【4・そして、みんな殺された】
みんな殺される。
突然、村にやってきた数十人の兵士達は眠っている村の男達を容赦なく斬りつけた。狙いは全て首。ほとんどの男は一刀のもとに首を切り落とされ、そこまで行かなくても激しく血を吹き出し絶命した。眠っているので痛みを感じなかっただろうというのが救いだった。
目を覚ました男も、何が起こっているのかわからないまま剣で斬り殺された。槍で突き殺された。矢で射貫かれた。
魔導の炎が、雷が村人達の体を焼いた。
容赦なさは子供達にも向けられた。目の前で知っている大人達が殺され、泣きながら逃げ惑う子供達に、男達の剣や魔導は容赦なく襲いかかった。
仲の良い子供達が次々に殺されるのを、ルーラは目の当たりにして叫んだ。泣きわめいた。やめるよう哀願し、泣きわめいた。大人や子供達よりも大きく泣いて懇願した。
だが、殺戮が止まることはなかった。
「男は殺せ」
「子供はギャーギャーうるさいだけで役に立たん。殺せ」
ルーラの横でスラフスティックが淡々と命令する。
「女は役に立つから生かしておけ」
「ただしデブとブスは殺して良いよ」
クリフソーがヘラヘラ笑いながら命令に付け加えるのが、彼女には信じられなかった。
兵士に取られるのが嫌で逃げてきたという話しだったので、彼はどちらかというと控えめで、争いごとはするのはもちろん見るのも嫌がる人という印象だった。それが今は楽しげに男達が村人の命を奪っていく様子を見ている。
村人達の悲鳴はほんの数分で終わった。後に残ったのは物言わなくなった村人達の死体と、恐怖と絶望で泣き叫ぶ気力すら失った女達。
女達は教会前の広場に集められ、武器を持つ兵士達に囲まれ、言葉を発することも出来ず震えていた。
ほんの数時間前、ここでは結婚式の宴が行われていたとは信じられなかった。
花嫁と花婿が並んだ壇上に村人達の死体が山と積まれた。その中に夫や友人の姿を見た女達が一斉にわめきはじめた。兵達が歩み寄り、そんな彼女たちを片っ端から殴りつける。
「ファランクス」
スラフスティックに呼ばれ、女魔導師が前に出た。
「下がってなさい」
杖を掲げると、先端の魔玉が光り出す。
彼女の気合いとともに、死体の山が炎に包まれた。
女の1人が悲鳴を上げ、燃える死体の山に駆けだした。燃える夫の死体にしがみつく彼女も、炎は容赦なく包み込む。
当たりに肉の焼ける匂いが拡がり、村の女達が何人か気を失った。
「村長が目を覚ましました」
兵の報告に
「今行く」
スラフスティックがクリフソーたちを連れて教会に入っていく。捕まったルーラも兵に抱えられてそれに続く。抵抗する気力も亡くなった彼女だが、それでも何とか口を動かし
「何でこんなことをするのよ」
前を歩くクリフソーに聞いた。
「答える必要はないが、ま、良いかな。簡単に言えば、こんな村でこそこそ隠れて生きるのが嫌になってきたからかな」
「こそこそ?」
「この村は臆病者で卑怯者の集まりだ」
胸を張ってスラフスティックが答える。
「我が国が他国と戦っている間、こいつらは兵として戦うこともせず、税を納めることもせず、こんな山奥でこそこそ隠れ住んでいた。この村はドボックの面汚し、非国民の村だ!
