前哨戦
窓の外、遥か彼方街の方向には無数の光が瞬いている。
ただしそれは無為に資源を食いつくすだけで、暖かみなど微塵にも感じさせない人工的な光である。
そして、夜と言う名の安息を忘れた人間達は、その光の下で寸暇を惜しんで動き回っているのだろう。
人間が炎を手に入れたのは、落雷や火山の噴火等々、自然災害による偶然がきっかけになったと言われている。
突然目の前に現れたそれを、彼らは神聖なものとして崇め奉り、絶やさぬように苦心したと考えられている。
その神聖な物が、今では簡単に作り出す事ができる。
それこそまったく苦労もせずに。
果たしてそれは、人間にとって『幸運』なことだったのだろうか。
そして、人間はどこまで『自然の摂理』と呼ばれる神秘の領域に、土足で足を踏み入れるのだろう。
窓に映る自らの顔に、王樹は苦笑を向ける。
こんなことを考えている彼自身が、既に『そこ』へと片足を踏み込んでいるのだから。
苦笑いを浮かべたまま、王樹は腕時計に目をやった。
今となっては彼の唯一の生命線と言ってもいいそれに。
機械的に時を刻み続ける文字盤を見つめながら、王樹は再び思考の波へと身を委ねた。
何故自分は、『彼』を信じようと思ったのだろうか。
初対面かつ、厳密に言えば『生命』を持たない『人形』である彼を。
「先生。時間切れだ。早いところ食堂へ戻ってくれ」
不意に、答の出ない思考は途切れた。
背後からかけられた無粋な声に、王樹は大げさに肩をすくめて見せる。
黒の目出し帽を被りレーザーライフルを構えた見るからに怪しい男が、いつの間にかそこに立っていた。
不機嫌な男を挑発するかのように、王樹は振り向くことなく、ひらひらと手を振った。
「了解。でも、何もそんなに急ぐ事はないんじゃない? ぱっと見た限り、命に関わる重病人はいないみたいだし」
それは、不幸中の幸いと言って良かった。
万一、動かせない状態の人間がいればこの計画は実行不可能だ。
「先生、あんた本当に医者かよ? 格好といい、その言い種といい……。重病人を出さないためにも、あんたらは危険を犯してここに来たんだろ?」
無論、重病人の発生は敵にとっても望まないことではある。
予想通りの男の反応に、暗がりで視界がきかぬのを良いことに王樹は薄笑いを浮かべた。
ありがたくも、あんたらの尻拭いをするために、わざわざ出向いてやったんだよ。
心中でそう嘲笑いながら。
が、それを収めると澄ました表情で王樹はようやく振り向いた。
「失敬。じゃ、ありがたくも皆様の崇高な使命のお手伝いをさせて頂きますか。改めて」
大量に毒と皮肉を含んだ言葉を吐き出してから、王樹はにっこりと笑う。
対して男は忌々しげに舌打ちをする。
まさにその時だった。
かすかに分厚い窓が振動する。
それは確実に大きく、そして次第にはっきりとしてくる。
同時にばらばらという規則正しい音が近付いてきた。
闇の中から響いてくるそれは、紛れもなくヘリコプターのプロペラ音だった。
「……な……っ!」
想定外の出来事に、男は茫然と立ち尽くす。
彼方からの機影が、次第にはっきりとしてくる。
窓の外の暗闇を、オレンジ色の光が切り裂いた。
防衛のために彼らが仕掛けていた自動発射式の地対空ミサイルが、獲物に向けて放たれたのだ。
光の筋が放物線を描き、中空で鮮やかな光と炎の花が咲く。
目の前で一体何が起きているのか理解できず、あんぐりと口を開けたままの男に対し、王樹は迅速に動いた。
逆光の中、王樹は身を屈めると、男に向かい突進した。
無防備なそのみぞおちに、右膝を叩きこむ。
バランスを失った男の襟首に、組んだ両の手を力の限り振り下ろした。
無機質な音が廊下に響くと同時に、男は床に倒れた。
その手を離れて転がった機関銃を、王樹は肩で息をしながら拾い上げた。
男が完全に失神しているか確認すると、王樹は銃を背負い、窓に向かい敬礼した。
「及ばずながら、僕も何とかするよ。エドにこれ以上無理させる訳にはいかないからね」
言い残すと、王樹は闇の中へ消えていった。




