崩壊
「ミサイルでの祝砲か。どうやら我々は、初歩的なミスを犯していたようだな」
自嘲を含んだスミスの声が、薄暗がりの中に響く。
「Mカンパニーによる経済的支配からの独立を主張しておきながら、そこの商品を使って攻撃ですか? 主義主張に一貫性がないですね」
しかし、自分も試験官氏もよくもまあ冷静でいられるものだ。
目の前にいる試験官氏と自分自身に半ば感心し、かつ呆れながらデイヴィットは内心で毒ついた。
どうやら一緒にいた僅かな時間の間に、かなり試験官氏の影響を受けてしまったらしい。
そんなデイヴィットの自己分析結果を理解したのか、スミスの顔に件の笑みが浮かんだが、それはすぐに苦痛の表情に変わる。
あわてて近寄ろうとするデイヴィットを、スミスは視線で制止する。
やれやれ、とばかりに吐息を漏らしてから、デイヴィットはささやくように告げた。
「……あと二、三分で先ほどの痛み止めが効いてくると思います。ですが、最悪、粉砕骨折の可能性もあるので……」
自分の持つ医療データは初歩的な物なので、それ以上のことは判断できない。
そうデイヴィットは付け加えた。
それから改めて、彼は埃にまみれた自分自身とスミス、そして今現在彼らが身を隠している場所を眺めた。
結論から言ってしまうと、彼らのいたホテルは遠距離からの砲撃を受けて崩壊した。
砲弾が発射された方角は、紛れもなく現在テロリストの占拠下にある地区である。
ちなみにデイヴィットの分析によると、使用されたミサイルは、惑連の常設軍や各惑星国家に標準装備されている類の物であり、その主な生産者は他でもない、『何でも屋』のMカンパニーである。
「それにしても、どこから仕入れてきたんでしょうね」
緊迫した状況下ではあまりに間抜けな感想を、デイヴィットは口にする。
その率直な疑問に、スミスはかすかな含み笑いで答える。
そう来なければ。
そんな試験官氏の反応に、デイヴィットはようやく安堵の胸をなでおろした。
その人となりにふさわしい反応を見ることができたためである。
ようやく痛み止めが効いてきたのだろうか。
スミスの口から、ささやくような皮肉という名の銃弾が吐き出された。
「軍が安全保証期間切れで廃棄した物を横流しする輩は、必ずいる。組織腐敗の末期症状も良い所だ。……まあ、金さえ積めば、直接『形落ち』商品を買えるルートくらいはあるだろうな」
「まるで家電品並ですね……」
やれやれ、とでも言うようにデイヴィットはコンクリートの天井を仰ぐ。
灰色に薄汚れたそこからは、時折水がしたたり落ちており、さながら鍾乳石のように石の氷柱を作っていた。
地上から水がしみ出てきているのだろうか。
道路の舗装状態及びライフラインの埋設状況、そして必要とされる耐震強度。
それらすべての数値を重ね合わせ、デイヴィットはある結論を弾き出した。
これは欠陥建築だな、と。
が、それを口に出すこともせず、彼は注意深く周辺の状況を確認した。
所々埃がたまっている地下駐車場には、彼ら以外動く物はない。
建物全体に振動が走ったあの時、彼はとっさに部屋から飛び出していた。
砲弾は、彼らが滞在しているすぐ上の階に着弾したらしい。
頭上から聞こえてくる不気味な音は、次第に大きくなっていく。
そんな中、彼は試験氏の部屋の扉を叩いた。
ご無事ですか、と叫ぶ彼の聴覚に入ってきたのは、かすれた部屋の主の声だった。
あわててデイヴィットはノブに手をかける。
だが、既に歪みが生じたためか、扉は開くことを拒んだ。
二度、三度と、デイヴィットは扉に体当たりをする。
そしてようやく開けた視界の先には、粉塵が舞い上がる野戦場跡のような光景が広がっていた。
「すまないが、手を貸してくれないか?」
声が聞こえた方に、デイヴィットは視線を移す。
そこには紛れもない、スミスの姿があった。
左手が天井から砕け落ちた瓦礫に押し潰された状態で。
「少佐殿……」
言いながらデイヴィットは、注意深く歩み寄る。
そして、ヒトの力では到底動かせるはずのないコンクリートの塊を、発泡スチロールのように放り投げていく。
ようやく現れたスミスの左腕は、素人目に見ても無事とは言い難い状態だった。
デイヴィットは、たまたま視界に入ったデスクの残骸を添え木にし、破いたシーツで骨折の応急措置をする。
「度々申し訳ないが、私の鞄だけでも持ち出すことはできないかな? 少々人目に触れてはならない物が入っている」
それは、おそらく自分の採点に関わる物なのだろう。
そう理解したデイヴィットは、指差された先に無造作に置かれた鞄を肩にかけると、有無を言わさず少佐を背負った。
この建物が完全に崩壊する前に脱出するには、この方法しかない、そう判断したためである。
部屋から駆け出すと、デイヴィットは軋み始めた廊下を非常階段へ向かい走った。
そして、彼が階段を降りきりこの場所へ降り立った直後、ホテルは自らの重みに耐えかねて崩壊したのである。