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最初の任務  作者: 内藤晴人
Ⅰ 稼働初日
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試験官氏の謎

「……発端はMカンパニーの強引な進出とも言われています。行政面だけでなく経済的圧迫が甚だしくなったことにより、不満分子の暴走に拍車がかかったとも考えられます」

 

 惑星連合本部のあるテラから『一騒動起きた』フォボスへ向かうには、まず母星たるマルスに赴き、船を乗り継がなければならない。

 そのマルス行きの船内で、スミス少佐は『彼』に対しマルスとフォボスの政情を説明するように求めた。

 彼の返答を肯定するように一つうなずいてから、スミス少佐はおもむろに口を開いた。

 

「で、その不満分子を背後から煽っているのは? デイヴィット・ロー中尉」

 

 一方的に説明を求めておきながら、素っ気なくスミス少佐は尋ねる。

 その質問の末尾に申し訳程度に付け足されたのが、彼に与えられた『名前』である。

 

 それにしても。

 

 薄暗い宇宙船内であるにもかかわらず、この『試験官』氏は相変わらずサングラスを外す気配はない。

 愛想のない口調も手伝って、有能な情報局員と言うよりは、むしろ裏の世界を知りつくした工作員といった様相である。

 

 一体何者なのだろうか。

 

 が、それ以上の分析を試みるのには、未だデータが足りない。

 とりあえず思考回路を停止させてから、デイヴィットは言葉をついだ。

 

「当人達は衛星ルナで反惑連活動を行っているI.(イレギュラー)B.(ブレイン)との共同戦線であるとの主張から、M.(マルス)I.(イレギュラー)B.(ブレイン)を名乗っていますが、その信憑性は定かではありません」

 

 教科書通りの彼の返答に、試験官氏は再びうなずいた。

 だが、それが期待に添えた物だったかは定かではない。

 またしてもサングラスにより、表情が遮られてしまったからだ。

 

「信憑性が薄い、と判断した理由は?」

 

 そのサングラスを突き抜けて、鋭い視線と予想だにしない質問をスミスは投げ掛けてきた。

 一方、受ける側は突然のことに二、三度瞬きをした。

 無理もない。彼に与えられた情報は、あくまでも今までの調査の積み重ねによって導き出された『結果』であり、判断の材料ではない。

 沈黙を続ける彼に、スミスは唇の端をわずかに上げた。

 初めて見る表情の変化に、彼は姿勢を正す。

 それを確認してから、スミスは切り出した。

 

「そこで必要となるのが『経験』の積み重ねだ。場数を踏めば物事を判断する材料も、推測する事例も増える。君らには幸いなことに、それが可能だ」

 

 その言葉に、おや、と彼は首をかしげた。

 経験の蓄積は、本来『ヒト』のお家芸ではないか。

 それなのに何故、この人は他人事のように言うのだろう。

 そんな彼の混乱を見透かすように、スミスはさらに続けた。

 

「何より、見た目に惑わされぬことだ。外見から得られる情報のみに頼れば、必ず足をすくわれる」

 

 神妙な面持ちで、彼はうなずき同意を示した。

 そして、早速実践すべく、彼は当人に気付かれないよう、試験官氏の再分析を開始し、そしてあることに気が付いた。

 まず、自分はその強烈な初対面時の印象に囚われていた、ということ。

 声の調子から判断するに、『冷酷』と言うよりは『冷静』の部類に入る。

 いや、正確に言えば声に『感情』と言うものが感じられないのだ。

 意図的にそれをコントロールしているのだろうか。

 だとしたら、これが経験値の違いということか。

 

 妙に納得した時、不意に船内の照明が落とされた。

 反射的に天井を見上げる彼に、試験官氏は言った。

 

「夜間シフトに入ったようだな。しばらく休憩するとしようか」

 

 言い終わるなり、試験官氏はシートを倒した。

 どうやらしばらくの仮眠を決め込んだらしい。

 取り残された側は手持ちぶさたにしていたが、隣の試験官氏の呼吸が穏やかな物になっているのに気付き、改めてその顔を観察することにした。

 相変わらずのサングラスである。

 眠る時くらい外せば良いのに、などといらない心配をしながら、彼はふと、それを外してみたいという衝動にかられた。

 サングラスを見つめること、しばし。

 デイヴィットの中で、分析の材料のために、些細なことでも情報を集めたい、そんな欲求が生まれた。

 ヒトで言うところの『好奇心』が、理性を司る思考回路を上回った。

 細心の注意を払い、デイヴィットは隣の席ですっかり眠っている試験官氏の顔を初めて至近距離で見つめる。

 そして遂にそのサングラスに手をかけようとした時、予想外の物がデイヴィットの視界に飛び込んできた。

 

 丁度眉間の辺りだろうか。

 遠巻き、もしくは横顔しかまともに見ていなかったためずっとホクロだと思っていた『それ』は、至近距離の真正面で見て初めて極めて小さな傷痕であるとわかった。

 形状を見る限り、それは切開を伴う手術跡ではない。

 だが、彼は自ら導き出したその結論を『エドワード・スミス少佐』と言う名のフォルダに放り込むのをためらった。

 万一、導き出した仮定が正しかったとしても、脳のこの位置を手術する必要性がある病名を、彼は自己のデータベースから見つけ出すことができなかったのだ。

 何より、急所に近い位置からリスクをおかしてまで手術をする必要性があったのだろうか。

 

 全てが、解らない。

 

 謎に包まれた自分の試験官氏を、彼は未だ掴み切れずにいた。

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