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【7・ルーラの決意】


 ルーラの宣言に、ポラリスが真っ青になった。

「駄目よ。あなたも殺されるわ」

「じゃあ、あいつらをそのままにしておけって言うの。あたしは嫌、みんなの仇を取るの!」

「相手はそこいらのごろつきじゃないの。兵隊なのよ。素人のあなたがかなうはずない。逆に殺されるわ。あなたからも駄目だって言って」

 助けを求められて、ベルダネウスが前に出た。

「アクティブで新たな生き方を見つけるというのは駄目なんですか?」

「あいつらをやっつけてから考える!」

「1人でですか?」

「え?」

「1人であいつらを倒すというんですか。クリフソーはともかく、ポラリスの言うとおり他の連中はプロの兵士たち。

 それに対し、あなたは戦いの訓練を何も受けていない。精霊石を失った今、精霊の力も借りられない。それでどうやってあいつらの所に行って、全滅させられるんですか?

 あなたに有利な点と言えば、あいつらはあなたを死んだと思っている。あなたはあの地をよく知っている、連中はクリフソーをのぞいてあなたをほとんど知らない。それぐらいです」

「おじさんは助けてくれないの?」

「なぜ助けなければならない?」

 ベルダネウスは冷徹に言い放った。口調はもちろん、先ほどとは目つきも変わっている。

「あなたの正体がばれた時点で私も殺される。成功すれば、私は取引先をひとつ失う。ルーラ、私があなたに協力して得るものは全くと言っていいほどない」

 同情など感じられない、突き放したような言い方だった。

「それとも、あなたは私にそれらに変わるだけの報酬が払えるんですか?」

 ルーラは返事も出来ず、ただうつむいた。

「悪い奴らをやっつけるんだから、みんな自分の味方をするのが当たり前。なんて考えていたんですか? 正義の名の下に他人をタダ働きさせようとするのは止めなさい」

 身も蓋もない言い方だった。商人だけあって、彼は普段は露骨に相手を非難する言い回しはしない。その彼がこんな言い方をしたことにポラリスは驚いた。

 答えることが出来ず、ルーラは真っ青になっていた。

「わかったら、部屋に戻ってアクティブに行く準備をしなさい」

 ルーラは返事もせず、ただ立ち尽くすだけだった。

「行け!」

 怒鳴られ、逃げるように彼女は部屋を駆けだしていった。ポラリスが声をかける暇もなかった。

 力を使い果たしたかのように椅子に座り込むベルダネウスに、

「あなた……」

 言葉だけでも支えるように、ポラリスは膝をつき彼の手を取る。その手を彼は握り返し

「ポラリス。出来れば明日にでもルーラを連れてアクティブに向かえ。ラジィカルには私から話す。できるだけドボックから離れるんだ。そして、落ち着くまで彼女のそばにいて欲しい。

 ルーラは町の生活に慣れていない。誰か知っている人がそばにいないと」

「そうね。でも、私だって知り合いがいないのは一緒よ。あなたは来ないんでしょう」

 その言葉に、ベルダネウスもつらそうに唇を噛む。

「あいつらはあなたとの契約を破ったんでしょう。だったらあなただって守ることはないわ。一緒に行きましょう。私とのことなら気にしないで良いわ。あなたが望むなら、このままずっとあなたの妻でいても良い。

 そうだ。ルーラ、あの子を私たちの娘として引き取りましょう。私たちを親と呼ぶのには抵抗があるでしょうけど、それでも、私たちはあの子を守るべきよ。少なくとも、あの子が大きくなって、1人で生きることが出来るようになるまで私たちで育てましょう」

