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会話

「結局なんだったんだ⋯⋯」


 勉強の手も止め遠井が出ていった扉の方を眺める。なぜ目の前からこちらを眺めていたのか気にはなるが、他のクラスメイトからの視線を感じてまた参考書に目を落とす。


(遠井に近づかれたんだからそりゃ気になるよな⋯⋯)


 先程も語ったが誰とも距離を置いている遠井は、入学式が終わってオリエンテーションが全て終了して2週間がたった今でも誰とも話さない。

 段々とクラスの中でグループができ始めている中全くと言っていいほど話しかけられないし話そうとしない。

 俺が前の席で声を聞いたのもクラスの連絡や先生からの頼まれごとに返事をした時くらいだ。

 授業でもその絶対零度の雰囲気からか指されることは少ないせいで余計に声を聞く機会は少ない。


(改めて考えると遠井の声を聞いたのって数えられるくらいじゃねぇか)


 はい、いいえなんて簡素な返事ばかりするもんだから文字数すらかぞえられてしまいそうだ。


キーンコーンカーンコーン


「はーいHRを始めまーす」


 チャイムと同時に担任の女教師が入ってきて一旦俺の思考は途切れる。頭の中にこだましていた遠井の「いいえ」も先生の声に耳を向けたらもう残らなかった。


(結局なんだったんだろうな⋯⋯)


 一度思考がリセットされシンプルな疑問だけが残る。あの遠井が俺に何の用事があったのだろう。俺の気さくな会話の火種も簡単に吹き消され分からずじまい。窓の外を眺めながら脳裏に残る表情を思い返す。


「やっぱ綺麗だよな」


 ボソリと誰にも聞こえない程度に呟いた言葉は自然と漏れたものだった。


 理由がわかったのは放課後だった。あの後遅刻して戻ってきた遠井は何事も無かったかのように席につき一日分の授業を真面目に受けていた。

 俺は休み時間の度に話しかけられるか、こっちから声をかけるべきか等と悩んでいたが陰キャにそんな勇気があるはずもない。一度も後ろを見ずに放課後を迎えた。


「何も無いなんてあるんだな」


 何かがあると思い続けて一日過ごして何も無かった時の俺の気持ちたるや。青少年の淡い期待を返して欲しい。

 この俺になにかあるわけが無いのだけれど。


「よし、帰るか」


 ワイヤレスイヤホンを耳に押し込み、教室を後にする。高校生らしい部活の音から遠ざかりひとりの世界に入る。

 そのせいで背後で鳴った椅子の音に俺は気が付かなかった。


 部活動に勤しむ学生たちが我先にと急ぐなか悠々と廊下を歩く。帰宅部エースとして勉強家事に趣味とやらねばならないことは沢山ある。

 しかし帰宅時間だけは無駄な体力を使わないようにか、のんびりと下駄箱へ向かう。忙しない新入部員達との速度の差は倍くらいありそうだ。


 バタバタと靴を履き替えて昇降口から飛び出した野球部を尻目に、ゆっくりと靴を履く。


「あ」


 靴紐が緩んでいる。声あげるほどでもなかったが、気づいた瞬間というのは案外素直に驚いてしまう。

 俺の近くで下駄箱を開ける人がいた気がしたが、同じ帰宅部のやつだろう。帰宅部にろくな奴は居ないし気にもとめない。


(きもちいいな)


 この後家に籠って勉強するだけの俺でも春の風は気持ちよく感じる。ドア枠によって狭められた風はしゃがんだ俺に心地良さを届ける。さらに春の息吹は豊穣だけでなく他の恩恵まで俺の元に届けてくれた。


ばさり

「ん」

「⋯⋯!!」


 靴紐を結んで屈む俺。何の用かと目の前に立つ美少女。小さな入口から狭まって吹き込む風。つい小さな声に反応して顔を上げた俺。


 小さな要素が重なり合い俺は見てはいけない深淵をのぞきこんだ。

 ゆっくりと片方のイヤホンを抜き目の前の遠井に謝罪する。


「⋯⋯すまん、わざとじゃない」

「目の前に立ったのは私よ。その角度では下着まで見えてないだろうし大丈夫」

「そうか。たすかる」


 普段陰キャな俺は何を言われるものかとアセアセと謝罪をする。使わずに死んだ表情筋と目は焦りを表せてなかった気もするがそれでも精一杯の謝罪が伝わったのか、お咎めなしで済んだ。


「しかし、謝る気持ちがあるのなら少しだけ付き合ってくれないかしら」


 猛烈に嫌な予感。勤勉な俺の脳内はとてつもない速度で状況を整理する。


(女子高生のスカートの中身を事故で未遂とはいえ除きかけた。普通ならば俺はこの先の3年間の青春を真っ暗に過ごすことも有り得るほどのアクシデント⋯⋯。そして俺の財布の中身は野口さんが3人、女子高生が行くようなデザートは少量でこれくらいするものもある。ならば俺は水を飲み遠井に⋯⋯)

「保健室に来て。先に行っている」


 つかつかと昇降口から離れ1階の保健室に向かう。


「保健室?」


 俺の頭脳による高速演算を強制終了させて外履きを下駄箱に戻した。

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