合流
至近距離で何かが破裂する。
目映い光の洪水の中で、武骨な機体は激しく左右に揺れる。
「地対空ミサイルです! 発射方角は目的地周辺!」
副操縦士が叫んだ直後に、今度は直下からの振動が襲う。
幸いにも、敵の照準は微妙にずれているようだ。
放たれるミサイルは、いずれも機体からやや離れた所で爆発を繰り返している。
必死に姿勢を保とうとするデイヴィットに対し、スミスはやはり冷静だった。
「熱源反応はいくつだ? 場所の細かい特定ができるか?」
その声に、デイヴィットは不気味に浮かび上がる目標を見つめた。
暗視モードに切り替えられた視界には、いくつかの緑色の物体が浮かんだ。
すぐさまその形を分析し、それが排除すべき目標であると確信した。
「正面玄関付近と、職員通用口。そして屋上ヘリポート近くにそれぞれ一つずつ。いずれも無人式と思われます」
「最後が一番厄介だな。地上の二つはミサイルで片付けるとして、屋上を着陸に支障ないよう排除することは、可能か?」
「ヘリ搭載の機銃で可能です。まもなく射程距離に入りますが」
スミスがうなずくのを確認してから、デイヴィットはまず、ミサイル発射制御装置に取りついた。
先ほど割り出した熱源反応の座標値を、間違わぬよう入力する。
刹那、ヘリコプターの機体が安定した所を見計らい、デイヴィットは発射ボタンを押した。
ヘリコプターの左右に搭載されたミサイルが、光をまとい離れていく。
その軌跡を見やりながら、今度は機銃の狙いを定め、力強くトリガーを引いた。
無数の火花が周囲に散り、程なくして前方に火柱が上がる。
「目標、オールクリア。これより接近します」
緊張した操縦士の声が、規則的にリズムを刻むプロペラ音に割って入る。
ふと、デイヴィットはスミスの様子を盗み見た。
決戦を目前にしているにもかかわらず、その顔にはいつもの斜に構えた笑みが浮かんでいる。
無論、レーザーライフルはいつでも使用できるよう、無傷な右腕で支えられている。
安堵と呆れが入り交じった表情を浮かべながら、デイヴィットは突入後両者をつなぐ唯一の命綱となるインカムの無事を確認し、同時に王樹の位置をトレースする。
「着陸します! 振動に対応してください!」
再び操縦士からの鋭い声が飛んだ。
ややあって、下から突き上げるような激しい揺れが機体を揺らす。
それまで無機質に空気を打ち付けていたプロペラ音はいつしか途絶え、耳が痛くなるような静寂が機内に広がる。
その数秒後、デイヴィットは機関銃とライフルを背負い、ヘリコプターの扉を開いた。
先ほど破壊された無人地対空ミサイル発射装置から立ち上る黒煙が、風にかき回されて消えていくのが見える。
そのまま勢い良くコンクリート打ちっぱなしの屋上に降り立ったデイヴィットは、振り向きざまに叫んだ。
「敵影確認! 少佐殿は、その場で援護を!」
その言葉が終わるとほぼ同時に、光の筋が闇を裂いた。
屋内へ続く非常階段の入口を固めていた敵がこちらに向けて、レーザーライフルを乱射してくる。
反射的に身を屈めるデイヴィットの頭上を、真後ろから放たれた光線が通過していく。
その軌跡を追った彼の視界の先で、一人の敵が胸を射抜かれて倒れた。
片腕しか使えない状態で、ここまで正確に撃てるとは。
表情を少しも動かさぬスミスに嘆息しながらも、彼は残りの一人に狙いを定め、引き金を引いた。
閃光が走ると同時に、突入口を遮るモノは完全に消えた。
「入ります。人質の方が脱出してきたら、ヘリへの誘導をお願いします。万一何かありましたら、すぐに連絡下さい」
言い放つが早いか、デイヴィットは屋上を駆け抜け、非常階段の入口に張り付いた。
いまだ燃え盛る炎の照り返しを受け、闇に浮かび上がるスミスが構えたライフルを掲げるのを確認してから、彼は非常灯がともる非常階段を飛び降りるように駆け降りた。
踊り場に降り立つと、無数の弾丸が彼の周囲を通過していく。
あわてて腰を落とすと、目指す最上階入口に人影が見える。
反撃しようと身体を動かすたび敵は戸口に身を隠し、こちらから踏み出そうとするたびに銃弾の雨が浴びせかけられる。
動くに動けない。
その状況にいらただしさを感じ、彼は舌打ちをした。
ここで足止めされると、犯人達に時間を与えることになる。
それだけは絶対避けたかった。
この際、多少の被弾覚悟で突っ込むか。
頭上を通過していく弾丸を見やりながら、デイヴィットは銃を構え直し、腰を浮かせる。
ちょうどその時だった。
至近に『味方』の気配を感じた。
第三の銃声が響くと、黒い人影は床に崩れ落ちた。
一瞬何が起きたのか理解できず、銃を構えたまま立ち尽くすデイヴィット。
その前に靴音を響かせて現れたのは、他でもなく針ネズミ頭の研究員だった。
とりあえず銃を下ろし階段を降りる彼の目の前で、王樹は自分が撃った『敵』の手当てを始めた。
「……一応、僕は医者だからね。見殺しにする訳にはいかないだろ?」
王樹の言葉に、デイヴィットは内心を読まれたような感覚に捕らわれた。
追い打ちをかけるかのように、王樹は更に続ける。
「解んないかもね。ま、人間なんて、こういう矛盾の塊なんだけど」
手際良く止血を済ませると、王樹は手の甲で汗をぬぐう。
神妙な面持ちでデイヴィットはその様子を見つめていたが、見上げてくる王樹の視線に気付き、あわてて口を開いた。
「……いえ。それより遅くなってすみません。あの……」
「人質は全員元気だよ。問題は敵味方とも、いかに少ない出血量で脱出を成功させるか、だね。ところで君達、上で何人片付けたの?」
「二人です。……残念ながら、即死の可能性が高いですが」
「僕もこれで二人目。都合残りは八人倒す計算だね」
まあ、どうにかなるさ、とため息を付きながら、王樹は失神している籠城犯から通信機を外し、デイヴィットに差し出した。
「悪いけど、これ、君達が使ってる周波数に合わせて。エドは上にいるんだろ?」
「そうですが……一体どうされるつもりです?」
嫌な予感がする。
それを裏付けるかのように王樹はにっこりと微笑んだ。
「僕も混ぜてよ。君がどんなに優れた戦士だとしても、多勢に無勢なのは否めないし、人質ってハンデがある」
「それは、そうですが、でも……」
「おまけに、あんな派手に乗り込んで来るんだもの。敵さんはてぐすね引いて待ってるよ」
そうにこやかに告げられて、デイヴィットは返す言葉がなかった。
無言で通信機の調整を終えると、彼はバツが悪そうにそれを王樹に差し出した。
受け取るや否や王樹は笑みを収め、イヤホンをセットする。
そして通信回線を開いた。
「あ、エド? うん、僕だけど。具合はどう? そう、解った。うん、合流したよ。じゃ、すぐにそっちへ行けるよう努力するから」
ありきたりな会話を終えると、王樹はおもむろに壁の一点を指差した。