 何かに取り憑かれたかのようなその姿に、ベルダネウスも気圧されかけた。しかし、

「私は村に戻ります。やはり直接スラフスティックから話を聞きたいし、それに」

「それに?」

 しまったと言うように口をつぐむ彼に

「他に理由があるのね。私たちにも言えない、別な理由があるのね」

 つめよる彼女にどうすればいいのか迷う彼の耳に、ドアを叩く音がした。

 助かったとばかりに

「どうぞ」

 客を招き入れようとドアを開ける。この時の彼は、訪れたのが誰でも大歓迎な心境だった。だが、そこに立っていたのはただ1人の例外だった。

「おじさん」

 ルーラだった。先ほどとは違う。何か吹っ切れた、言い方を変えれば開き直った目だった。

 ポラリスは嫌な予感がした。

「おじさん。あたしも村に連れてって」

 中に入ると口を開く。

「おじさんがあたしに協力しても得るものはないっていったよね。でも、ひとつだけあった。報酬として払えるもの」

「何ですか?」

「あたし自身」

 ベルダネウスが目を細ませた。

「村に連れてって。そしてあいつらをぶちのめしたら、あたしはおじさんのものになる。死ぬまでこき使おうが、どこかに奴隷として売ろうが好きにして」

 ポラリスが驚いて

「あなた、自分が何を言っているのかわかっているの!」

「わかってる。けれど、他に思いつかない。これで駄目ってなったら、あたし1人で村に戻る」

「無茶よ。返り討ちにされるだけよ」

「やってみなくちゃわからないでしょ」

 睨み付けるようにルーラは言い放つ。目がギラギラして息も荒い。

「お前の言いたいことはわかった」

 ベルダネウスが椅子を引き寄せ座った。その目を見てポラリスが息を飲んだ。先ほどルーラを拒否したときも冷たかったが、今はそれ以上だ。人としての温かみが全く感じられない目。

「だが、それを受けるには、お前自身、どれだけ価値のある存在なのかが問題だ。自己評価額をそのまま取引価格にするほど私はおめでたくはない」

「どうしろって言うの?」

「服を脱げ」

「え?」

 ルーラが固まった。

「女を人間ではなく商品として見るとき、1番わかりやすい評価法だ。裸になれ」

 彼の口調はあくまでも事務的だった。

 さすがにルーラも動けなかった。少しずつ息が荒くなる。

「どうした。まさか売られるにしても、どこかのお屋敷のメイドか何かだと思っていたのか」

 さすがに何か言おうと立ち上がりかけたポラリスを、彼は手で制する。

 そのまま見据えられたルーラだが、ついに意を決して息を飲むと

「わかりました」

 と服を脱ぎはじめる。それを見る彼の目は、女の裸を楽しむそれではない。仕入れる商品を見定めようとする商人の目だ。

(あ)

 ポラリスは、見ながら掌を絡め合う彼の手の親指が反対側の掌の内側に爪を立てているのに気がついた。

(そうか……この人は……)

 ルーラが「嫌」と言うのを待っているのだ。そうすれば、それを理由に彼女の村行きを断れるし、彼女自身、自分の考えが甘かったと諦めるだろう。

 しかし、それは彼女が嫌と言うまで要求をエスカレートしていくことを意味する。

「……これでいい?」

 ルーラは一糸まとわぬ姿で2人の前に立っていた。下着もつけず、両手で胸と股間を隠している。

「手をどけろ。足は広げて立て」

 次の要求に、ルーラは両手どけて軽く足を広げた。まだ幼さを残す13才の少女が裸身をさらけ出す。

「ならば次は」

 ポラリスの予感は的中した。

 ただ立っているだけのルーラに、彼は様々なポーズを要求した。恥ずかしく、男を誘惑するような嫌らしいポーズ。

 ポラリスは止めたくなるのを必死で耐えた。止めろというのは簡単だが、それは同時にルーラが村に戻り、クリフソーたちを殺すことを受け入れることになる。

(お願い、ルーラ。嫌といって。ここから逃げ出して!)

