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最初の任務  作者: 内藤晴人
Ⅴ 潜伏

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15/30

接触

「一つ、頼まれてくれないか?」

 

 フォボスの惑連支局で桐原が色を失っている頃。

 テラからの荷物に入っていた白いシャツと折り目が付いたスラックスに身を包んだエドワード・スミス少佐は、テレビニュースをBGMに新聞を見つめるデイヴィット・ロー中尉待遇に向かい、おもむろに切り出した。

 突然のことに首を傾げるデイヴィットに、スミスは淡々と続ける。

 

「ある人物と接触してほしい。可能であれば、ここに招き入れてもらいたい」

 

「ですが、ここは情報局の機密施設でしょう? そんなこと……」

 

「その点は、安心してもらっていい」

 

 わかりました、と答えてから、デイヴィットはテレビの電源を切り立ち上がった。

 こちらも荷物に入っていたデニムのパンツにフライトジャケットを羽織ったその姿は、一つにまとめた長髪も手伝って『惑連関係者』と思う人間はまずいないだろう。

 

「で、自分はどこに出向けばよろしいのでしょうか。先方のお名前とか……」

 

「彼もこちらに来てから日が浅く、地理には明るくない。一番わかりやすい場所を指定してきた」

 

「わかりやすい場所、ですか?」


 首をひねるデイヴィッドに、スミスは事も無げに告げた。

 

「あの事件現場だ。ついでに様子をうかがってきてくれるとありがたい」

 

「……はあ」

 

 異議を唱えても、受け入れられることはないだろう。

 顔を隠すようにキャップを目深にかぶると、デイヴィットはさらなる厄介事を命令されないうちに部屋を出た。

 

      ※

 

 人通りは少ないが、街は早くも平静を取り戻しているようだった。

 日々テロの恐怖にさらされていると、人間の感覚はここまでマヒしてしまう物なのだろうか。

 そんな分析を行いながら、デイヴィットは脳裏に浮かぶ地図に従って足を進めた。

 どこかすすけた市街地を歩くこと、しばし。

 高層ビルが建ち並ぶ中、突然ぽっかりと視界が開けた。

 彼らが滞在していた、あのホテル跡地である。

 周囲には非常線が張り巡らされ、まだ関係者しか立ち入ることはできない。

 が、フォボス駐留の惑連軍や消防、警察が入り乱れて右往左往しているのは、遠目にも見て取れた。

 跡地はというと、無数の鉄骨が地表から突き出しており、事件の凄惨さを物語っている。

 よくよく足元を見てみると、そこかしこにホテルの残骸と思しき小さなコンクリートの破片が転がっていた。

 この様子では、桐原氏はさぞや困っているだろう。

 そうデイヴィットが確信した時だった。

 

「君が、No.21? もとい、エドの生徒さん?」

 

 前触れもなく背後から、しかも略称で声をかけられ、デイヴィットは息を飲んだ。

 その声紋は、自分が今まで接触した人物の中には入っていない。

 果たして、一体誰が。

 恐る恐るという形容詞そのままに、彼はゆっくりと振り向く。

 そこに立っていたのは、スーツ姿の男だった。

 短い髪はサボテンの針よろしく逆立てられ、口元には微笑が浮かんでいる。

 が、眼鏡の奥で光る目は笑ってはいなかった。

 

「……失礼ですが、貴方は?」

 

 用心深くデイヴィットは問う。

 が、男は表情を崩そうとはしない。

 はりつめた沈黙が続くこと、数秒。

 ようやく男は内ポケットからIDカードを取り出した。

 

「失敬。名前聞くならこっちから名乗らなきゃマナー違反だね。僕はこういう者。で、君は〇二一・〇・〇二一であってる?」

 

 デイヴィットは示されたIDカードを見つめ、そこに記された職員番号と氏名を検索する。

 

 覇王樹バ・ワンジュ

 役職は主任研究員。

 

 カードの写真と、目の前にいる本人、そして職員名簿上の顔。

 それらすべて合致するのを確認してから、デイヴィットはうなずいた。

 

「ええ……。ですが、今は……」

 

「デイヴィット・ロー。階級は中尉待遇。合ってるかな?」

 

 言いながら、男……王樹はにっこりと笑う。

 スミス少佐とも桐原捜査官とも異なるその行動パターンに戸惑いながら、デイヴィットは尋ねた。

 

「あの……どうして自分だとわかったんです? それと、少佐殿と貴方は……」

 

「長い尻尾があるって、エドが言ってたからさ。遠目に見ても、すぐわかったよ。エドとは、ま、古い付き合い。そんな感じかな」

 

「尻尾、ですか……」

 

 言いながらデイヴィットは、一つに束ねていた長い髪を背後にはねのけた。

 的確な表現であるだけに、反論はできない。

 しかし、あの得体の知れない試験官氏に、円滑な人間関係なるものが形成できるとは。

 そんなデイヴィットの戸惑いを察したのか、王樹は片目をつぶってみせた。

 

「納得いかない? 僕がエドと知り合いだってこと」

 

「……ええ、まあ、正直な所……」

 

「了解。そりゃあ無理もないね。エドはあんな感じだから」

 

 詳しくは車の中で、と言いながら王樹はキビスを返し、付いてこいと言わんばかりに歩き出す。

 あわててデイヴィットがその後を追うと、そこにはに無人タクシーが止まっている。

 扉に王樹がクレジットカードを通すと、それは音もなく開いた。

 

「乗って。通行履歴は残らないようにしてあるから」

 

 引きずりこまれるように助手席に座らされたデイヴィットは、慎重に潜伏先の近くを行き先に指定した。

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