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最初の任務  作者: 内藤晴人
Ⅳ 逃避行

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13/30

アジト

 小さなキッチンに、ベッドルーム。

 広いリビングに据え付けられているテレビの他に、生活に必要な最低限の電化製品や家具類は揃っている。

 どこにでもある、短期滞在型マンションの一室だった。

 

「ここの資本はテラの大会社で、大株主にはテラ惑連OBが名を連ねている。少なくとも、あの地下にいるよりは安全だ」

 

 そうですね、とうなずくデイヴィットをよそに、スミスは端末機が無事か確認してくれと言い残しベッドルームへと消える。

 解りました、と答えてからデイヴィットはとりあえずリビングのテーブルに鞄を置き、中身を丁寧に取り出した。

 電源が入る所までは確認できたが、すぐにパスワードの入力を求める画面が表示されそこから先に進めない。

 スミスの抜かりなさに呆れながら彼は、情報統制の有無を確認するという建前でテレビをつけた。

 時間は昼下がり。

 時間的には昼休みの会社員向けバラエティー番組や、昼食中の主婦層を狙ったワイドショーが並ぶ頃合いだ。

 しかし、予想に反してどこのチャンネルを回して見ても、ホテル爆破事件のニュース一色に染まっていた。

 どうやかなりの死者が出、彼ら以外にも行方不明になっている人が存在するらしい。

 

「……可能性として、組織内の意見不一致かな。急進的な分派の一つが、主流派の動きに業を煮やし暴発した。それが無難な所だろう」

 

 隣のベッドルームから、スミスの声が聞こえてくる。

 壁と扉を隔てた会話を妨げぬよう、デイヴィットはテレビの音量を絞った。

 

「すべてがM.I.B.の手の内で行われた、という訳ですか? だとしたら、我々は茶番に付き合わされたようなものですね」

 

「まったく良い道化だ。どう転んでも、奴らが消える訳ではないからな」

 

 相変わらずの毒舌に、デイヴィットは閉口する。

 が、ふと彼はあることに気がついた。

 

「世間の目が、こちらに向いているみたいですね、いつのまにか」

 

 そう。

 もともと彼らが派遣された理由である『ホテル立てこもり事件』に関する報道は、まるで忘れられたかのようだった。

 例えるならば、『ホテル爆破事件』という新たな情報が上書き保存という形で『立てこもり事件』を消してしまった、という形になる。

 

「……それに関する考察は後回しにするとして、端末は無事だったかな?」

 

 そういえば、そうだった。

 

 あわててデイヴィットはテレビの電源を落とし、テーブルに放置していた端末を手に立ち上がった。

 開け放たれたままの扉を二度叩いてから、彼はスミスのいるベッドルームに足を踏み入れる。

 

「失礼します。どうやら無事みたいですよ」

 

「その頑丈さを、少しでも分けてもらいたいな」

 

 ベッドに腰をかけ皮肉を言いながら苦笑するスミスに、デイヴィットは端末を示した。

 

「いえ、パスワードがかかっていたんで、どこまで無事かは定かではありませんが」

 

「……ロッククリアしなかったのか?」

 

 いぶかしげに向けられてくるスミスの視線に、彼はぶんぶんと首を左右に振ってみせる。

 

「まさか。惑連の機密が入っているんでしょう?」

 

「……君自身がそれなんだがな」

 

 呆れたように言うスミスに対し、デイヴィットは肩をすくめつつ答える。

 

「……それは、そうですが。正式配備されていない自分が触れる訳にはいかないと……」

 

「では、許可しよう」

 

 見上げてくるスミスに、デイヴィットは息を飲む。

 そして、自分に向けられた端末を改めて眺めやった。

 そのまま黙り込むデイヴィットに、スミスは苦笑を浮かべる。

 

「とりあえず、制限時間を設けても構わないかな?」

 

「……困ります」

 

