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最初の任務  作者: 内藤晴人
Ⅳ 逃避行
14/30

困惑

 連日の超過勤務に、桐原はぼんやりとした頭を揺らしながらデスクに着いた。

 その上には、無数の資料が山積みになっている。

 片付けても一向に小さくならないそれを見つめ、彼はため息をついてから端末機に向かった。

 次々と行方不明者が死者となって発見されているにも関わらず、一番見つかってほしい肝心の人物が見つからない。

 遺体の損傷が激しくなってきたため、歯形やDNAのデータを関係各所に問い合わせ、照らし合わせる日々が続く。

 ホテルを崩壊に導いたミサイルは、客人の滞在する部屋の至近を撃ち抜いたらしいという検証結果が上がってきている。

 これまで二人の遺体が見つかっていない以上、早々にテラ本部に両者のDNAデータの照会を行った方がいいかもしれない。

 そう決断して、桐原は大きくため息をついた。

 そして、ふと彼はあることを思い立った。

 暗い視線を端末機に落としながら、桐原はキーボードを叩く。

 アクセス先は、クリムゾン・エクスプレス。

 言うまでもなく、M.カンパニー資本の大手宅配会社である。

 目的は、行方不明となっている『客人』の荷物の所在を確認することだった。

 万一の場合、せめて荷物だけでも遺族に返したいとの思いが働いたのだ。

 しかし……。

 

──お問い合わせのお荷物は、受け取り済みになっておりますが──

 

 画面に現れた平均的な美人は、桐原の問いかけに対して機械的かつ事務的に答えた。

 思いもかけない言葉に桐原は息を飲み、寝不足で充血した目を見開いた。

 

「……受け取り済み……ですか? それは一体、誰が……」

 

──失礼ですが、そのご質問は、正式な捜査令状に基づく物でしょうか?──

 

「いえ、それは……」

 

 思わず口ごもる桐原。

 無理もない、彼は個人的に動いてていたのだから。

 無論、上申すれば捜査令状は降りるだろう。

 だが、今回の件に関しては言い知れない後ろめたさを感じ、それができずにいた。

 

──ですと、これ以上は当社の個人情報保護ポリシーに抵触しますので、お答えできません──

 

 一方的にそう告げると、女性は深々と頭を垂れる。

 取りつく島もなく、桐原は渋々回線を切断した。

 苛立ちを声に出すことなく、桐原は乱暴に頭をかき回す。

 奇異な物でも見るかのような同僚からの視線に、彼は小さく舌打ちした。

 と、ささくれだった彼の感情を煽るように、内ポケットの携帯電話が震えた。

 またしても非通知からの着信である。

 悪い予感は的中し、件のくぐもった声が桐原の耳へと流れこんできた。

 

──やあ、どうやら一段階ついたみたいじゃないか。警戒体制が一つ下がったところを見ると──

 

 この会話を聞かれてはまずい。

 

 咄嗟にそう判断し、桐原は背中に無数の視線を感じながら席を立ち事務室を出た。

 目指す所は、人気の無い非常階段である。

 

──一応、三人には釘を刺しておいた。けど、手を下したかどうかまでは聞いちゃいないけどな──

 

 その間にも、先方は尋ねてもいないのにべらべらと話し続ける。

 高い靴音を立てながら、桐原は小走りに廊下を移動した。

 目指す場所にたどり着くと、桐原は手すりに体重を預けながら答える。

 

「いい加減にしろ! 一体貴方がたは、どれだけの騒動を引き起こし、人命を奪えば……」

 

 切羽詰まった桐原の悲鳴にも似た声に、答えたのは嫌味に満ちた含み笑いだった。

 

──お言葉を返すようだけど、桐原さんよ。ならあんたらは何なんだ? 特定の企業やテラにばかり媚びへつらって。底辺で苦しんでる人間の声は一切聞かないくせに、仰々しく中立機関だとほざきやがって。少しおかしくはねえか? え?──

 

 その問いに、桐原は返す言葉がなかった。

 何故なら、その言葉こそ桐原が常々抱いていた答えの見つからない疑問だったからだ。

 唇を噛み、床に目を落とし黙りこむ彼をよそに、声はさらに続いた。

 

──……ま、とりあえずボスは、今回の件から手を引いた。これ以後は跳ね返りが何をしても、知ったこっちゃない──

 

 その言葉に、桐原の顔から血の気が引く。

 取りすがるように電話を両手で掴みながら、彼は問うた。


「待て! 紅リゾートの人質はどうなる? 彼らは……」

 

──ボスは出来る限りのことはした。後は当事者次第だな。……あまり無理をすんなよ。それと、これはルナの大ボスからのネタだが、『お客様』はタダ者じゃないみたいだ。じゃあ──

 

 わずかながら同情の念を含んだ言葉を最後に、電話はいつものごとく一方的に切れた。

 切れかけた蛍光灯が、桐原の胸の内を示すかのように、不規則なリズムで点滅する。

 

 落ち着け、と桐原は心中で繰り返す。

 深々と息を吸う度、冷静さを取り戻す。

 と、ある言葉がまざまざと浮かび上がってきた。

 

 『お客様』はタダ者じゃない。

 

 彼は確かにそう言った。

 それは一体どういうことなのか。

 

 新たに生まれた疑問と恐怖とが、桐原に取りついて離れなかった。

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