それだけではない!」
ルーラを射殺そうかという視線を向けた時
「これはどういう事ですかな」
廊下の奥からエルティースが塀に囲まれ歩いてきた。後ろにはレミィとソウラもいる。
「あなた!?」
駆け寄ってくるソウラをクリフソーは突き飛ばす。たまらずひっくり返った彼女は、その態度が信じられない様子で呆然と自分の夫を見上げた。
「こいつ、殺してなかったんですか」
「村長の娘なので、人質として使えると判断しました」
「人質ならルーラがいるだろう。まったく、デブは殺して良いって言ったのに」
嫌そうに小指で自分の耳をほじくりながら答える彼の姿に、ソウラは
「あなた……何を言っているの?」
まだ事態が飲み込めずにいた。
「お前達は下がっていなさい」
妻と娘を制し、エルティースが前に出る。
「ドボックの兵士と聞いたが、あなたが隊長ですか?」
「ジェノ・スラフスティック。こんなへんぴな村でも、名前ぐらいは知っているだろう」
「ドボックの防衛大臣と聞いておりますが。こんなへんぴな村に何のご用ですか? 何のためにこのようなことをしたのですか!?」
普段の彼からは想像できないような怒声で、燃える死体の山を指さした。
「お聞かせ願います。なぜこのような事をします。村を訪ねるにしろ、制圧にしろ、命を取る必要はない。まず使いをよこし、面会、話し合いの場を持つのが筋ではありませんか」
言葉こそ丁寧だが、その口調には許しがたい怒りがこもっていた。
「それは言葉が通じる相手に対してだ。民の義務に背を向け、逃げるばかりのものを相手にするのに必要なのは言葉ではなく力だ」
「私たちに言葉は通じないとでも」
「ならば、なぜこんな所に隠れ住む。堂々と生き、税を納め、兵役に就き、民としての義務を果たさないのはなぜだ」
「生きるためです」
「義務を果たさぬ民など、国や健全に働く者達の寄生する虫と同じ。それを守ろうとは、現実を見ようとしないお人好しの理想主義だ。
よく考えれば我々の言うことこそ正しいとわかる。それがわからぬのならば、お前は物事の是非を理解できぬ馬鹿者か、是非などどうでも良く、ただ国にケチを付けたいだけの阿呆だ。
馬鹿や阿呆の相手をすることはただの害だ。古来より『馬鹿を相手にすると馬鹿がうつる』と言う」
「この世に馬鹿などいない」
「馬鹿と余計な会話をする気はない。案内しろ」
「どこへでしょうか?」
「決まってるだろう。地下へですよ、お義父さん」
鼻で笑うクリフソーをエルティースは静かに見据え
「最初からこれが目的だったのか?」
「いや。最初は本当に、兵逃れのためにこの村に逃げたんだ。ホッとしたけど、すぐに後悔したな。つまんねえ村。遊ぶところもありゃしない。けれど自分から言い出した手前、それを口にすることも出来ない。
おまけに、よりによってこんなデブ女に好かれるんだから。悪い事って続くもんだ」
ちらと見られたソウラは青ざめた目を硬直させたままだ。まだこれが現実と理解できないのか。悪い夢と自分にひたすら言い聞かせているみたいだ。そんな娘の姿にレミィがずいと彼の前に立った。
「それがあなたの妻を語る言葉ですか。どのような経緯であなたがこの人達に協力するようになったかは知りません。
しかし、今日、式を挙げ、皆の祝福の中、離髪の儀式を行い。妻となった女性に向けてそのような言葉は」
彼女は最後まで言い続けることが出来なかった。
スラフスティックが後ろに控えていた男……あの剣ではなく刃の輪を持っていた男だ……に目で合図をする。瞬間、男の手から刃輪が飛んだ。それはレミィの首筋のそばを通過する。途端、首から鮮血が噴き出して彼女が倒れた。刃輪は狭い廊下を楕円を描くように男の手に戻る。
「レミィ!」
返り血で服が染まるのもかまわず、エルティースが彼女を抱き起こす。彼女は目を見開いたまま死んでいた。
「おしゃべりな女はそれだけで害悪だ」
「お母さん!」
「お母様!」
