは走り去る。背から聞こえる淡々とした足音は、珍しくノウンの琴線に触れ、良い人だと思わせてくれた。


 「ふぅぅ、どうしようかな」


 それから吐き出す言葉は、面倒と絶望、そして不幸せを表していた。先程行ったスフィア含め、背に掛けた武器は全員が銃。しかし、今ノウンが持つのは剣。それも唯一無二の、剣士。


 そう。この世界では、ダンジョンに潜るのなら銃を使うのが当たり前。例外はノウン依然になかったと言われているほどに。そんな世界で、もし剣を使って潜るやつが現れたなら?それは良しとされる確率は低く、バカにされるのがオチだ。


 現に、これで「後で戻る」と言われて放置された回数は7回。しかも全てだ。7回という入団を繰り返し、7回共に逃げる際に囮にされた。そんな経験に、ノウンは飽き飽きしていた。


 「全員、銃、銃、銃、銃。俺だって、使えるなら使いたいんだけどな」


 抜いた剣を、再び鞘に入れる。構わず驀進するハイボーアを前に、戦意喪失したのだ。自分の存在意義を問われれば、答えられない。そんな自分が、心底嫌になった。


 何度も何度も見捨てられ、心に傷は大きく作られた。だからノウンは諦めたのだ。――生きることを。


 「7回共、オルゼに裏切られて、街では悪い意味で有名人。勧誘の内容も囮とか……生きても何も意味ないか……」


 オルゼ。この世界で、ダンジョンに潜る冒険者たちの、グループの総称だ。リーダーの名前がつき、〇〇オルゼと呼ばれるのが一般的。1人から数は無制限。何人もが所属可能な組織である。


 ノウンはこれまでそのオルゼに7回、人としての扱いを受けなかった。家畜同然の扱いに、死を選ぶのも無理はなかったほどに。気力はなく、折角冒険者として名を馳せることを夢見て、この剣を下げて来たというのに、無意味になるとは。


 「まっ、いっか。失うものもないしな」


 そう言って、もう思い出せない育ての親、家族に関することを朧気に、目を閉じて両手を広げた。突進して来いと、時速100kmは超える速さのハイボーアの前に立ちはだかった。


 近づく足音。近づく気配。聞こえる荒々しい鼻息。それでも怖気づかず、ノウンは構えた。そして――聞こえた銃声。


 「――ん?」


 瞬間、ハイボーアの突進の音は消えた。目を開けて、状況確認をしようとすると、そこには首から上が吹き飛び、息絶えたハイボーアが居た。


 「……なんで?」


 訳が分からなかった。突然の銃声に、突然のハイボーアの死。死を覚悟していたノウンには、少し残念に感じながらも、銃声の先を見れば答えは分かると、斜め右後ろをそっと見る。するとそこには。


 「いやー、君、死ぬ気だったのかい?」


 「……え?」


 見たことがある、というか、見たことがないと失明を疑うレベルの人が、狙撃銃(スナイパーライフル)を片手に、ノウンに声をかけていた。


 現在、冒険者の中で二強と呼ばれ、その一角をリーダーとして統べる男――クエイクオルゼのクエイク・ティストマルクだった。右肩に、狙撃銃(スナイパーライフル)の銃口が上に折れ曲がった徽章をつけ、最強との呼び声の高い冒険者だ。

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