闇の中で
夜は、ほとんどの動物にとって休息を取るための時間である。
だが、作られたモノである『Doll』のNo.21、デイヴィット・ローにとっては、退屈極まりない時間だった。
理論上、彼らは『睡眠』と言う形の『休息』を必要としない。
しかし、『ヒト』を装いつつ捜査を行うという建前上、彼らにもそれらしく見せることは可能であり、場合によっては必要不可欠なことだった。
だが、今日に限っては色々と整理しなければならないことがある。
怪しまれない程度に夜更かしをしよう。
そう決めて、デイヴィットは改めてフォボスの惑連のデータベースにアクセスし、事件に関するデータを確認する。
しかし、残念ながら目立った更新は見られない。
膠着状態に陥っているのか、それとも彼ら二人に解決を丸投げしているのか、判断しかねるところである。
そこまで終えた時点でフォボス標準時刻でまだ22時を回った頃であるのを確認すると、デイヴィットはカーテンの陰から外の様子をうかがった。
窓の外に広がる夜の街は、テロ組織が横行しているという非常事態下ということもあり、派手なライトアップは控えられていた。
比較的中心街及び繁華街に近い立地であるにもかかわらず、街灯や屋内照明以外の発光元はほとんど認められない。
当然行き交う人や車の姿もほとんど見ることはできない。
そこそこの人出があった昼間とは異なり、さながらゴーストタウンと言った様相である。
そんな漆黒の空間に、彼は視線を巡らせた。
無論、その眼が暗視・遠視モードに切り替えているのは言うまでもない。
『ヒト』には単なる闇にしか見えないその先には、テロリストによって今現在十六名の人質と共に占拠された通称紅リゾートブロックが認識できる。
一番高くそびえているのが、最初に襲撃を受けたという、贅を尽くした高級ホテルだろう。
その脇には、観覧車を始めとする遊園地の遊具が幾何学的に配されている。
そして、やや離れた所に有るのが現在敵が立てこもっているという病院施設。
先刻から嫌と言うほど見ていた地図通りである。
病院内では灯火制限がひかれているのか、無数に有る窓からは一筋の光すら見えて来ない。
さすがにこれだけの遠距離となると、彼に装備されたサーモグラフ機能は役に立たなかった。
少し肩をすくめてから、彼はカーテンを閉め、部屋の明かりをつけた。
浮かび上がったのは、シングルベッドとサイドテーブル、小型の冷蔵庫にやはり小ぶりのデスク。
どこにでもある無個性なビジネスホテルの風景だった。
敵さんも暗視スコープでこちらを監視している可能性はあるだろうが、知ったことではない。
何よりそれなら、明かりをつけない方が余計に怪しまれるだろう。
そして、これだけの距離があれば、それなりの武器でなければ攻撃は不可能だ。
可能性があるとすれば……。
そこまで思考が及んだ時だった。
突然建物全体を、鈍い振動が襲った。