作戦会議
気まずい沈黙が続く車で、宿泊先となるホテルへ移動すること、しばし。
ホテルに着くなり、デイヴィットはその居心地の悪さから逃れるため、取り急ぎ手荷物を割り当てられた部屋に押し込めた。
そして、明日以降の方針を確認すべく、試験官氏の部屋を訪ねる。
すると、試験官氏は、それまでデイヴィットが抱いていた疑問を裏付けるような発言をした。
「……彼は食わせ者だな」
突然のことに、デイヴィットは思わず瞬きをした。
そんな『人間らしい行動』に、スミスは僅かに唇の端を上げたようだった。
が、いつまでも固まっている訳にもいかない。
試験官氏が言う『彼』が誰を指すのか、明らかである。
が、念のため、デイヴィットは確認した。
「『彼』、とは、あの担当官氏ですか?」
生真面目とも言えるその問いに、スミスは冷たい含み笑いで応じた。
無論、例のサングラスを外していないのは、言うまでもない。
「君も、妙だとは思ったんだろう?」
親しみの欠片すら感じられないその言葉に、だがデイヴィットはうなずいた。
マルスからの出向職員ならばまだしも、現地採用でありながら『祖国』の印象を悪くするような現実をあそこまでためらいもなく口にできるのだろうか。
何より彼の口調や態度には、事件の被害者に対する同情のような物がまったく含まれていないのだ。
公僕という立場上、当然の対応と言えるのかもしれないが、桐原氏はれっきとした『ヒト』である。
意識したとしても、完全に感情を取り去ることは不可能だろう。
ごく一部の例外を除いて。
「あまり、こちらの手の内を話さない方が良さそうだな」
そのごく一部に含まれる一人が、おもむろに口を開く。
桐原氏よりもこの御仁の方が、遥かに食わせ物で遥かに付き合いにくい。
やれやれ、と『思い』つつも、デイヴィットはずっと引っ掛かっていたことを口にした。
「失礼ですが、少佐殿は宇宙船の中で、『奴らにもなかなか見る目がある』と、おっしゃっておられましたが……」
サングラスの向こうから無機質な視線を投げかけられて、一瞬デイヴィットは硬直する。
おそらくこの発言は、マイナス査定になるだろう。
しかし、このまま知らずに終わる訳にもいかないので、デイヴィットは言葉をついだ。
「一体、何をご覧になったのですか? 差し支えなければ、教えて頂きたいのですが……」
しばらく試験官氏は無言でデイヴィットを見つめていたが、やがて机上に放り出されていた資料の束を手に取りページをめくりはじめた。
「まずは立てこもりに選んだ場所。病院施設というのは少なからず放射能を利用した機器を持っている。敵が追い詰められそれらに手を出し放射性物質をばら撒いた場合、どうなる?」
「……人質の被爆の可能性。それと放射能汚染の風評被害でリゾートどころではなくなります」
「御明算。加えて彼らは逃げる従業員を深追いせず、人質の数を減らした」
その言葉に、デイヴィットは一つうなずくと、おとなしくその続きを待つ。
そんな彼にちら、と視線を向けてからスミスは無機質な口調で続ける。
「人道上理由ではなく人質の数を減らす。可能性として考えつく理由には、なにがあるかな?」
「監視対象の数が少なくなれば、小回りがききます」
「では、この条件を加味すると?」
言いながらスミスは、資料のあるページを指し示した。そこには、犯人が籠城しているホテルの図面が記載されていた。
「入口の車寄せには、大型バスが横付け可能。屋上にはヘリポート……」
そこまで口にして、デイヴィットは思わず息を飲む。
一方のスミスは、その目の付け所が正しいことをうなずいて肯定した。
「お察しの通りだ。この人数ならば、バス一台、あるいは輸送用ヘリ一台で籠城場所からの離脱が可能。交渉が長引けば、敵の思うつぼだな」
まるで他人事のように言い放つスミスを、デイヴィットは唖然として見つめている。
その視線をまったく意に介することなく、スミスは更に続けた。
「加えて、彼らが次に立て籠ろうと予想される範囲内には、こんな物がある」
言いながらスミスは、がさがさと事件現場地区の拡大地図を広げた。
