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最初の任務  作者: 内藤晴人
Ⅱ 異星の地
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事件のあらまし

 事件が起きたのは、標準時間で数えると三日前、と言うことなる。

 フォボスの限られた大地を無駄に埋めつくす、第二リゾート開発地区が、突然M.I.B.の武力部隊によって制圧されたのである。

 第二リゾート開発地区は、人工ではあるが山々や湖など、その美しい風景を売り物にしており、通称『紅リゾート地区』とも呼ばれている。

 そして、ホテルだけではなく最先端の医療を受けられる病院施設も建設されていた。

 マルスだけではなく、テラやルナ、果てはユピテル衛星連合からも観光客が訪れるほど、その知名度は高い。

 そして、この事件発生時もややシーズンを外してはいるものの、家族連れを中心に多くの観光客がこの地で羽根を伸ばしていたのである。

 事件が起きた時フォボス当局は、人質となった可能性のある人々の名簿を入手し、不謹慎と解りながらも胸を撫で下ろした。

 不幸中の幸い、とでも言うべきか、巻き込まれてしまった人々の中に、いわゆる政府要人やその関係者が皆無だったためである。 

 これでひとまず、国際問題となる可能性は限りなくゼロに近付いた。

 完全にゼロ、と言い切れない理由は、偽名を使ってお忍びでの来訪を視野に入れていたからだ。

 しかし、これで万一の場合には武力による解決という最悪の方法も、選択肢に加えられたのは確かである。

 

 犠牲者が一般人であれば、見舞金や補償金の額はたかがしれている。

 

 大変けしからんことであるが、現場指揮官やフォボス駐在領事官の脳裏には、こんな打算的な考えが過ったことだろう。

 人命をそんな風に格付けして計算するやからであるから、M.I.B.から呈示された『法外な高値の身代金』に対して、簡単に首を縦に振るはずがなかった。

 かくして、両者の話し合いは予想通り平行線をたどったまま現在に至った、という訳である。

 

 机の上に立てれば自立するほど量だけは充実した報告書と資料にざっと目を通してはみたが、新たな発見は別段これといってなかった。

 いや、正確に言うと、再発見はなかったが引っ掛かる点はあった、そんなところだろう。

 

 こちらに来る船の中で、人質名簿が含まれたファイルを目にしたスミス小佐は、奴らにも見る目がある、と確かに言った。

 けれど、彼が何を差してそう言ったのか、解らない。

 可能性としては、フォボスのお偉方と似たような事を考えたのか、或いは何か重要な『誰か』の名前を名簿の中に見い出したのかのどちらかだろう。

 

 自分が何かを見落としているのではないだろうか。

 

 結局そこに行き着いて、デイヴィットは幾度となく名簿を見直した。

 しかしその中に、彼が持つ各政府の要人リストと合致するものは、無い。

 

「あ、そちらは古いリストですね。その後の確認調査で、キャンセル等が判明しましたので……こちらが最新になります」

 

 デイヴィットの行動に気が付いたらしい。

 おもむろに桐原は、端末機から打ち出したそのまま、とおぼしきリストを取り出した。

 ありがとうございます、と頭を下げながらそれを受け取り、デイヴィットはざっと目を通す。

 そして辺りをはばからず思わず声を上げた。

 

「……じゃあ、今現在人質になっているのは、従業員、宿泊客あわせて十六名……ですか? ずいぶん……」

 

 少ないではないか。

 当然と言えるデイヴィットの問いに、桐原は決まり悪そうに視線を外しながら答えた。

 

「チェックインのタイミングで難を逃れた方が何名かおりまして。また……大変申し上げにくいのですが、その、施設従業員は常時、こういった事態を想定し訓練を行っておりまして……事件発生後……」

 

「見事、訓練通りの行動が取れた、という訳ですね。自分達だけは」

 

「恥ずかしながら、おっしゃる通りです」

 

 毒を含んだスミスの言葉を、桐原はだがあっさりと肯定した。

 そのやり取りに、デイヴィットはおや、と首をひねる。

 お客を置き去りにして、早々に逃げ出すなどという事態は、表沙汰になればイメージダウンにつながる。

 にもかかわらず、ここまですんなりと認めてしまうのは、一体どういうことなのだろうか。

 そんなデイヴィットをよそに、スミスはおもむろに桐原に向けこう言った。

 

 失礼ながら、マルスから出向されてきたのですか、と。

 

 その問いかけに、桐原はやや曖昧な表情を浮かべながら答えた。

 

「いえ。私は母星からの出向ではありません。現地採用で惑連に入りまして。元々は事務畑なんですが、地元の人間の方が勝手が解るだろう、とのことで担当に回されたんです」

 

 そういう訳で、不馴れな点があるので申し訳ない、と頭を下げる桐原と、無言のままその様子を見つめる試験官とを、デイヴィットは交互に見比べた。

 桐原は例のごとく気弱げな、どこか捉え所の無い表情。

 対する試験官は相変わらずの仏頂面。

 果たして、双方とも何を考えているのかは定かではない。

 けれど、これだけははっきりと断言できる。

 試験官氏は桐原に対して、全幅の信頼をおいてはいない。

 と、同様に、桐原も自分達を歓迎してはいない。

 口を開けば嫌味と皮肉が発せられるスミスならば、そう簡単に他者を信頼しないであろうことは解る。

 けれど、一見『真面目で小心者』な桐原からどうしてそんな印象を受けたのか。

 

 更なる分析を試みようとした時、彼らの乗る宇宙船は目的地であるフォボスへ到着した。

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