ルーラとソウラが兵を突き飛ばして母の亡骸に駆け寄った。噴き出した血で服が汚れるのもかまわず抱き起こすが、すでに母は何の示しもない。うるさいほど言葉を発した唇はもう動かない。泣き崩れる姉と母の亡骸を横目に、ルーラは兵達を睨み付け
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
わめきながら突進する。が、兵の1人に突き飛ばされて尻餅をついた。
再び起き上がり、突進するが同じように張り倒される。あまりにも力が違いすぎた。兵の1人が手にした剣でルーラを何度も叩いた。鞘に入れたままだが、大ぶりの剣が打ち下ろされる力は、13歳の少女に容赦なくダメージを与える。
「止めてぇ!」
ソウラが打ち下ろす兵にしがみつくが、同じように張り倒される。
「止めろ!」
皆の動きを止めたのは、エルティースの一声だった。
「ソウラ、ルーラ。おとなしくしていなさい。何をしても、もう母さんは戻らない」
怒りとも優しさとも取れる声に、2人の娘の怒気も嘆きも薄らいでいく。
それでもルーラは母の死を流しきれず、父に訴える視線を向ける。だが、エルティースは静かに首を横に振り
「このままではお前達も殺されてしまう」
改めてスラフスティックに顔を向けるが、その目に先ほどの優しさはなかった。
「案内しましょう。こちらへ」
先に立って歩き出すエルティースの後を、満足げな一同が着いていく。ソウラとルーラも無理矢理立たされ、一緒に行かせられる。人質とするために。
ルーラは足を引きずりながら、クリフソーが持つ精霊石をちらと見た。
(精霊たちに手伝ってもらえれば、こいつらをやっつけられる)
彼女はまだ精霊たちに戦いを手伝ってもらったことがない。しかし、教会の蔵書などから精霊使いの戦い方は知っていた。精霊の力はものすごく強い。その力は人が使う魔導を遙かに超える。
突風を起こして人を飛ばす。
闇に包んで何も見えなくする。
地面を陥没させて生き埋めにしたり、隆起させて走る足に引っかけて転ばせる。
水を飛ばしたり、波を起こして相手を飲み込む。
だが、どれも彼女は実際にしたことがない。彼女は精霊に他の生き物を殺すのはもちろん、攻撃すらしたことがない。せいぜい驚かしている場所から遠ざけるぐらいだ。
それに、それをするには精霊石が必要だ。あれがなければ、彼女の声は精霊たちに届かない。
エルティースはランプを用意すると、一同を地下倉庫へと連れて行く。そこは普段使わないものを置いておくところで、季節外れの衣類や雑貨、滅多に目を通すことのない蔵書などが置かれている。ルーラも何度か来たことがある。
古ぼけた箪笥をあけると、古い服がずらりとぶら下がっている。エルティースは服を掻き分けると、下の隅にある金具をずらした。乾いた音がする。
箪笥を閉め、力を込めると、重いはずの箪笥が嘘のようにすんなりと横に滑る。今まで箪笥に隠されていた壁に穴があり、下り坂が延びていた。穴は箪笥よりも一回り小さいが、人がくぐるには充分な大きさがある。
「何これ?」
ルーラもソウラも唖然とした。今までここに住んでいた2人も、この穴の存在は知らなかった。
「いずれはお前達にも教えるつもりだったが……来なさい」
エルティースが穴に入っていく。
「リゼ、灯りをつけろ」
スラフスティックに言われて、リゼと呼ばれた女魔導師が杖をかざした。
彼女の魔玉が光り出し灯りとなると、エルティースに続いて中に入っていった。
スラフスティック、クリフソー、そしてソウラとルーラ、その後ろにあの刃の輪を持つ男が続く。
「逃げようなんて思わないことだね。でないと、セクシャルの刃輪でお義母さんみたいなことになるよ」
クリフソーが忠告する。先ほどレミィを殺した男はセクシャルと言うらしい。
出入り口に2人ほど兵を残し、残りは地下についていく。
地下への道は倉庫との出入り口は少し狭かったが、中に入れはそこそこの広さがあった。少なくとも身を屈む必要はない。
道はそれほど急ではないものの、あちこちにデコボコが残り、歩き良いとは言えなかった。天井から水滴が滴り、所々から虫が顔を出す。明らかに人の手によるものだが、丁寧ではない。素人達が何とかこしらえた感じだ。