 そう言うと、デイヴィットはひざまずき端末の画面を正面から睨み付けた。

 パスワードに使われるのは、使用者の個人情報が多い。

 解りやすく言えば、生年月日や電話番号、家族の名前を組み合わせる、などである。

 果たして、この人の場合にはそれが当てはまるだろうか。

 答は否、である。

 何より『試用期間中』のデイヴィットには、未だ無制限に職員の個人データベースにアクセスする権利を与えられてはいなかった。

 

 さて、どうしたものか。

 

 凍りつくデイヴィットの脇を、時間は無情に流れていく。

 自分に向けられている試験官の視線を、これ以上ないくらい感じる。

 けれど、何とかしなければ。

 苦し紛れに彼は、キーボードの上に手を置く。

 そして、あるものを打ち込んだ。『自分の個別識別番号』を。

 エンターキーを押すと同時に、冷たい電子音が室内に響く。

 

 失敗した。

 

 反射的に、彼は固く目を閉じた。

 沈黙が室内を支配する。

 

「……どうやら無事のようだ。やはり頑丈だな」

 

 低い笑い声の後、スミスの言葉がそれを破った。

 恐る恐る、デイヴィットは目を開けた。

 果たしてそこには、何事もなかったかのように通常起動している端末があった。

 

「……は?」

 

 何とも間抜けな声を上げてそれを見やるデイヴィットの様子に、スミスは人の悪い笑みを浮かべてみせた。

 

「始めからパスワードは設定していない。適当な文字列を入力すれば、普通に起動する」

 

「でしたら、何で……」

 

 未だ納得がいかないと言ったように端末を見つめるデイヴィット。

 その頭上を、スミスの声が通過していく。

 

「簡単な心理操作だ。パスワード入力画面が出れば、ほとんどの人間はその先に進むことを諦める」

 

「……はあ」

 

 また試されていたのか。

 

 言葉を失うデイヴィットをよそに、スミスは端末を引き寄せ何やら操作を始めた。

 乾いた音が、静かな室内に響く。

 

 自分の評価報告を入力しているのだろうか。

 だとすれば、また大きなマイナス査定だ。

 

 そんな分析をしているデイヴィットに、スミスは穏やかな瞳を向ける。

 

「すまないが、今、警戒レベルはどうなっている?」

 

 思いもかけない言葉に、デイヴィットはあわてて顔を上げる。

 そして、惑連情報システムにアクセスを試みた。

 

「最高レベルではありませんが、まだ外出は控えた方がいいかと……」

 

 ですが何故、と首をひねるデイヴィット。

 が、スミスは端末に向かったまま返答する。

 

「いや、頼まれ事を一つしようかと思ったのでね」

 

「頼まれ事、ですか?」

 

 ますます解らないとでもいうようなデイヴィットに、スミスは端末を示した。

 見ると、画面には大手配送会社の案内が表示されていた。

 

「荷物の受取りさ。別便で送られて来たのはいいが、宛先がなくなってしまった。この近くにある営業所留めに変更をした」

 

「そこから足がつく危険性は……」

 

 その言葉に、スミスはすい、と目を細める。

 瞬間、言い難い圧迫感を感じ、デイヴィットは思わず口ごもる。

 

「……あ……申し訳……」

 

「いや、確かに君の言う通りだ」

 

 こちらの足取りを相手に知らせてしまったかな、と、スミスは小さくつぶやく。

 一瞬の空白の後、スミスは何かを決断したようだった。

 その命令が下されるのを、デイヴィットは無言で待つ。

 

「いや、やはり受け取りに行って貰おう。その方が確実だ」

 

「解りました。で、その内容は……」

 

「単なる荷物だ。それこそ本当の」

 

 そう告げると、スミスはわずかに唇の片端を上げる。

 そこから受ける印象は、『冷静な捜査員』ではなく、『いたずら好きな少年』だった。

 

「いい加減、泥まみれのこの格好をどうにかしたいからな。警戒レベルが下がったら、早々に受け取りに行って貰おう」

 

 怪我さえしていなければ、シャワーを浴びたいくらいだな、と笑うスミス。

 

 果たして、とんでもないことになってしまったらしい。

 

 デイヴィットは、先の見えない不安とはこういうことなのか、とため息をついた。

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