 だが、彼女の願いもむなしくルーラはベルダネウスの要求に応えていった。それはまだ経験のない娼婦が男の相手をするために羞恥心を麻痺させるさせるかのようなものばかりだった。そして、ひとつ要求を受け入れるごとにルーラの表情が消えていった。恥ずかしさを消すため、自ら心を閉ざしていくようだ。

「……もういい」

 根負けしたのはベルダネウスだった。だが、これで終わりではなかった。彼はとどめとも言うべき要求を残していた。

「だが、村に戻ってあいつらを仕留めるには、奴らにお前がルーラであることがバレてはならない。わかるな」

 それにルーラも頷く。

「そのために、お前には姿と名前を変えてもらう。兵士はまだしも、クリフソーの目をごまかさなければならない。名前は後で考えるとして、まずは見た目だ……髪を切れ」

 またもやルーラが固まった。さきほどは唖然としただけの固まり方だったが、今度は心を根こそぎ持って行かれたようだ。

「ここに来てわかったはずだ。結婚するまで髪を切らないというのは、サンクリス村独特の習慣だ。ここでは個人の好みで髪を伸ばす人はいても、お前のように立って地面に着くほど伸ばしている女はいない。

 髪を短く切るだけでかなり印象が変わる。クリフソーも、村の女の髪は長いという先入観があるはずだ。髪を短くして化粧をすれば、似ているとは思っても同一人物とは思うまい」

 ルーラは彼の言っていることの後半はほとんど耳に入っていなかった。

 そっと自分の髪をなでる。生まれてから一度も切ったことのない髪。髪を切るのは結婚式、夫となる人の手でと決めていた髪。そうなると信じて疑わなかった。

(やだ)

 そう思うと同時に、村の惨劇が甦った。みんなを殺し、あざ笑った連中。あの連中は、国の英雄として皆から憧れ、尊敬される存在になるかも知れない。

 そうなってからでは敵を討つどころか近づくことすら出来ない。ただ遠くから見ていることしか出来なくなる……。

 顔をあげた彼女の目には力が宿っていた。

「わかったわ。切って」

 その返事にポラリスはハッとして、交互に2人を見た。

 無言で目を合わせているベルダネウスとルーラ。力のこもった視線で互いの意思を確かめ合っているようにも見えた。

「……鋏を持ってくる。服を着て待っていろ」

 部屋から出て行くベルダネウス。その背中は敗者のように見えた。

「本当に良いの。今ならまだ間に合うわ」

 そう言ったポラリスだが、ルーラのまっすぐな視線を浴びて絶句した。すっかり忘れていたのだ。自分もまた村の惨劇を作り出した当事者だと言うことを。

「ごめんなさい」

「いいの」

 弱々しくルーラが首を横に振る。

「おじさんも、ポラリスさんも何とか村の人達を助けようとしたんだって事はわかったから」

 言いながら脱いだ服に手を伸ばす。それは、許すと言うより諦めるに近いように聞こえた。

 ベルダネウスが戻るまで。2人にはとてつもなく長い時間に感じた。

「散髪用の鋏がないからな。これで我慢しろ」

 彼が持ってきたのは生地の裁断用の鋏だった。大切な商品を扱う鋏を、髪を切るのに使うなんて彼らしくない。まるで、自分自身にも罰を与えなければと思っているようだ。

 彼はポラリスに鋏を渡そうとしたが、彼女は首を横に振る。

「あなたが切るべきです」

 サンクリス村の女性にとって、髪を切ることがどれほど大きな事なのか、それは彼も知っているはずだ。それを半ば命じておいて、切ることから逃げるのはずるい。そんな口調だった。

