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最初の任務  作者: 内藤晴人
Ⅱ 異星の地
4/30

担当官

 マルスからフォボスへの乗り継ぎの間に姿を見せたマルス惑連の担当官は、良く言えば『可も無し、不可も無し』、悪く言えば『没個性』。

 見るからに気の弱そうな担当官は、明らかにスミス少佐の威圧感に畏縮していた。

 しかし、度の強い眼鏡の奥から投げかけられる視線は、恐る恐る何かを探りだそうとしている。

 体温はこちらが一歩近づく度に上昇し、心拍数もはね上がっていくのも見てとれる。

 

 果たしてこの事実を報告するか否か。

 

 デイヴィットは横目で、隣に立つ試験官氏を見やる。

 が、その視線は、サングラスという形を取ったシールドによって粉砕されてしまったようだ。

 

「まず、この四十八時間内に起きた情勢の変化を伺いたいのですが。桐原捜査官殿」

 

 まったく抑揚の無い声が、スミス少佐の口からもれる。

 さして大きな声ではないのだが、桐原氏はまるで蛇に睨まれた蛙のように硬直した。

 その額にはいつしか、脂汗が光っている。

 

「は……あの……。別段これと言って、好転も暗転もしていません。現在、フォボスの第二地区は、完全にM.I.B.の勢力下に置かれており、マルス機動警察が監視をしておりまして……」

 

 瞬間、サングラスごしの視線を向けられて、デイヴィットは姿勢を正す。

 そして、一つうなずいた。

 おそらく、桐原の言葉に誤りが無いかどうかの確認であると理解したからだ。

 直接通信が可能な地域に入れば、データベースから情報を引き出すことができる。

 宇宙船内で交わされた、何気ない言葉を確認するためなのだろう。

 が、当のスミスは、わずかに唇の端を上げて見せてから低く毒の含まれた言葉を吐き出した。

 

「いっそのこと、Mカンパニーの私設警備隊にも出動を願ったらいかがですか?」

 

「はあ……それは一体……」

 

「一度ですべてのカタがつく。……いや、冗談だ」

 

 MカンパニーがM.I.Bとマルス惑連双方に何らかの働きかけをしているらしい、というのは情報局で囁かれている噂である。

 皮肉な笑みを貼り付けたままのスミスとは対称的に、桐原は完全に色を失っている。

 いたたまれない気の毒な状態とは、おそらくこんな状況のことをさして言うのだろう。

 しばしの沈黙の後、デイヴィットは口を挟んだ。

 

「あの……失礼ですが、フォボス……現場への到着は、いつ頃になるのでしょうか?」

 

 ようやく桐原の顔に、安堵の表情が浮かぶ。

 蛇の視界から逃れることに成功した蛙は、手元の資料に目を落とす。

 

「はい。一二・三〇発の便でフォボスに向かい、宙港から車で一時間程、といったところですので……」

 

「日没前、ですか。……ところで、交渉場所は先方の指定ですか?」

 

 が、ようやく訪れた平和に、スミスは冷水を注ぎ込んだ。

 再びの冷笑に、桐原は憔悴しきった顔でうなずく。

 そして、何故そんなことを、とでも言うように首をかしげた。

 

「失礼。どうして先方がそこを指定したのか気になった物ですから」

 

「でしたら、Mカンパニーの影響を受けていないからでしょう」

 

「と、言うと?」

 

 今度はデイヴィットの脳裏に、捕まえたネズミをなぶっている猫の映像が浮かんで消えた。

 

「経営母体はL財閥でしたよね、確か」

 

 いい加減にしましょうよ、という意味をこめて、デイヴィットは口を挟む。

 なるほど、というように、スミスは再びうなずいた。

 

「ルナで一、二を争う観光企業ですか。……I.B.との繋がりを強調したというところでしょうか」

 

 相変わらずその顔には、意地の悪い笑みが貼り付いている。

 そんな試験官と担当官とを、デイヴィットは交互に見やる。

 

 どうやら、自分の前途はかなり多難らしい。

 

 そう分析し、彼は深々とため息をついていた。

 このまま放置しておくと、事態は悪化するばかりだろう。

 彼がどうしたものかと取るべき行動を模索し始めた時、フォボス行きの便への搭乗を告げるアナウンスがロビーに響いた。

 とりあえずの休戦宣告に、桐原の顔にようやく血の気が戻る。

 

 かくして彼らは、再び移動のため搭乗口へと足を向けた。

 

      ※

 

 フォボスは、ディモスと同じく惑星マルスの周囲を公転する衛星である。

 もともとは岩石の塊だったのだが、マルスがテラから独立するのと前後して、大規模な改造工事が行われ人の居住が可能となった。

 この改造工事の計画立案したのは当時のマルス自治政府であったが、莫大なその費用の大部分はMカンパニーが肩代わりしたというのは、マルス周辺に住む人々の間では公然の秘密である。

 もっともその金のほぼ全額が工事を請け負ったMカンパニー関連企業に流れているのだから、収支のバランスがどちらに向いたのかは、言うまでもない。

 そして、当然のごとくMカンパニーは政府に代わり開発者として、フォボスにおいて独占的に事業を展開した。

 経済・産業面から間接的に支配を行った、という訳である。

 結果フォボスに形成されたのは、マルス(正確にはMカンパニー)無くしては成立し得ない片寄ったシステムだった。

 広大な商品作物生産用に特化された農業プラント、そしてだだっ広い面積を占有するリゾート施設。

 それらはいずれもマルス(主にMカンパニー)の収益のために造られた物であり、住人にとっては何の意味もなさないものだった。

 フォボスの住人達は、日用品一つを購入するのにも、関税と消費税、そして輸送費と利潤が上乗せされ原価の数倍の価格を支払わなければならなかった。

 すべての美味しいところはMカンパニーが持って行く、という寸法である。

 困ったことに、本来であれば介入するべきはずのマルス惑連や政府の高官は、その中立性を失っていた。

 天下りと袖の下を駆使したMカンパニーに骨抜きにされていたのである。

 このような惨状を目の当たりにすれば、M.I.B.でなくともマルスとMカンパニーに一矢報いてやりたい、と考えるのも当たり前なのかもしれない。

 いや、『ヒト』であるからこそ、報いてやりたいと思うのだろう。

 マルス惑連がフォボスの現地警察や住人の協力を得ることに失敗し、テラ惑連本部に泣き付いてきたことが、如実にそれを物語っている。

 

 マルスとMカンパニー、そしてフォボスの関連資料を精査して、デイヴィットは現状をそう分析した。

 しばしの間窓の外に広がる漆黒に視線を泳がせてから、デイヴィットは一旦自己データベース検索を終了し、マルスで新たに手に入れた資料に目を通すことにした。

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