券売機と一息
「噂には聞いていたけれど本当に映画館もセルフなのね」
「まじで来たこと無かったのか」
たぷたぷと画面を慣れた手つきで操作していく。初見という割に画面を見て操作を進めていくのは流石という他ない。
少しだけワタワタして貰えたらこの不動の美少女の意外な一面を見ることが出来ると思ったが致し方なし。遠井は優秀すぎた。
「ねぇ聞いているの?」
「なんでしょう」
「はぁ、聞いていなかったわね。まぁいいわ席どうするの?」
「席……席ね」
恐らく遠井が今聞きたいのは「どの辺が見やすいか」だろうが、俺が脳裏に過った問題点は「このままでは遠井と隣で映画を見る」ことだ。
しかも遠井が見たいと言っていたのは去年から話題になっていた恋愛小説のドラマ化映画。隣に並んで男女で見るには敷居の高さが半端ではない。
(どうする俺。何が正解かなんて分かりきっている。人目の少ないモールを選んだ時点で隣に座ることは想定内……! 何を今更怖気付いている灯火 太陽。その陽キャのような名前は飾りか!)
「顔色が悪いわね。さっさと二席選んで少し早いけど休みましょうか」
(二席! 画面を俺にあけわたすために半歩引いている遠井から放たれたフィニッシュブロウ! これによって俺は遠井を隣に選びつつ見やすい席を確保しなければならなくなる)
画面を前に固まる。女子と映画を見に行くことのなかった俺は初めての体験に席を選びかねる。隣を選んで嫌な目をされたりちらちら見られたら詰み。かといって席を離せばなぜ離したのかとなってもおかしくない。
どちらにも俺には耐えられない!
「ここあたりいいんじゃないかしら。真ん中あたりが見やすいのでしょ? 二人分空いているし」
「そこにしよう。そこしかない。そこがベストだ」
「何かしら気持ち悪い」
遠井の神アシストに乗っかる形で席を高速でタップして決める。
E席の真ん中当たりという1番無難な席を取って券を財布にしまう。
ルナの影響で映画館の通路も広くなり席数が減った代わりにゆとりが増えた。いい席が空いていたのは運が良かったかもしれない。E席だけにね。
「まだ気持ち悪い顔しているわ。やはり休みましょうか」
「……はい」
こんな語気が強くても心配してくれているのだろう。遠井の優しさに甘える形でこれまた通路と感覚の広がったフードコートの方へ向かう。これまたショッピングモールあるあるだがだいたいフードコートは上にある。レストランなどは下にあるとこも多いのだが。
高校生というそこまでお財布に余裕のある訳でもない俺たちは某有名ハンバーガーチェーンのお世話になろうと歩きながら決めた。
「案外広いのね」
「コロナとルナの対策で接触を避けるために距離を離したからな。車で食べる人も増えたからテイクアウトできる店がほとんどだしな」
「私がいない間にそんなことに……」
いや、元々病弱で来たことないだろフードコート。
ショックそうな身振りで口元を覆う遠井が可愛い。違う、そうじゃない。
来たことも無いはずのくせにフードコートの変化に驚くはずもない。わざとらしく、来る前から温めておいただろう小ネタに俺は反応してやらんぞ。
チラリ
(んー、可愛い)
驚いた表情のまま何も反応がないことが気になるのか目元で訴えかけてくる。美少女がこんなわざとらしい事をするだけで可愛いのは宜しくないと思われる。
誤解がないようお願いしたいが決して俺個人の意見ではなく、高校生の健全な男子の目線での話である。
「そんなわざとらしい反応触れないぞ」
「あら、触れてくれるのね」
すんっと顔が戻る。無言に耐えきれず触れてしまう。いや、陰キャの俺が何も喋らずに女の子と入れるわけないだろ。むしろお前ら美少女の隣をこんな平凡な男が歩くの時点で辛いぞ。
「触れないのも悪いからな」
「案外気は効くのね」
嘘です。この空気に耐えれなかっただけです。
フードコートに着いたのだからこんな話題無視して食べるメニューの話でもすればいいものを俺は遠井から目が離せなかったせいで気が付かなかった。