 彼もそれはわかったのだろう。小さく頷くと、ルーラの背中に回った。

「私は本職じゃないからな。後で理髪店に行って整えさせてもらえ」

 髪をまとめるように手に取る。髪の重さは、彼女の人生の重さのようだった。

「止めるならこれが最後だ」

「止めないわ。……切って」

 むしろ彼女の方が肝が据わっていた。ベルダネウスは静かに髪に鋏を入れた。もともと髪を切るには適さない裁断用鋏に強い抵抗がかかる。それでも彼は一気に鋏に力を込めた。

 重い音と共に、ルーラは自分の後頭部がすっと軽くなるのを感じた。うなじに空気が当たる。

 今までの自分はもういない。そう感じた瞬間だった。

「どうする?」

 ベルダネウスが束ねたルーラの髪を抱えていた。艶のきれいな黒髪。

「あたしが持ってる」

 彼は何も言わなかった。彼女の正体を隠すために切ったのだから、これを残しておくのは不味い。それはわかっていても、誰も「捨てろ」とは言えなかった。


「ルーラ、村に入り込む際には、お前は私が臨時に雇った護衛と言うことにする。村から戻る途中、素行の悪い兵に絡まれて怪我をしたため、身の危険を感じたということでな。

 だからこれからはお前に対し、お嬢ちゃん呼びはしない。使用人に対する口調で話す。お前も今から私のことをおじさんなどと呼ぶな。雇い主に対してなのだから、ベルダネウスさんと呼べ。向こうに行ってボロが出ないように、慣れておく必要がある」

「わかった。おじさ……ベルダネウスさん」

「お前の偽名も明日までには考えておく。呼ぶのも呼ばれるのもその名で慣れなければならないからな」

 言いながらベルダネウスは左目の傷を指でなぞる。

「怪我の治療と護衛を選ぶということで、2日ぐらい稼げるだろう。その間に、お前に武器の扱いを学んでもらう」

「一応、武器ならナイフの扱いが」

「お前のナイフは山の中を動くとき、木の枝を払ったり、仕留めた魚や小動物の処理をする技術だ。戦いのではない。先日、私たちを襲ったときも素人丸出しの振り回し方だ。私の左目を傷つけたのはまぐれと思え。

 話はつけてある。おじさんに槍の使い方教われ」

 おじさんとはガインことたたかうおじさんのことだ。

「槍? 剣じゃないの?」

「向こうには剣の扱いに長けている兵がいくらもいる。持ち方、構え方からお前が素人だと一目で見破られるぞ」

「でも、それなら槍だって」

「それについては後で説明する。時間があまりない、すぐに準備を始めるぞ」

 既に外は暗くなっていたが、町は無数の外灯で明るかった。外灯のない村で育ったルーラにとって、明るい夜はそれ自体が信じられない光景だ。秋の休戦以来、ドボックにとって騒がしい夜が続いている。次の戦いまで騒げるだけ騒ごうというように。

 ベルダネウスはルーラを理髪店に連れて行き、切った髪を整えた。髪を短くした彼女は、中性的な顔立ちのせいか少年にも見える。ルーラ自身、鏡に映った顔が「これがあたしの顔?」と戸惑ったほどだ。

 これなら自分だと村で彼女をちらと見ただけの兵士なら、まずばれる心配は無いと思えた。

 それから繁華街の隅にある中古の防具店に行った。戦東群国には、こんな武具に特化した店がいくつもある。

「この子に合う革鎧を。動きやすいやつ」

「兵の支給品で良いのが入ってますよ。この時期になると、中古品が多く流れてくるんです」

 上手い具合にルーラに合うのが見つかった。すり切れかけていた紐を変えてもらい、防寒用のマントとセットで買う。彼女の希望で、袖や裾がしっかり止められ、革が当てられている。おかげで肌の露出はほとんどない。

「慣れるためだ。これからはできるだけそれを着て過ごせ」

 さらに大ぶりのナイフも買った。山歩きではいつも持っていたので、これがあるとルーラも少し安心できた。

 店を出たとき、ルーラは革鎧姿だった。髪も短く、胸の膨らみもまだ乏しい上、山を駆け回っていたせいで体格もしっかりしている。そのせいで、ちょっと線の細い男に見えた。


 ラウネ教会の裏庭。周囲からは陰になって見えない場所。

 声にならない気合いとともにルーラが棒を突き出す。目の前にいるのは彼女より二回りどころか三回りぐらい大きなガインこと「たたかうおじさん」だ。当てるのは簡単だと最初は思った。

