再考、そして
「少ししゃべりすぎたようだな。そろそろ出発だ」
言いながらスミスは立ち上がる。
が、すぐにその手はふらつく身体を支えるため、ソファの背もたれにかけられていた。
骨折に伴う内出血がかなり激しいのだろうか。
痛みは薬で抑えることができるが、貧血ばかりはどうすることもできない。
一瞬のためらいの後、デイヴィットはおずおずと口を開く。
「あの……出撃に関しては、もう口出しはしません。ですが、出撃前に一度、正式に治療を受ける訳にはいきませんか?」
「言っただろう? 少ししゃべりすぎたようだ、と。残念ながらその時間は残されていないし、残されていたとしてもそのつもりは無い」
試験官氏のあまりの頑固さに、デイヴィットは気付かれないように深々とため息をついた。
思いの外『除籍問題』について熱く語りすぎてしまったようで、いつの間にか太陽は傾きかけている。
フォボスの空港までの移動時間を考えると、確かにそろそろ出発しなければならない頃合いだ。
しかしデイヴィットはなんとかスミスを危険にさらさない方法は無いかと、未練がましく再考する。
仮に、桐原と落ち合う時間に多少の遅刻をしてでもスミスを無理矢理病院へ引きずって行ったとしよう。
その場合、たとえデイヴィット単独で人質の解放に成功したとしても、上官の命令に違反したのだから下される評価が『不合格』とされる可能性が大いにある。
痛み止めと偽って睡眠薬を服用させて穏便に観覧席に着いてもらったとしても、やはり結果は同じだろう。
そして、この突入作戦でスミスが今以上の負傷を負ったり最悪死亡した場合には、おそらく『上官の助言を無視し無理な作戦を立案、実行した』として、間違いなく『不合格』になるだろう。
どちらにしても彼を待ち受けているのは不合格、『除籍処分』……つまりはスクラップ行きである。
八方塞がりだ。
立ち尽くすデイヴィットは、諸悪の根源……もとい頭痛の種である当の本人から肩越しに見つめられていることに気がついた。
さてどうする、とでも言わんばかりのスミスからの視線を受け止めながら、デイヴィットは現状を大まかに再分析した。
試験官氏がこれだけの大怪我を負った時点で、評価はマイナスへ大きく傾いているだろう。
だとすると、よほどのことがない限りプラスに持ち込むことはできない。
どうせ処分されるのであれば、少しでも残された『命』を有効に使いたい。
そのためにはやはり、人質解放を成功させるしかない。
デイヴィットがその結論に達した時、目前のスミスがおもむろに口を開いた。
「結論は出たかな?」
色の濃いサングラスを通して投げかけられた探るような視線に、デイヴィットは力強くうなずいた。
「はい。ですが、一つだけお願いがあります」
わずかに首をかしげるスミスに、デイヴィットは淀みなく答えた。
「これは、自分に与えられた課題です。突入から救出までの一切を、自分の一存に任せて頂けませんか?」
「と、言うと?」
わずかに首をかしげるスミスの視線を受け止めて、デイヴィットは躊躇なく言い切った。
「少佐殿には、自分の援護と脱出してきた人質の誘導をお願いしたいのです。前線……内部への突入は、自分一人で行います」
揺らぐことのないデイヴィットの視線に、スミスの表情はふっ、とゆるんだ。
果たして帰ってきたのは、予想外の言葉だった。
「では、ありがたく高見の見物をさせて頂くとするか」
あまりにもあっさりと自分の意見が受け入れられたことに驚き、デイヴィットは数度瞬く。
けれどすぐに我にかえると、謝意を示すため深々と頭を垂れた。
そしてすぐさま台所へ向かうと、スミスの服薬用のミネラルウォーターと、いくばくかの行動食を取り出しバックパックへ詰めた。
宇宙港へ向かう無人タクシーの中で、食べそびれてしまった食事をとってもらおう、との心遣いだった。
「……準備はできたかな?」
「はい、すぐに行きます」
すでにスミスは玄関へと移動していた。
慌ててデイヴィットは立ち上がり、その後を追う。
そして、『初陣』に向けてデイヴィットは足を踏み出した。




