決意
そして二日後、デイヴィットは人通りの少ない繁華街を一人歩いていた。
今回王樹から指定された待ち合わせ場所は、フォボスのガイドブックに載るほど有名なカフェだった。
隠密行動を取らなければならない時に、いかがなものか。
加えて、果たしてこのような状況で営業しているのだろうか。
けれど浮かび上がった疑問は、杞憂に終わった。
白い大きなパラソルが広げられたオープンテラス席に陣取っていた王樹は、デイヴィットの姿を認めると、立ち上がって大きく手を振った。
「どうしたの? 元気ないじゃない」
「……この状況下で元気を出す方が難しいですよ」
ため息混じりにそう言うと、デイヴィットは椅子を引き深く腰をおろし、テーブルの端末にオーダーを打ち込む。
無人の電動カートが運んできたコーヒーを受け取るデイヴィットを、王樹はまじまじと見つめる。
何事かと首を傾げるデイヴィットに、王樹は頬杖を付きながら言う。
「ごめんごめん。本当、君の素性を知ってるのに、どうしても信じられなくて。僕らとまったく同じように見えるから」
「ですが……自分たちを造ったのは、紛れもなく貴方がたではないですか?」
「僕? 悪いけど、僕はメンテ専門なんだ。ちょっとヘマをして、開発製作部門からは外されちゃって」
ヘマ、という単語を耳にして、デイヴィットは眉根を寄せる。
その反応に王樹は苦笑を浮かべる。
「エドの事なら大丈夫だよ。心配しないで。ᒍに恨まれたくないし、何よりエドは尊敬すべき先輩だから」
言ってしまってから王樹はあわてて口をつぐみ、視線をそらす。
だが、時既に遅し。
「失礼ですが、今何て……? 少佐殿は、一体……」
じっと王樹を見つめるデイヴィット。
どうやらあきらめてくれそうにない。
そう王樹は観念したらしい。
決まり悪そうに視線を外したまま、口を開く。
「僕もあまり詳しくは知らないんだけど、元々は研究員だったらしい。でも、医療スタッフじゃなくてプログラミング畑の方。……本人がいない所であれだから、ここまでで許してくれるかな」
珍しく真剣な様子の王樹に、デイヴィットはうなずいた。
確かに今の状況は、あまり行儀の良い物ではない。
しかし、黙として動かないデイヴィットに、王樹は両手を挙げて見せた。
「僕がやらかしたヘマは、君の先輩の性格設定。ちょっとした好奇心で基本設定に手を入れたら、不具合が発生しちゃって。作戦が一つ、おじゃんになりかけたんだ」
「……はあ……」
あまりにも明るく告白され、デイヴィットは返す言葉を失う。
あきれ果てると言うのは、まさにこんな状況のことなのだろう。
デイヴィットは口には出さず、そう分析した。
とりあえず場をとりつくろうために、カップを持ち上げる。
そのタイミングを見計らって、王樹は改めて切り出した。
「敵さんと折り合いが付いたんだ。今日の夕方に入ることになる」
突然の展開に、デイヴィットはコーヒーをテーブルに戻し、まじまじと王樹を見つめる。
その顔には、いつもの茶化したような笑みはない。
反射的にデイヴィットは、背筋を伸ばす。
自らのカップを口許に運んでから、王樹は続けた。
「中に入ったらすぐ、僕の居場所を君に知らせる。確認したら頃合いを見て、エドと一緒に突入してほしい」
「ですが、どうやって? 外部とはそう簡単には連絡取れないですよね」
「君は、セカンドナンバー以降の『仲間』の居場所をサーチできるんだよね?」
探るように見つめてくる王樹に、デイヴィットはうなずいた。
セカンドナンバーとは、デイヴィットと同じく遺伝子工学を用いて作製された『人工生命体』である。
初期には脳死体を用いて作製された『ファーストナンバー』と呼ばれる物も存在するが、現存しているのは僅か一体なので、ほぼ全ての『doll』を把握できると言っても過言ないだろう。
しかし、こんな時に何故そんなことを気にするのだろうか。
割り切れない物を感じながら、デイヴィットはうなずいた。
「ええ、特殊な周波数を使って。ですが、それと今回の件が、何か……?」