「人をよこして階段を作らせなければいけませんね。入り口ももっと広げて機材の搬入が出来るようにしないと」
魔導の灯りで周囲を見回したリゼが漏らした。
「やはり、村の男達は殺さずに土木作業をやらせるべきでした」
「馬鹿なことを言うな。畑仕事が出来る春までは食うだけの存在だ。それに、ここの地をよく知っている男達に武器にもなる道具を与えてみろ。山に隠れてこそこそ攻撃してきたら厄介だ。手の空いている人員をよこして工事させた方が良い」
「おとなしく言うことを聞かせるため、村の女子供を人質にするはずだったのでしょう」
「お前はその地をよく知るもの達を敵に回すことの厄介さを知らん。力のない年寄りや女を残して皆殺しは良い方法だ」
鼻で笑うスラフスティックを、リゼは静かに睨み付ける。その手の魔玉の杖が細かく震えているのに誰も気がつかなかった。
「追加の兵の手筈はすんでいるな」
「もちろんです。10日以内にはバーガンや例の自由商人と共に到着するでしょう」
「そんなにかかるのか」
「畑仕事が出来る春までは急いでもしようがないとバーガンが。それに臆病派に気がつかれると厄介ですので、こちらの確認が取れる前に動けませんでした」
「ラジィカルか。剣も使えぬくせに口だけはよく動く臆病者め」
ルーラはそんな会話は耳に入っていなかった。ただ、先ほどリゼの言った言葉だけが気になってしょうがなかった。
「自由商人って?」
彼女の声に、一同の足が止まった。
「おじさんは?! ベルダネウスのおじさんは無事なの。ポラリスさんは?」
皆、何のことだかわからない中、クリフソーだけが理解した。
「何だ、まだ気がつかなかったのか。ベルダネウスは俺達の手のものだよ。俺とスラフスティック様との連絡役をしていたんだ。酒に入れる眠り薬とか、必要なものも持ってきてくれた。
ポラリスもそうだ。俺が動けない時、代わりにあいつと連絡したり、俺がここに忍び込む時見張りをしたり」
「嘘!」
ルーラの叫びが地下道に響く。
「おじさんもポラリスさんもそんなことするはずない! 2人とも良い人だもの」
「お前は世間知らずだからな。自由商人なんてものはな、小さな村を回り、お人好し達にインチキ商品を高値で売っては逃げ出して、その村には立ち寄らない。そんな商売をする奴のことだ」
「そんなはずはない。ベルダネウスさんはラウネ神殿の紹介状を持っていた。本物だ」
反論するエルティースに、リゼは愚か者を見るように
「そう、本物よ。私たちが教会に指示して書かせた本物の紹介状。さあ、余計なことを言わず前に進みなさい」
杖でエルティースの背中をつつく。進み始めても、ルーラはまだ信じられないのか、消えそうなほど小さく「嘘よ……嘘……おじさんはいい人」とつぶやいていた。
程なくして、前の方から水が激しく流れる音が聞こえてきた。
「地下水脈だ」
「水があるのは助かる」
地下道から出ると、広々とした空間に出た。リゼの灯りでも行き渡らないほどの広さがあり、激しい水の音と匂いが空間を漂っている。
「石畳か」
スラフスティックが言った。地下道を出ると、床一面に石畳が敷き詰められていた。もちろん、所々剥がれ、木の根が顔を出し、無数の虫が這っている。もぐらなどの穴らしきものがある。
「灯りを強くしろ」
リゼが杖を振ると、魔玉の光が頭上に飛ばされ、一気に膨れあがった。光も増し、一気に周囲を昼間のように照らし出す。
皆、息を飲んだ。
広い。魔玉の光が奥まで届かない。
リゼが更に光源を3つ作り出し、頭上に放った。それでもまだ奥まで届かないが、かなり視界は開けた。
石畳が拡がるその向こうに、川があった。幅は地上の川の倍近くあるうえ水量が多く、流れも速い。うっかり落ちたらそのまま流されてしまいそうだ。
川には橋がいくつか架けられており、その向こうに大きな建物がある。
「あれが……」
思わずリゼがつぶやいた。