 しかし、突き出した棒はガインが無造作に前に出した長戦斧の柄に阻まれる。

 右に左に上に下にずらしては続けざまに棒を突き出す。が、その全ては彼が軽く動かした長戦斧の柄にあたり、彼の身体には届かない。

 肩で息をし、左右に動きながら棒を突き出すルーラ。それに対し、ガインは静かな呼吸のまま、片手で長戦斧を動かしては彼女の棒を受けていく。

 ついに突くのを止めて彼を見上げた。あまりにも圧倒的すぎる実力差に、何かするという気持ちすら萎えていく。

 ガインの長戦斧の柄が跳ね上がった。ルーラの顎を下から叩き上げようとするのに、彼女はとっさに後ろに跳んだ。が、疲れからか足がもつれてそのままひっくり返る。

 起こした頭の正面に長戦斧先端の槍が突きつけられた。

 動けないものの、穂先ごしに彼を見据え返す。

 その反応に彼は長戦斧を引くと、満足げに微笑んだ。毛のない皺のある微笑みは怖かった。

「ルーラ。俺はお前が出発までの2、3日で槍を使えるようになるとは思ってない。俺自身、槍より斧の方が得意だしな」

 一休み中。紫茶を大ジョッキで呷りながらガインは言った。

「槍で俺が教えるのは、お前が殺したい奴に近づき、機会が来るまで周囲を誤魔化せるだけの構えと動きだ。そして度胸だ。

 お前、ベルダネウスの目を傷つけたとき。動けなくなったらしいな」

 ルーラは口をつぐみ、うなだれた。

「それじゃ駄目だ。誰かを殺すとき、一撃で殺せると思うな。人間ってのは、あっさり死ぬときもあるが、なかなか死なないことのほうが多い。

 お前がチャンスをつかんで相手に一撃見舞って血まみれにしたら、それでびびるな。とどめを刺せ。相手だって死にたくないからな。逃げたり命乞いしたり、反撃したりする。そんな時、殺す方に迷いがあったらどうなる」

「わかってる。あいつは逃がさない」

 そう言う彼女が頭に浮かべるのは、ニタニタ笑うクリフソーの顔だった。スラフスティックや、両親を殺した刃輪使いも憎いが、不思議とクリフソーほどの憎しみはなかった。

 彼女は改めて立ち上がり、棒を構える。

 ガインも立ち上がり、挑発するように彼女の棒の前に立つ。

「お願いします」

 再び突きを見舞っていくが、相変わらず彼の身体に触れることは出来なかった。


「お化粧は初めてよね」

 ポラリスがルーラの顔を化粧水で湿らせたガーゼで拭いていく。戦東群国では化粧品自体贅沢品であり。なかなか手に入らない。彼女たちが今使っているのも、ラウネ協会を通じて手に入れたものだ。化粧水や頬や唇用の紅。あまり品質の良いものではないが、仕方がない。

「うん。やったことない」

「13歳なんだからその必要はないわ。ごめんなさいね。初めてのお化粧がこんなもので」

 ルーラが化粧をするのは、彼女を知っているクリフソーの目をごまかすためだ。

「みんな終わったら、ちゃんとしたお化粧を教えてあげるわ。自分を隠すためじゃなく、自分をより美しく輝かせるお化粧をね」

 ポラリスが、ルーラの眉と唇に変化を付けた。眉を少し太く、つり気味に見せ、唇の色を少し悪くする。

「今は私がするけれど、明日からは自分でするのよ」

 鏡を見ると、随分と印象が変わる。気の強い、がさつな感じに見える。

「これならクリフソーもしばらくはだませると思うわ。でも、声までは変えられないから、あいつの前ではしゃべらないほうがいいわ。単なる無愛想だと思わせて」

 ルーラはじっと鏡に映った自分を見つめていた。自分の後ろには、申し訳なさそうにうなだれるポラリスが見える。

「ひとつ聞いていい?」

「何?」

「どうしてポラリスさんはあいつらに協力したの? 協力したのは、村を襲うことを決めるずっと前からだよね。父さん達が隠していた遺跡を探るのにだから」

 ポラリスは静かに唇をかんだ。

「殺すって脅されたの?」

「脅されたのは事実だけど、殺すとは言わなかったわ」

「だったらどうして?」

 ポラリスは言葉に詰まったが、意を決して。

「私はね……村に来る前は娼婦だったの。娼婦、わかる?」

「知らない」

「村にはなかったからね。娼婦はね、男の人からお金をもらって抱かれる仕事。

 うちの人が商品として価値があるか調べるってあなたを裸にして、いろいろな嫌らしい格好をさせたでしょう。あれはみんな娼婦が仕事の時にするもの。私も娼婦の頃は、知らない男の前でたくさんあんなことをしたわ。

