来訪者
扉が閉まると同時に、車は静かに走り出す。
同時にデイヴィットはおずおずと切り出した。
「あの……貴方と少佐殿は……」
「とりあえず、僕がテラに入局した時にはもうエドは動いていた。ᒍ……君たちの生みの親、情報局主席技術士官ジャック・ハモンド氏を介して知り合ったんだけどね」
先回りして答える王樹に、デイヴィットはうなずいた。
「じゃ、研究員っていうのは……」
「そ。一応情報局勤務。今回は君たちのサポートで入っていたんだけど、まさかエドから救難信号がくるとは思わなかった」
「救難信号、ですか? それは一体……」
どういうことですか、と言おうとしたデイヴィットの口に、王樹の人差し指が突き立てられる。
口ごもるデイヴィットに、王樹は今までの笑みを消し、神妙な口調で告げた。
「僕が情報局付き研究員で、かつᒍの部下だと言えば解ってもらえると思うけど。ヒントとして、僕は医師免許を持ってる」
「では……」
「エドの具合は、どうなのかな?」
すい、と目を細めて問いかけてくる王樹の顔を、デイヴィットは正視できなかった。
行き場を失った視線を窓の外にそらしながら、デイヴィットは小声で答えた。
「……軽く見積もって、複雑骨折です。正直、自分は、廃棄処分されるのを覚悟しています」
「エドがそう判断してたら、君はとっくの昔に頭を撃ち抜かれてるよ。救いようの無い奴に付き合うほどエドは気が長くないし、未練がましく退避してまで生き残ろうなんてまず考えない」
確かにそうかもしれない。
今までのスミス少佐の発言及び行動パターンを再構築し、デイヴィットは納得した。
無意識のうちに変化する表情を読み取ったのか、王樹は再び微笑を浮かべる。
「君の今までの行動を見る限り、及第点に達してると思うよ。もっともこれからどうなるかは、君の行動とエドの判断次第だけどね」
明るくそう告げられて、デイヴィットは自分の思考回路が暗い方向に落ちて行くのを理解した。
まだ何も終わっていない。
早い話がそういう訳だ。
そうこうするうちに、車は静かに止まった。
扉が開くや否や、王樹は飛び出すように路上へと降り立つ。
「さ、着いたみたいだよ。案内してくれるかな?」
そうにっこり笑う王樹が持っているのは、純白の翼なのか、はたまた先の尖った黒い尻尾なのか。
デイヴィットにはまだ、見えてこなかった。
※
招き入れられた部屋に一歩足を踏み入れるなり、王樹の顔から笑みが消えた。
再会の挨拶もそこそこに、王樹は医師の表情を顔に貼り付けてスミスの様態を診ている。
しばらくの間難しい顔をしていたが、その視線が戸口に立つデイヴィットのそれとぶつかると、サボテン頭に手をかけながら王樹は告げた。
「見事なまでの粉砕骨折だね。うまいこと骨が固まったとしても、切れた神経つなぐのは面倒だから、丸々腕移植したほうが手っ取り早いかも」
そうですか、とうつむくデイヴィットに対し、当の本人は予想していたのだろうか、いつもの斜に構えた笑みで応じた。
「それで……後どのくらいごまかしがききますか?」
その言葉に、デイヴィットははっとして顔を上げて王樹を見つめる。
相変わらず難しい表情を浮かべたまま、王樹は口を開く。
「うーん、僕が見る所、長くて一週間もつかどうか、だね。長期戦になると厄介だから、動くなら早い所動いた方が良いね」
今僕にできるのはこれだけだけど、と言いながら、王樹は何種類かの薬と人造皮膚の手袋を取り出した。
錠剤は鎮痛剤と抗生物質、手袋は万が一壊死が始まった場合に対応する物であることは、デイヴィットにも理解できた。
言葉も無くじっと床を見つめるデイヴィットに、王樹は苦笑を浮かべながら言う。
「そんな顔をしなさんな。あの惨状、さっき見ただろ? とりあえず生きていただけでもめっけもんだよ」
「確かに研究員殿の言う通りだな。我々は運が良かったようだ」
珍しく優しい試験官の言葉に、デイヴィットはあわてて首を左右に振った。
「我々、ではなくて、貴方の運が良かったんですよ。……自分は所詮『作りモノ』ですから、『運』なんてあるはずがないでしょう」
だが、自嘲にも似たデイヴィットの言葉に、返答はなかった。
そのまましばしの間、沈黙が続く。
それを打ち破ったのは、陽気な研究員の声だった。
「で、これからどうしようか。敵さんの動き、どのくらい解ってるの?」
投げ掛けられたその言葉に、デイヴィットはあわてて姿勢を正した。
「……犯行声明は、まだ出ていません。三つの分派のうちどこが動いたのかも、現時点では不明です。後、籠城している部隊も動く気配はありません」
確認を求めるかのような視線をデイヴィットから向けられて、スミスは右手を顎にあて、しばし考えこむように足を組み直す。
そしてふと何かを思い付いたのか、視線を王樹に転じる。
静かな威圧感に、さすがに王樹の顔から笑みが消えた。
「何? 怖い顔して」
「『星をまたぐ医師団』は、今回どう動きますか?」
耳慣れない単語に、デイヴィットは両者を交互に見やった。
『星をまたぐ医師団』。
それは、政治や思想に捕らわれることなく、傷病者がいる所──主に内戦地帯や災害現場──に医療スタッフを派遣する、という非営利団体である。
果たしてそれが、王樹とどう関係があるのだろうか。
訳が解らない、とでも言うように王樹を見つめるデイヴィット。
それに対し、王樹は肩をすくめて見せた。
「あ、それ、僕の裏の顔。惑連職員って名乗ると、入管で色々まずいことがあるからね。仕事休んで活動参加の為来ましたって言う方が、チェックが甘口になるんだ」
言いながら片目をつぶって見せると、王樹はスミスに向き直った。
「今、最終的な参加者の調整付けてるとこ。先方と折り合いが付き次第入る手筈になってる」
「研究員殿は、どうされます?」
「もちろん同行するよ。陣頭指揮取るはずの奴が、本業の都合で来られなくなって。ま、こっちにしてみれば、棚ボタだけど」
明らかにこの研究員殿は状況を楽しんでいる。
その事実に気が付いて、デイヴィットは気付かれないように深々とため息をつく。
そんな彼をよそに、得体の知れない捜査官と陽気な研究員は、勝手に話を進めていた。
「……と言う訳だ。後日、改めて接触を頼むとしようか」
突然話を振られて、デイヴィットはあわてて顔を上げる。
視線の先には、いたずらっぽい笑みを浮かべた王樹と、無表情なスミスの顔があった。
どうやら、もう手に負えない事態になってしまったらしい。
腹をくくるとは、こういう事なのか。
デイヴィットは、妙に納得していた。




