いざモールへ
「着いたわね」
「駅からバスが出ているのは本当に便利だよな」
電車に20分、バスでも20分ほど揺られ着いたのは大型のショッピングモール。前にも言ったがある程度の娯楽施設と雑貨店などが並び1日充分に遊べる場所だ。
ただ行動範囲が拡がって来なくなるだけで高校生になってから来ても少し楽しみだったりする。
「さぁ案内は任せたわ」
「あんなに地図見てるのに案内させるのかよ」
バスの中でフロアガイドを眺め続けていた遠井に案内することなどないだろうに。着く直前には入っている店を全部覚えて個別検索までかけていたくせに何を案内しろというのだ。
「私は恥ずかしながらあまり出かけたことがないから方向音痴なの」
「やっぱりお嬢様だな」
「体が弱いからと知っても言えるあたり貴方はいい性格してるわ」
「そりゃどうも」
中学後半までコロナとルナに脅えて過ごした人に今更どう反応しろというのだ。俺の知る由もない苦労を味わっただろうに軽々しく心配でもしようものなら、もはやそれは侮辱や同情と同義だろう。
触れなければいいのは遠井の過去もルナも一緒だ。なら俺の過ごし方は今までと何ら変える必要は無い。
「さ、映画のチケットからまず買うわよ。席が埋まっていたら選べないのだから」
「案内いらないじゃん」
スタスタと歩いていく美少女を追いかける。何で美人ってのは歩くのまで早いのだろうか、1年と少し前まで家にいた人間の速度ではない。
不貞腐れずに家でも自分磨きでもしていたのだろう。あのスタイルにも納得だ。俺なら1年で激太りして顔もボロボロだろう。
自動ドアをくぐると少し長めのビニール手袋がセットされている。
店内ではこれをつけて周り、商品を直に触らないことが義務付けられている。
遠井はアームカバーをしているがその上から手袋をするのだろうか。なかなか気持ち悪い感触な気がするが⋯⋯。
そんな事を思いながら遠井を眺めているとおもむろにアームカバーを外し始める。細く白い綺麗な腕と手がスルスルと晒されていく。別に普通の人ならもともと晒している部位にもかかわらず遠井がアームカバーを外すシーンは少し高校生男子には刺激が強い。
真後ろにいたこともあってチラチラと目が吸い込まれる俺に気づいたのか遠井が後ろを向く。
「早く手袋つけて行きましょう? ルートが決められているのだから無駄な時間はないわ」
(バレてねぇ! 良かったァ!)
「あ、ああ。すぐ着ける」
「それとあまり女性の肌はジロジロ眺めない方がいいわよ。見ている方は全部気づいているとは言わないけれど気になるものだから」
「それは⋯⋯すまん」
「素直なところは貴方の唯一くらいの長所ね」
怒っているわけでもなく軽い注意で済ませて少し微笑む。褒めているのか貶しているのか分からない一言を添えられ俺はそれ以上何も言えなかった。
あまりにも白い雪のような肌がこの暑さの中、黒い布から晒される。その瞬間に目を逸らしたまま1度も見ないことができるだろうか。
否、できないだろう。
セルフ反語もしっかりと決めて数歩前をいっている遠井を追いかける。案内しろと言う割に自分の足を止める気配はない。
(本当に案内いらないじゃん……)
カツンと音を鳴らして足を綺麗に揃えて立ち止まる。いそいそと追いかけていた俺との距離がすぐにつまる。
「おっとっと……何で止まった?」
「案内いらないじゃないと思っただろうと思って」
「エスパーじゃん……」
前を向いていて顔すら見ていないにも関わらずこの決め打ちの精度よ。鍛え抜かれたスナイパーよりも精密そうだ。
遠井は俺に歩幅を合わせて歩き出す。せかせかと歩いていた遠井がゆっくり歩いてくれるおかげで俺もだいぶ楽についていける。
(男が普通合わせるのにな)
「エスパーも何も貴方が分かりやすいだけじゃない」
「目死んでるのに感情は伝わって良かったよ」
「死んでいる目だからこそ感情が隠れられないのじゃないかしら」
「不便な目だよ」
遠井は歩幅は合わせてくれても優しさまでは共有してくれないらしい。
1歩先を歩き続ける遠井の顔を見ることは出来ないが、軽口で悪態をつき続けているのだからさぞご機嫌だろう。
声は少し弾んでいるような気がした。
エスカレーターでは前を向かない。いくらワンピースが長いとはいえ目線の高さが女性の臀部になることを思うとあまり前を向く気にはならない。
……遠井の肌が晒される短い服だったら目線をそらす自信はないが、スタイルが伺える程度のワンピースなら目を背けることは容易だ。
エスカレーターの手すりに肘を乗せて上から商品を眺める。ショッピングモールあるあるだが映画館が3階にあるため、まず最初に登りきってしまう事が多い気がする。
俺の数少ない出掛け先ではこの黄金ムーヴが多かった。
エスカレーターの折り返し、何も話さずに体を運ばれる時間が一旦終わり、更にもう一度体を運搬してもらう。
ああ、なんて文明の利器とは素晴らしきものだ。階段を使わずとも上下の移動ができる、陰キャに引きこもり、デブにおまけのご老人や子供。老若男女誰にも愛される素晴らしい機構だ。
「女性を後ろから見ないのは関心しますけど顔が下衆いですよ」
顔だけ少し振り返り上から俺に声をかけてくる。立ち位置だけでなく立場的にも上からな気がする声だ。
「顔は産まれつきなのでね」
「産まれた時からそんな下衆い顔をしている赤ん坊がいるわけないでしょう?」
「へいへい、どうせゲスくなりましたよ」
「性的な目は向けないくせになぜそんな下衆い顔ができるのかしら。根性が底辺なのねきっと」
「散々な言われようだな」
「うふふ、冗談よ」
2段分先にエスカレーターを軽々と降りる。なぜだかただそれだけの雰囲気に俺は少し心臓が掴まれるような感触を感じた。
きっとマスクにビニール手袋で居心地が悪いのだろう。そう思っても外せないもどかしさを我慢してエスカレーターをのっそりと降りた。