出発
細かい砂煙が舞い上がる。
その原因は、目前に鎮座しているヘリコプターだった。
ほぼ長方形をした鋼鉄の塊は、曇り空にも似た色にカモフラージュされている。
大地と水平に配された二つのプロペラは、規則的に鼓膜を叩くような轟音を立て、乱暴に空気をかき回していた。
わずかに離れた所に、一人の男が立っていた。風に乱れる髪を直そうともせず、青ざめた顔でこちらをみつめているのは他でもない。
運悪く巻き込まれてしまった桐原だった。
おそらくこの人も、惑連に入局した当時は夢と希望に溢れ、故郷のために働くことに大きな喜びを感じていたのだろう。
その複雑な心中をおもんばかって、デイヴィットは頭を揺らす。
が、今はそんな感傷に浸っている時間はない。
「……お待ちしていました。ご希望の物は、あらかた揃えたつもりです。これでよろしいですか? 確認をお願いします」
硬い声で、桐原は告げる。
一つうなずくと、デイヴィットは万一の時に備え、充分に警戒しながらヘリコプターに近付く。
そこに待機していたのは、乗務員二人が搭乗した、最大三十人まで乗ることができる惑連軍の主力輸送ヘリコプターである。
もちろん人を乗せるのは帰り道だけなので、行きは空気を運ぶことになる。
しかし、それではあまりにももったいない。
「……機関銃に、光線銃、レーザーライフル。念の為、防弾チョッキも。機体に装備されている機関砲も、すべてフル充填されています。あと、ミサイルが二門……」
「自動目標追尾可能の物ですね?」
すべて、朝方の電話でデイヴィットが用意するよう依頼ていた物である。
確認するデイヴィットに、桐原は力無くうなずいた。
しばしの間、デイヴィットは火器の山を見つめていたが、おもむろにレーザーライフルを取り上げると、それをスミスに向けて差し出した。
「少佐殿は、これを。何より発射時の反動が無いので、お体には障りません」
一瞬の沈黙の後スミスはそれを受け取り、すぐに構えられるように背負う。
そして、わずかに唇の端を上げた。
「良ければブラスターも貸してくれないか? 何よりこれでは、小回りがきかなくて困る」
この期に及んでまで、この人は接近戦をするつもりなのだろうか。
その言葉に、ややためらったデイヴィットだったが、しぶしぶながら一丁のブラスターとエネルギーパックを差し出した。
理由は他でもない。言いくるめるだけの話術と時間がないと判断したためである。
そうこうするうちに、操縦士が窓から顔を出した。
出発時間が迫っている。
うなずいて返すと、デイヴィットとスミスはヘリコプターへと向かう。
「あ……あの……これで、この件で、私のことは……」
この時とばかりに叫ぶ桐原に、デイヴィットは向き直った。
「先ほどお約束した通りです。自分達はマルスにも、フォボスにも、テラの本部にも……」
「ただありのままを報告するだけです。作戦に対して協力してくれた、と」
やや毒を含んだスミスの言葉に、桐原は不安げな表情のまま口を閉ざす。
が、それが今回の取引条件だった。
今の桐原氏に残された道は、ただ一つ。
デイヴィット達が籠城している自称M.I.B.を制圧後、人質となっている人々を残らず無事に助け出し、このヘリコプターに乗せて何事もなく帰還することを祈る、これだけである。
が、そのような桐原の心の内はいざ知らず、期待をかけられている側は早々にヘリコプターに乗り込んでいた。
感傷などという余計な感情は元よりデイヴィッドには存在しない。
次第に大きくなるプロペラの音と共に、鋼鉄の長方形はふわりと垂直に浮き上がった。
宙港の上空を大きく旋回してから、それは彼方へと消えていった。
あとに残された桐原は、完全にその姿が見えなくなるまで呆然としながら見送っていた。
離陸してから三十分くらいたった辺りから、眼下に広がる景は建ち並ぶビル群から広大な農場へと一変した。
しかし、強化ガラスで四方を囲まれ商品作物を生産する農場は、農地と言うよりは工場と言う方がしっくりくる。
二十四時間、三百六十五日、コンピュータで日照時間、気温、湿度、養分、水分を管理された中で生産されるそれは、もはや『作物』ではなく『製品』である。
「……に、しても、味のほうはどうなんでしょうかね」
ライフルや銃を一丁ずつ確認しながら、デイヴィットは言った。
その手がわずかに震えているのは、機体を伝わってくる振動だけが原因ではない。
『造りモノ』とは言っても、デイヴィット達Dollsが不死身という訳ではない。
動力を制御する頭部プログラムチップや、動力源である胸部小型原子炉を破壊されれば、確実に終わる。
桐原が用意してくれた防弾チョッキを着込んではいるが、どこまで耐えてくれるか定かではない。
最悪胸部を撃ち抜かれた場合、当たりどころが悪ければ小規模な爆発が起きる可能性もある。
そんなことになれば事態を収拾するどころか、拡大してしまう。
だからこそ、こんな所でおしまいにする訳にはいかないのだ。
果たして、そのデイヴィットの思惑を、得体の知れない試験官氏はどのように判断しているのだろうか。
手にしていたライフルを下ろしながら、デイヴィットはその表情を盗み見る。
しかし、これまでと同じく、サングラスによってそれを計り知ることはできなかった。
「旋回します。ご注意ください」
その時、パイロットが叫んだ。
程無くして機体は大きく傾き、デイヴィットはあわててシートに手をかけ体勢を立て直す。
と、突然闇の中から光の点滅が浮かび上がる。
「前方、未確認建築物より発光信号です」
鋭いパイロットの声が、機内に響く。
デイヴィットは思わず身を乗り出して、操縦席の背もたれに取りついた。
「解読できるか?」
相変わらず冷静なスミスの声が、高揚したデイヴィットを引き戻す。
視線を凝らして、デイヴィットは光の点滅を見つめ、噛みしめるように口を開いた。
「……コノ度ハ惑連ノ寛大ナ配慮ニ感謝スル。貴君ノ善戦ヲ祈ル……。以上です」
返信しますか、とは口に出さず、デイヴィットはスミスを顧みた。
わずかにずれたサングラスを人差し指で直しながら、決断を迫られた側は薄笑いを浮かべる。
「まあ、最低限の礼儀を尽くす程度で良いだろう。今後のことを考えると」
「英断ニ感謝スル。フォボス及ビマルスノ和平ヲ切ニ願ウ。このぐらいでいかがですか?」
無難だな、とスミスがうなずくのを確認してから、デイヴィットは副操縦席に潜り込み、ライトのボタンを操作する。
その視界の先には、以後見ることはできないであろう敵の本部がある。
「……ついでだから、一発ミサイルを撃ち込んでおきたい、とでも言いたげな顔をしているな」
投げかけられたスミスの言葉に、デイヴィットは思わず振り向いた。
「……そりゃ、そうですよ。こんなに無防備な横っ腹を見せつけられているんですから。ですが……」
「それなりの打撃を与えることはできても、遠からずこの星は血に染まる。手始めはさしずめ、占拠されている紅リゾートかな」
「……理解されているなら、なぜそんなことを?」
「確認しただけだ」
が、そう口にしながらも、スミスは悪びれる様子はない。
そんなやり取りをするうちに、機体は大きく西に旋回し、ダミーから本来の目的地へと向かう。
落ち着け。
そう自らに言い聞かせながら、デイヴィットは大きく息をついた。