 前の主人は私を買ったお客の1人。いかにも女を買うのは初めてって感じだった。気に入ってくれたのか、何度も私を買いに来て、ついには嫁にしちゃったぐらい。

 あの人が死んでからも、私は村を捨てようなんて思わなかった。教会で子供達に読み書きを教えるのも楽しかったし。だからあの人が死んだ後も、村に残ったの。村の誰かと再婚するのも良いと思った。

 そんな中、クリフソーが私をそっと呼んで言ったのよ。お前が娼婦だったことをバラされたくなければ言うことを聞けと。

 なんで私が娼婦だったのかをあいつが知ったのかはわからない。もしかしたら、軍が私の過去を調べてあいつに教えたのかも知れない。

 私が娼婦だったことを知られたら、村の人達の私を見る目が変わる。女達は軽蔑し、男達は体を求めて言い寄る。読み書きを教える仕事も奪われるかも知れない。

 だからあいつとソウラさんとの結婚が決まったとき、怖かった。このままじゃ、あいつが次の村長になる。それがどんな恐ろしいことか。表向きは何気ないそぶりをしてたけれど、心はいつもどうやって村から逃げようか。そればかり考えていた。

 それで、出入りの自由商人として来ていたザンを利用することにしたの。彼に好意があるそぶりを見せて、機会を見つけて彼のお嫁さんとして村を出る。適当なところで、彼のお金を持って逃げ出すつもりだったの」

「え?」

 逃げるという言葉に、ルーラが振り向いた。

「ところが現金なものね。こうして村を出て、ドボックを出られる目処がついたら、焦って逃げる気がなくなったわ」

「ポラリスさんは、村に戻るんですか?」

 言われて彼女は自虐的にうなだれ

「たぶん、戻らない。彼が村から戻ってくるまでここに残るか、一足先にアクティブに行ってるわ」

「そう……」

「ルーラ、しつこいのはわかっているけど……本当に村に戻るの止められないの?」

 何回目かもわからない問いを繰り返す。

「あいつが許せないのはわかる。けれど、今更あいつらを殺したってみんなが生き返るわけじゃないし。1つ間違えば、あなたも殺される。エルティースさんだって、レミィさんも、ソウラも、あなたが敵討ちのため危険なことをして人を殺すよりも、逃げて逃げて、どこか遠いところで静かに幸せに過ごす方を喜んでくれる」

 聞きながらルーラは表情1つ変えなかった。言いながらポラリスは自分の言葉がどんどんむなしく、意味のないものになっていくのを感じた。

「あたしが復讐を諦めたら……死んだみんなが生き返るの?」

 言われてポラリスの口が止まった。

「父さんや母さん、姉さん達は、自分たちや村のみんなを殺した人達が英雄として讃えられるのを望んでいるの?

 そうしてあいつらがドボックの英雄となったのを遠くで見ながら、あたしは幸せになれるの?」

 見つめるルーラの目に、もう迷いはなかった。彼女は自分が何をしようとしているのかも、それがどんな結果を招きかねないかもみんな知っている。その上でこれを選んだのだ。

 ドアがノックされ、ベルダネウスが入ってきた。化粧したルーラに満足げにうなずき

「随分印象が変わったな。これなら声さえ聞かれなきゃそう簡単にはばれない。来い、お前に渡すものがある」

 出て行く2人の背中を、ポラリスは置いてけぼりにされたように見つめていた。


(つづく)


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