「僕は今回、こんな物を借りて来た」
言いながら王樹は、自らの左腕を指差した。
その手首には、無骨な腕時計が鈍い光を放っている。
何事かと目を丸くするデイヴィットの前で、王樹はおもむろに龍頭を押す。
その刹那、デイヴィットの顔に緊張が走った。
紛れもなく『仲間』の存在である。
その座標が示すのは、彼の真正面。
無論そこでは、王樹が笑みを浮かべている。
「一体……?」
「発信器。とりあえずこの星には、この周波数を拾えるのは君しかいないし、発信できるのは僕しかいない」
事も無げに種明かしをしてから、王樹はにっこりと笑った。
「……これが最後の確認になるけど、この行動は今回君に課せられた命令からは外れてる。仮に失敗すれば、犠牲者が出るのはもちろんのこと、『君』は確実に終わる。それでも決行する?」
わずかに細められた瞳は、まっすぐにデイヴィットに向けられている。
やや、間を開けてから、デイヴィットは噛み締めるように言った。
「ホテルが崩壊した時点で、自分の命運は終わっていると理解しています。ですが、一つだけ……」
「エドの事なら、心配ない。彼はあらゆる可能性を想定した上でこの任務についているんだから。それに……」
「それに?」
聞きとがめ、デイヴィットは首をかしげる。
が、王樹は何故か視線を泳がせた。
「いや、何でもない。今回の一件は、君のヤマだ。君がそう決断したなら、僕があれこれ口出しすることはないよ」
彼にしては少々歯切れの悪い言葉を口にして、王樹はおもむろに席を立った。
が、テーブルの端末にカードを通して二人分の精算をすませると、茶目っ気たっぷりに片目をつぶって見せた。
「じゃ、そういう事で。絶対に拾ってね。僕はまだ死にたくはないから」
言いながら王樹は、紙袋を取り出しテーブルの上に置く。
何事かとそれをのぞきこむデイヴィットに、王樹は決まり悪そうに言った。
「悪いけど、これ、エドに渡してくれないかな。時間的にそろそろ限界だと思うから」
紙袋の中身は、ゼリー状栄養補助食と、色の濃いサングラス。
「待っ下さい! あの……」
中身に気を取られていた間に、王樹は歩み始めていた。
あわててデイヴィットはその背中に声をかける。
が、その姿は人波に飲み込まれ、見つけ出すことはできなかった。
そして、日は暮れた。
テレビはどこを見ても、大々的に『星をまたぐ医師団』が紅リゾートホテルへ吸い込まれていく様子を繰り返し流している。
その一団の中に、件のサボテン頭を見つけたデイヴィットは反射的に息を飲んだ。
「どうかな? 予定通り進んでいるようだが」
頭上を通過していく突然の声に、デイヴィットはテレビから視線を転じる。
戸口には、見る者に冷たい印象を与える笑みを浮かべたスミスが壁に体重を預けた姿勢で立っていた。
言うまでもなくその顔には、王樹からの差し入れであるサングラスが光っている。
事件発生以来、一見穏和な素顔を見慣れていたため、改めてその印象の変化にデイヴィットは驚かされた。
もっとも、これから不幸で気弱な捜査官氏と交渉を一つまとめなければならないので、どちらかと言えば喜ばしいことなのかもしれないが。
「先程、入っていく所を確認しました。直接連絡は、まだ受けていませんが」
そう答えながら、デイヴィットは紙袋から取り出した栄養補助食のパックを開け、歩み寄るスミスに差し出した。
「これも研究員からの差し入れです。少しでも召し上がって下さい。それから薬を……」
その言葉をスミスは手を上げて、やんわりと制する。
と、中途半端な体制で固まったデイヴィットの手からパックを受け取ると、スミスはそれに口をつけながらソファに腰をおろし足を組む。
一連の動作は流れるように自然で、淀みは無い。
安堵の息をつき、デイヴィットは積み上がっていた資料の中から、病院の図面を引っ張り出す。
いつ王樹から連絡が来ても良いように。
そして……。
「着信、来ました。場所、最上階展望レストランです!」
その言葉に、スミスは唇の片端を上げた。
「作戦開始、だな」
 