建物はラウネ教会よりはるかにでかい。この広場の1/4ぐらいをこの建物が占めている。正面に大きな扉があり、半開きになっている。中は暗くて皆がいる場所からでは見えない。
建物自体はなんの装飾もない。まるで倉庫のようだ。上にはいくつか窓があるが、どれも固く閉ざされている。見た限り4階建て。扉は3階ぐらいまでの高さがある。その横には3階建ての建物があり、倉庫らしき建物と細い部分で繋がっている。この細いところはこの2つの建物を行き来するための通路のようだ。大きな建物が倉庫ならば、小さな建物は事務所や会議室、従業員の宿舎といった感じだった。
「何だあれは?!」
兵の1人が声を上げ、指さした。
建物から少し離れた川の近くに、巨人が座っていた。両膝を折り曲げそれを抱えているような姿勢で。
その隣にもう1体、こちらは仰向けになって横たわっていた。しかも胸の一部が開いている。あいにく一同の場所からは中は見えなかった。
どちらも無骨で装飾らしきものはない。頭部にも、人間の顔に当たる部分に、目を思わせる2つの細い穴が空いていた。まるで絵描きが人のポーズの参考に使う人形みたいだった。
「あれが……」
リゼの声には喜びが含まれていた。
光源を横に滑らせるように移動すると、川を越えて、さらに同じ巨人が3体、直立不動の姿勢で立っていた。
「な……なに、あれ?」
ソウラが声を震わせ、ルーラにしがみついた。
「生まれてから今まで自分が住んでいた村の、自分の家の地下にあるものすら知らないとはな。エルティース、秘密主義にもほどがあるぞ。そのくせ我々にはしっかりバレているのだからな。ラウネとは間抜けを信仰することなのか」
スラフスティックに笑われる中、エルティースは静かに2人の娘の前に片膝をついた。
「2人とも、今まで隠していて済まなかった」
「父様、ここは何なんですか?」
ソウラの問いに、スラフスティックが代わりに答えた。
「教えてやろう。ここは遙か昔に栄えたという古代魔導文明の遺跡だ。そこらにあるのは魔導の力で動く巨人兵。今の魔導師連盟も魔導巨兵を持ってはいるが、所詮は遺跡で見つけた巨兵を模倣したにすぎない。
見ろ。数千年、いや、1万年以上かも知れぬ。それただけの間放置されていながら、ここの魔導巨兵には苔1つない。建物もそうだ。さすがに動く源である魔力は尽きているようだが、新たに魔力を注ぎ込めば再び動き出すだろう」
「そう決まったわけではない。古代魔導文明も魔力がないまま数千年、この遺跡も、形はそのままだが中身は朽ちている」
「確かめなければわかりません。そのために私たちは来たのです
リゼが言い放った。
「エルティース、お前が今までラウネ教会に送った資料は目を通した。あとはそれが事実かどうかを私自身が確かめる」
「お前達はここを何だと思っているのだ?」
「既にお前もわかっているはずだ」
立ち並ぶ魔導巨兵に目をやり
「ここは古代魔導文明の、魔導巨兵の製造工場だ。ここを分析し、再稼働できれば、我が国は数千、数万の魔導巨兵を手にできる。それも魔導師連盟の最高技術で作られたものを遙かにしのぐものをな。
その力で、この戦東群国を我が国が統一する。それだけではない、アクティブら今まで偉そうにしている大国も揃ってひれ伏させることが出来る」
「それはあなたの望みか? この国の望みか?」
「ラジィカルら調整派のことを言っているのか。あいつらが他国の顔色をうかがっているのは、我が国に力がないと思っているからだ。これらの力を見せれば考えも変わる。
さあ、案内してもらおう。やはりここを1番よく知っているのはお前だからな」
「案内はしよう。正しい知識は正しい道へのしるべとなる。だが、己の欲のために正しい知識から目を背けるな。
私がなぜ、今までこの遺跡を隠していたのか。知識を隠すことは我が神ラウネの教えに背を向けることになりかねない行為だ。それでも隠したのは、ここを知らずして、ここの技術を使うことは誤った道に繋がることだからだ。
そもそも我々はここを作った古代魔導文明のこともろくにわかっていない。いつ頃生まれ、どのような発展をし、どうして滅びたのか?
