お食事
ピピピピ
甲高く周りに迷惑にならない絶妙な音量のブザーがなる。
画面を覗くとローストビーフ丼の方が完成したらしい。丼物は乗せるだけだし数分で出てくるのが嬉しいところだ。
「んじゃちょっくら取ってくるわ」
「そう、じゃあ荷物番しているわ」
「よっこらせと」
タブレット横の卓番表を1枚抜き立ち上がる。
緊張していたのか立ち上がると身体がほぐれる感覚が気持ちいい。少し腰の当たりを軽く伸ばしご当地グルメの店舗へ向かう。
丼から覗く綺麗な色のローストビーフが俺を呼んでいる。お肉のピンクと山頂の黄色のコントラストが遠目でも美味いと分かる。
「あれ美味いんだよなぁ」
歩きながらフードコートに来て1度は頼んでしまう丼に思いを馳せる。
大して距離のないフードコート、出会いまではすぐだ。
「ローストビーフ丼でお待ちのお客様ー」
「っす」
「ごゆっくりどうぞー」
卓番表をちらりと見せローストビーフ丼を受け取る。どっちがどっちを食べるか決めていなかったので取り皿は大きめの物を貰い、準備は万端にしておく。
万が一にも遠井と同じ皿に箸を入れる訳にもいかないので取り匙も貰っていく。
遠井もローストビーフ丼に期待していたのだろうか。振り返り席に戻ろうとするとこちらを眺めている美少女とばっちり目が合う。
離れていても目が合うと感覚的にわかるあれだ。
姿勢も見栄えもいいとよく目立つ。遠井を見ようと思った訳でもないのに視界の中心に入り込んでくる。
「おまちどさん」
「さっきから古いわよ」
「勝手に出るんだよほっとけ」
あるあるだよね? おっさんみたいになるの、ねぇ?
ピピピピ
まだ遠井が何か口を開こうとしたタイミングでまたタブレットからブザーが鳴る。
「丁度いいし取ってくる」
「両方は悪いわよ。私が行く」
「立ってるついでだしいいよ。先に取って食べててくれ」
「……ならお言葉に甘えようかしら」
手に卓番表持ったまま長崎ちゃんぽんを受け取りに向かう。こっちは少し離れたところにあるから遠井に取りに行かせるのも申し訳ない。速攻弐角屋で確定を押した俺が取りに行くべきだ。
フードコートで受け取りに行く時間はなぜだか少しワクワクする。こんな何気ない時間を楽しめる俺は大変お得だ。
遠いと言ってもたった数軒分。少し歩けばすぐに黄色い看板が視界に入る。またまた皿の上から野菜がこんにちは。てんこ盛りな野菜達が皿からこちらを覗いている。
美味しいよ美味しいよと湯気に声を乗せてこちらを呼んでいる、気がする。
目の前に立てば予想通り湯気に旨みが乗って鼻をくすぐる。ただの餡のくせになぜこんなに鼻が喜んでしまうのだろう。
こちらも取り皿と取り箸を貰って卓番表を見せて戻る。遠井は今度は遠かったからか眺めていなかった。振り返る度に自分の席を見ているだけで遠井を見ている訳では無いぞ。
「おまたせ」
「これ取り皿でいいのよね取り分けておいたわ。卵だけまだだけれど」
「おお助か……る? 卵?」
取り分け皿二つに盛られたローストビーフ丼は雑な盛りつけではなく、ミニローストビーフ丼が2つに化けていた。
肉をどかして米を分けてから元のように肉を盛り付けたのだろう。なぜ取り分けたのに肉に取り分けた痕跡の米粒すらついていないのか。
俺がちゃんぽんを取りに行く短時間の間にこれは神業ではなかろうか。
しかも卵を混ぜてしまうと見栄えが悪いからか卵黄のみ丼に残してある。器用なことをするもんだなと思いつつ丼を眺める。
「ミニローストビーフ丼すごいな」
「卵割っちゃっていいかしら」
「これだけ綺麗なら割っても汚くならないだろ」
「そう」
ちゃんぽんを取り皿に移しながらそんなやり取りも終わり、ミニローストビーフ丼が仕上がる。丼物半分とちゃんぽんは多いと思い3分の1ほど残して分けるがそれでも取り皿には並々の量がよそられる。
なんて学生に優しい量だ。
「それじゃ、いたたぎます」
「いただきます」
フードコートで軽くてを合わせていただきますする人を初めて見た。俺もなぜだか挨拶しなければと猫背気味の腰を折って軽くぺこりとする。
合っているかは微妙だがなんだかそうしなければいけない気がした。
サイゼ以来2度目の2人きりでの食事を開始した。