脱出
「うわぁ!?」
間抜けな叫び声がレストラン内に響く。
見ると、王樹は一瞬の隙をついて自らに銃を突き付けている男に、足払いをかけたのだ。
派手に転倒する男。
人質達の叫び声。
混乱するレストラン内で、今度はデイヴィットが動いた。
強く床を蹴ると、デイヴィットは低い体勢で水平に飛ぶ。
そのまま彼は、ダイナマイトを掲げる男の足元に体当たりを食らわせていた。
咄嗟のことに、その身体はバランスを失い崩れ落ちる。
同時に男が手にしていたダイナマイトは、持ち主が倒れると同時にその手を離れ、床の上に転がった。
「皆さん、伏せて下さい!」
叫びながらデイヴィットは、起爆装置が作動しランプが点滅し始めたそれを恐れることなく拾い上げる。
そして、力の限り窓へと向けて投げつけた。
『ヒトならざるモノ』の力で投げ出されたそれは、強化ガラスを突き破り空中に舞い、闇の中に轟音と火花を撒き散らす。
と同時に破れた窓の穴から、突風が室内へと流れ込んでくる。
同時に人質達は目を閉じ耳をふさぎ、口々に悲鳴を上げる。
一方倒れた敵の指揮官と思しき人物は、打ちどころが悪かったのかピクリとも動かない。
形勢不利とみたのだろう、慌てて逃げ出そうとした残る一人の肩口を、デイヴィットはブラスターで撃ち抜き戦闘不能にする。
そして、改めて彼は人質たちに向けて呼びかけた。
「脱出します! 皆さん、こちらへ! 研究員殿……」
声をかけられた王樹は、大袈裟に肩をすくめて見せてからデイヴィットに応じる。
「君、ちょっと派手にやり過ぎじゃない? 重症者……と言っても全員犯人だけど、その救命処置要員として僕の仲間は残していくよ。外で待機してる惑連軍に入ってくれるよう、エドに連絡してもらって」
「解りました」
先ほどの爆発について説明を求められるのではないか。
びくびくしながら、デイヴィットはヘリコプターの側にいるスミスとの回線を開く。
が、予想に反して戻ってきたのは、了解、という極めて簡潔な言葉だった。
不審に思いながらも、デイヴィットは王樹と共に人質達を誘導する。
風が吹き込む非常口の先に、鋼鉄の塊に身体を預け銃を構えたスミスの姿があった。
彼は開け放たれた後部扉から、人質となっていた人々をヘリコプター内部へと誘導する。
ややあって、少女を抱き上げた王樹が姿を現した。
「残留組を除いて、中にいた人質はこれで最後。お疲れ様」
にこやかに片目をつぶって告げる王樹にも、スミスは無言でうなずくのみである。
何か、おかしい。
違和感と不安を覚えながらも、デイヴィットはヘリコプターへ乗り込み扉を閉める。
扉を厳重に施錠してから彼はパイロットに離陸するよう指示すると、ようやく安堵の息をつき床に腰をおろした。
「突入が始まったみたいだね」
小窓から地上の様子をうかがっていた王樹が、おもむろにつぶやく。
その言葉に、初めて事の終わりを実感したデイヴィットは、改めてスミスに向き直った。
自分の『運命』を握る、その人に。
「少佐殿、自分のわがままにお付き合い頂き、ありがとうございました。もう思い残す事はありません。どんな結果でも謹んで受け入れます」
けれど、返答は無い。
先程から深々と座席に腰をおろし膝に頬杖をついた前傾姿勢のまま、スミスは微動だにしない。
不安が、やや強くなる。
「……少佐殿?」
それが不敬な行為と知りつつも、彼はスミスに歩み寄り恐る恐るその肩に手をかける。
瞬間、バランスを失った上半身が重みに耐えかねて崩れ落ちた。
「少佐殿!」
あわててデイヴィットはスミスの身体を支えた。
サングラスか外れてあらわになったその瞳は固く閉ざされている。
顔は蝋のように青白く、冷たい。
デイヴィットは人質達がいるのをいとわず、大声を上げていた。
「覇研究員殿! 研究員殿! すみません、早く来て下さい!」
自分が取り乱していることを、彼は理解していた。
が、震えは止めようも無い。
異変に気付いた王樹が駆け寄る。
そして事態を一瞥するなり、デイヴィットに向かいこう告げた。
「……一刻も早く、あのマンションに戻ろう。覚悟は、できてるよね?」
自分のごり押しが招いた結果だ。
それが今、目の前に突き付けられている。
いつになく真剣な王樹の眼差しに、デイヴィットはうなずくことしかできなかった。