この遺跡は彼らにとってどのようなものなのか? この遺跡には不自然なところがいくつもある」
「不自然なところ?」
リゼが促すように聞いた。
「灯りを上げてみなさい」
その通りにリゼが光源をあげると、建物より少し上に地面が見えた。土の天井。所々から木の根らしきものが飛び出している。
「この建物は埋もれていたのではない。建物の上に、大地の蓋をしたのだ。そして、ここには魔導巨兵を外に出す出口がない!」
言われて一同が周囲を見た。灯りが行き届いていないのでハッキリわからないが、魔導巨兵が出られる大きさの通路は見当たらない。
「わかるか、ここは戦いや天変地異で埋もれたのではない。意図的に隠されたのだ」
「隠された……」
途端、スラフスティックが笑い出した。
「良いことを教えてくれた。私の判断は正しかった。隠したということは守りたいと言うことだ。古代魔導文明が守るほどの技術がここにある。ここで作られる魔導巨兵は、それほどに優れた戦いの力を有している。
出口がないというのは、ここが狙われたからだろう。時間がなくてとりあえず大地で蓋をしたのだろう。ならばありがたい。ここは長い間、使われなかったというだけで壊れてはいない。
出口がないのは問題ではない。魔導巨兵で出口を作ればいい。穴を掘ってな」
「うかつにそんなことをすれば天井が崩れて、ここは埋もれるぞ」
「そこは美味くやるさ」
「もう一度言う。ここを作った古代魔導文明は滅びたのだ。これだけの技術を有していても滅びからは逃れられなかった。どうして滅びたのか未だに謎だ。
この謎を解き明かさぬ限り、ここの力を使うのは危険だ。でなければ、我々は古代魔導文明と同じ道を歩みかねない」
「その心配はない。我々は古代魔導文明とは違う」
「どう違う?! むしろ技術を成熟させる時間が短い分、心は我々の方が未熟かもしれん。今のまま過ぎた力を持てば、力に振り回され自滅するだけだ」
「その心配はない。我々は奴らとは違う」
「奴ら。先人から学ぼうとせず、奴ら呼ばわりするものがここの力をうまく使えるというのか。自分を相手より優位に立つためだけに力を使えば、次第に力に振り回される。力を手放すことを、相手が同じ力を持つことを恐れ、相手を威圧し、支配することばかりを考え、力を使うはずが力に使われることになる」
スラフスティックが目で合図すると、兵の1人がいきなり剣でエルティースを横殴りに叩いた。
「父様!」
ソウラ達が駆け寄ろうとするのを、別の兵士が押さえつける。
「言葉に頼るのは弱い証拠だ。強いものは語らず動く」
よろめきながらエルティースは立ち上がり、
「語らねば、民に伝わらぬ。民は政者の奴隷ではない」
「奴隷ではないが愚か者だ。国の繁栄より己の要求を求め、声を荒げる馬鹿だ。馬鹿に付き合うほど無駄はない。私はこのドボックを背負っている。お前達とは違うのだ!」
「ドボックを背負う? お前はこの国を背負っているのではない。自分の思うがままに作り上げ、動かしたいに過ぎない。お前にとって国とは、自分の支配を正当化するための道具だ。