観光名所となっている山岳地帯と湖畔、そして周辺部分を埋める大規模な商品作物生産プラントが点在しているのが解る。
「さて、仮に君が犯人だとして順当に考えて、ここから離脱した場合どこへ向かうかな?」
問われると同時に、デイヴィットは地図には描かれていない、フォボスの全域図のデータを引っ張り出した。そして、確認するように、小声でつぶやく。
「北には、Mカンパニーの関連地域。東に宇宙港と首都。東南が……M.I.B.の拠点……」
それから、デイヴィットは改めて、拡大図に視線を落とす。
そして、それはある一点で固まった。
「とりあえず補給が必要になるので、本拠地の近くを目指すと思います。ですが……」
すい、とデイヴィットは地図上に手を伸ばす。
ホテルから東南へと抜けるそのルートには、湖から流れ落ちる滝と川がある。
「この滝は、プラントの用水路に流れ込んでいます。万一この湖に放射性物質を投げ込まれたら被害は……」
「逃亡中、腹いせにそうする可能性はかなり高いだろうな」
薄笑いを浮かべるスミス。
が、デイヴィットは未だ地図を睨み付けていた。
「まあ、それは彼らにとってもその行為はできれば使いたくない、最強にして最悪の切り札だと思うがね。……彼らが本物の愛国の志士であるならば」
皮肉混じりの笑みを浮かべ、スミスは自らの見解をこう締めくくった。
そんな試験官氏の様子を見やりながら、デイヴィットはある結論を導き出した。
この人は、どんなに些細なことにでも嫌味と皮肉を付け加えないと気がすまない性分らしい、と。
一方、M.I.B.と桐原、その双方の行動には、共通する『違和感』がつきまとっていた。
「……どうかしたかな?」
サングラス越しに鋭い視線を投げかけられて、デイヴィットは反射的に姿勢を正した。
「いえ……フォボスがどうなっても良いのか、と……」
「と、言うと?」
どうやら白状するしかないらしい。観念して、デイヴィットは切り出した。
「少し解りかねる点があります。桐原捜査官もM.I.B.も『愛国心』を持っているにも関わらず、彼らが繰り返していることは、祖国に対してマイナスにしかなりません」
「少なくとも、彼らは『祖国の現状』を愛してはいないだろうな。口では何を主張しようとも」
謎かけのようなスミスの返答に、デイヴィットは首をかしげた。
まあ、君がまだ人間の思考パターンに慣れていないから理解に苦しむのかもしれないが、と前置きをしてから、スミスは再び口を開く。
「おそらく彼らが恋い焦がれているのは、完全に独立を果たした祖国だろう。今のマルスに服従しているそれではなくて」
母星の前に情けない姿をさらし続ける祖国ならば、いっそのこと壊してしまいたいくらいのことは思っているかもしれないな、と言いながら足を組み直すスミスを、デイヴィットは神妙な面持ちで見つめていた。
それを意に介することなく、スミスは更に続ける。
「『ヒトの感情』全てがゼロと一で割り切れる訳ではない。可愛さ余ってなんとやら、というやつだろうな」
その言葉の前半部分が自らに向けられた物であることを、デイヴィットは丁寧に無視した。
そしてふと、この人はこの一癖も二癖もある性格で、一体何人の同僚及び部下を再起不能にしてきたのだろうか、という、くだらない計算を始める。
外見の年齢から推定される勤務年数から導き出されたその人数は、軽く見積もっても両手の指の数を超えた。
「……質問はそれで終わりかな?」
そのタイミングを見計らっていたかのようにスミスから声をかけられ、デイヴィットはあわててうなずく。
その様子に、スミスは人の悪い笑みを浮かべて見せた。
「ならば、早く部屋に戻りたまえ。妙な噂を立てられても困るだろう?」
「……はい?」
笑えない冗談である。
もっともこの人の場合、どこまでが本気で、どこからが冗談なのか判断が難しい。
「了解しました。では、明日」
だが、これ以上用事が無いのも事実である。
したがって、この部屋に居座る理由もないし、先ほどの冗談が事実となってしまってはそれこそ洒落にならない。
デイヴィットは敬礼もそこそこに、真向かいにある自室へと引き取った。