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最初の任務  作者: 内藤晴人
Ⅲ崩れ落ちたモノ
9/30

素顔

 

「あの階が我々の貸し切り状態だったのが、不幸中の幸いだったな」

 

 突然、デイヴィットの思考をスミスの声が遮った。

 何事か、と振り返るデイヴィットの視界の先で、スミスが苦笑いを浮かべていた。

 さすがにあの『市街戦』を潜り抜けたあと、と言うこともあり、表情を覆い隠すサングラスはしていない。

 淡い茶色の瞳は、だが予想に反して穏やかな面差しをデイヴィットに向けていた。

 もしかしてこれが、常にサングラスをかけていた理由なのかもしれない。

 ふと、デイヴィットはそんなことを考えた。

 この端正だが穏和な素顔では、交渉相手を威圧的に飲み込み無謀とも言える用件を飲み込ませることは恐らく不可能だろうから。

 ぽたり。

 再び天井から水が滴り落ちた。

 上物の貧弱さを計算に入れると、ここが軋みだすのも時間の問題だろう。

 果たして崩壊するまでの残り時間はどのくらいだろうか。

 そんな計算をしながら、気付かれないようにデイヴィットはスミスをサーモグラフィでサーチする。

 予想通り、骨折からくる発熱が認められる。

 あれだけの怪我だ、無理もない。

 

「……お加減、いかがですか?」

 

 いや、大丈夫な訳ないだろう。

 口に出してしまってから、デイヴィットは後悔した。

 

「……少し、妙だとは思わないか?」

 

 しかし、それに対するスミスの言葉は、意外にも問題提起だった。

 こんな時でも相変わらずだなと呆れると同時に、まあ、これなら安心か、と吐息をつきデイヴィットはスミスの前に腰を降ろす。

 

「照準角の誤差を差し引いても、あのミサイルは君の部屋を狙った物だろうな」

 

「……申し訳ありません。自分が不用意に明かりをつけたせいで……」

 

「そうではないさ」

 

 言いながらスミスはわずかに砂で汚れた顔に皮肉混じりの笑みを浮かべる。

 が、サングラスというフィルターを失った素顔のそれは、悪戯がばれたのをごまかすような少年のように見えた。

 『目』が与える印象は恐ろしいな、と、デイヴィットが脳裏にデータを叩き込むと同時に、スミスは口を開く。

 

「明かりがついただけでは、誰の部屋かは想定できるはずがない。にも関わらず『そこ』を狙った、と言うことは、君という惑連職員がその部屋に滞在しているということを知っていた、という訳だ」

 

 あの時間明かりがついていた部屋は他にもあったはずだろう、と抑揚の無い口調でスミスは続けた。

 確かに、タイミングが良すぎる。

 向こうの射撃精度が高ければ、今頃どうなっていただろうか……。

 

「ところで君と私双方の部屋に、隠しカメラや盗聴器はあったかな?」

 

 さらに問いかけるスミスに、デイヴィットは首を左右に振る。

 事実、それらが発する微弱な電波をデイヴィットは受信しておらず、つまりは存在していなかったということである。

 だからこそデイヴィットは、あれだけべらべらと手の内を話していたのだ。

 スミスは声を立てずに笑い、無事な右手で頬杖をついた。

 

「……つまり、先方は我々の居場所を知っていたということになる。そして、あのタイミングで祝砲を撃ってきた……」

 

 淡々と続くスミスの言葉に、デイヴィットは口をつぐむ。

 薄暗がりの中に、スミスの感情の無い声が響く。

 

「最初から彼らは、我々を消す腹積もりでいたんだろうな。まあ、ホテルが崩壊する所までは計算外だったのかもしれないが」

 

「最初から交渉のテーブルにつくつもりはなかった、と言うことですか? ですが、それじゃあ……」

 

「捨て駒を動かしたか、或いは敵の反主流派が動いた。まあ、そんな所だろうな」

 

「……めちゃくちゃですね」

 

「一枚岩の組織など、まず存在しない。それは、我々にも言えることだ」

 

 斜に構えた口調で、真実を悪びれずに口にするスミスに、デイヴィットは返す言葉がなかった。

 

 しかしまあ、これだけの減らず口を聞けるのなら、当分の所は大丈夫だろう。

 ひと安心してからふと、デイヴィットはある事を思い出した。

 

「……現在、貴方の生存は、情報局のデータベースで不明になっていますが……修正報告した方が良いですか?」

 

 自分の生存については特務が掴んでいるでしょうが、と言うデイヴィットに、スミスはわずかに首を左右に振る。

 そしてわざわざ報告してやる必要はないさ、と毒吐いた。

 

「これを持ち出してくれたお陰で、その必要は無くなった。もっともあの御仁に知られると厄介だが」

 

 言いながらスミスは鞄を引き寄せる。

 そこから顔を出したのは、ノート型の端末機だった。

 おそらくそれは、特殊な電波帯でテラ惑連情報局につながっているのだろう。

 

 あの非常時でこの判断を下すとは。

 

 呆れながらも感嘆の吐息を漏らしてから、デイヴィットは思考を話の本筋へと戻す。

 

「あの御仁、とは、桐原捜査官ですか?」

 

「それ以外に、この異星の地で誰が我々を知っているかな?」

 

「では、まさか……」

 

 どうやらスミスは、初めから桐原とM.I.B.との関連を疑っていたようだ。

 爆発のごたごたでなくなったサングラスには、他人の心を見透かすような特殊兵器でも装備されていたのではないか。

 荒唐無稽なそんな考えを振り落とすかのように、デイヴィットはぶんぶんと首を左右に振る。

 その間にスミスは片膝を付き、背後の壁に頭を預けていた。

 

「申し訳無いが、少し休ませてくれないか? ……今後どうするかは、日が昇ってから考えよう」

 

 承知しました、とうなずくデイヴィットに、スミスは苦笑いを浮かべながら付け加えた。

 

「ついでに言うと、君の髪もそのままでは目立ちすぎる。縛るなり切るなりした方がいいだろう」

 

「……解りました」

 

 外見は自分が望んでデザインする物ではない。

 だが、確かに背中にまで届く光の加減で金髪に見紛う薄茶色のストレートは、惑連職員……時には隠密行動をとるデイヴィットにとって相応しいか、となると限りなく『否』である。

 

 無事戻れたら、上申してみよう。

 

 ともあれ、デイヴィットは夜明けまで五時間弱、無言でいられるかが不安だった。

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