自分の欲望のために、国という大きな肩書きを振りかざしているに過ぎない。だからこそ、自分の意に沿わない声を愚かの一言ですまそうとする。お前に反対するものは国のことを考えぬ愚か者なのか。国のことを考えた結果、お前の意見に反対しているのではないか。お前と国とが等しいものでない限り」
皆がエルティースの叫びに気を取られたとき、ルーラがクリフソーに飛びかかった。
「こいつ!」
何とか精霊に心を伝えられればと、ルーラが彼の持つ精霊石に心を向ける。そのため周囲への注意が薄らいだ瞬間、背後から兵士が彼女をつかみ、クリフソーから引き剥がした。微かに通じかけた精霊への意思が途絶える。
「親だけでなく、娘も逆らうか。もういい」
スラフスティックの命令に、クリフソーが精霊石の胸当てを石畳に放り投げた。それを手にしようとするルーラを他の兵士が押さえつける。
兵の1人が胸当ての前に立つ。その手には、剣ではなく大振りのハンマーが握られていた。
「やれ!」
「やめてーっ!」
ルーラの叫びに合わせるかのように、兵はハンマーを胸当ての中央、精霊石に思いっきり振り下ろした。
狙い違わずハンマーは精霊石を直撃、粉々に打ち砕く。
胸当てを中心に砕かれた精霊石の破片が散らばっていく。
「あ……」
兵を押しのけてルーラが駆け寄り、破片を手にして心を込める。
精霊たちの声は聞こえてこなかった。存在すら感じられなかった。もはや、これに人と精霊をつなぐ力はない。
「抵抗せず、俺達の言うことを聞いていれば、そのうち返してもらえたかも知れないのに。ルーラ、お前の自業自得だよ」
クリフソーの言葉も彼女の耳には入ってこなかった。
3歳の時、教会に隅に置かれていた精霊石を偶然触ったことからルーラは精霊使いとして生きることになった。精霊石をそのまま持つのは大変だ。「精霊の槍? 子供に槍を持たせろと言うの。私は反対よ」と、レミィが精霊石を埋め込んだ胸当てを作ってくれた。この胸当ては、彼女の成長に合わせて何度も作り直された。
精霊たちのと心を通わせることを、気味悪がる村人もいた。すごいと言ってくれる人もいた。村人たちよりも精霊たちと遊ぶ時間の方が長い時期もあった。
山の動物たちも、不思議と彼女を襲うことはなかった。まるで精霊たちが動物たちに言い聞かせているように。
そんなつながりを持たせてくれた精霊石は、今、ただの破片となった。
「どうする? 何かある度騒がれちゃ大変だ。それに人質は1人で充分だろう」
クリフソーがソウラとルーラを見比べた。
「お願い、やめてあなた。これ以上人を殺さないで」
ソウラが彼の前に跪き、懇願する。
「あなたなんて呼ぶな。虫唾が走る」
「私たちは夫婦でしょう。式を挙げて、離髪の儀だってしたわ」
「髪を切るのがそんな大層なことか。勝手に作った規則に人を巻き込むな」
ルーラは愕然とした。村の女にとって、結婚式で夫に髪を切られるということは夢なのだ。それも彼はわかっていたはず。
「お前に良いところがあるとすれば、新婚初夜までベッドを共にしなかったことだ。おかげでこんなぶよぶよの体を抱かずに済んだ」
言いながら笑い顔を浮かべ、兵士の1人から剣を借りる。
「ひとつ教えてやるよ。俺はな」
クリフソーは涙目で懇願する妻の顔を見下ろすと
「デブが嫌いだ」
力の限り、剣を妻の首に振り下ろした。
ルーラの時間が止まった。凍り付いた時の中、彼の振り下ろした剣は、静かに妻の頭を切り落とした。
首のない姉の体が前のめりに倒れ、これが事実だと受け入れたくない顔をした姉の頭が転がり、彼女と目が合った。
口から言葉にならない叫びが出た。ルーラが押さえつけていた兵を跳ね飛ばすように立ち上がる。
この時、ルーラに心はなかった。ただただ腕を振り回し、蹴り上げ、周囲の兵達相手に暴れ回った。
もともと波の男を超える力を持つ彼女が、理性を捨ててその力を振るう。技もへったくれもない。ただただ力まかせに周囲の兵を殴りつけ、蹴り飛ばし、捕まえては振り回し、投げ飛ばす。
兵達は驚いた。13才の少女の理性を捨てた暴れ方に圧倒された。
セクシャルが刃輪を構える。
「待て。大事な人質だ」
リゼが彼を制し、魔玉の杖を構える。先端から細い稲妻が伸びてルーラを貫いた。
彼女の体が大きくびくつくと、その場に倒れた。
「ルーラ!」
エルティースが駆け寄ろうとするのを兵が止める。
「安心しろ。威力は最小に抑えてある。ほら」
ルーラが手足をがくがく震わせながら、立ち上がろうとしていた。
「見ろ、余計な奴らを生かしておくとただ面倒なだけだ」
村人達を殺したのは正解だとばかりに、スラフスティックに顔を向けられ、申し訳ないとリゼが頭を下げる。
その時だった。
「……何十年ぶり……うまく発動してくれ……」
エルティースがリゼに飛びついた。彼女にとっては予想外だったらしく、そのままもつれて転がる。起き上がったエルティースの手には、彼女の魔玉の杖があった。
彼のうなり声と共に魔玉が光り出す。魔導の発動を表す現象だ。
「まさか!」
「貴様、魔導を?!」
驚きに周囲の動きが止まる中、エルティースの持つ魔玉の杖から、先ほどリゼが発動したのよりも大きな赤い電撃が解き放たれる。
「ルーラ、逃げろ!」
何十年かぶりに発動させた攻撃魔導。微妙な制御は出来なかったが、それだけに魔力のままに放出しまくる。辺り構わず彼は魔玉の杖を振り回し、稲妻を周囲に放ち続ける。
稲妻を受けた兵士達が次々倒れる。
「逃げろーっ!」
父の叫びに後押しされたのか、ルーラの足が動いた。しかしその動きは鈍い。
兵の1人が彼女に飛びかかろうとするのを見て、エルティースが杖をその兵に向ける。稲妻に貫かれて兵は倒れた。
「ルーラ、生き延びろ。そして幸せになれ!」
叫ぶエルティースの背中に、セクシャルの刃輪が突き刺さった。
杖の稲妻が消え、ゆっくりと倒れるエルティース。その目に、もつれながら川に落ちるルーラの姿が映る。
それがタウリスト・メイ・エルティースが最期に見たものだった。
激しい水の流れ。泳ごうにも、ルーラの体はリゼの電撃魔導の影響でろくに動かなかった。さらに流れの中、彼女の髪が縛り付けるように体に絡みつき、動きを奪う。
川は上から見たよりずっと深い。底にはいくつも大きな岩があり、流れながら彼女の体を打ち据える。痛みと苦しさに襲われながらも、彼女はどうすることも出来なかった。
父のことも、母のことも、姉のことも頭に浮かぶ浮かぶ余裕無く、ただただ流れに弄ばれた。
川底の岩のひとつに彼女の頭がぶつかる。
いきなり光が消えた。
一気に流れが速くなった。
ルーラの意識がなくなった。
(つづく)