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【16・幸せへの手紙 ~そして本編へ~】


「やっと一息つける」

 ベルダネウスはぬるい紫茶を一気に飲んで大きく息をついた。

 アクティブの東の外れ、戦東群国との国境線沿いにある町アンド。その食堂の個室でベルダネウスたちは腰を落ち着けていた。ここは緊張と安堵が入り乱れる町として知られている。彼ら同様、戦東群国から無事に出てきて安堵する人たちと、これから入ろうとする人たちの緊張と。

 彼らはサンクリス村から3日かけてここまで来た。

 途中、ドルボックでラジィカルに事の次第を報告すると、彼は真っ青になった。すでにセンメイ川が干上がったことで、いくらか覚悟はしていたようだが、遺跡が崩壊、湖の底に沈むのは想定外だったらしい。

「下流の国から問い合わせが殺到している。中には干上がらせるための我が国の陰謀だと言う国もある。どう説明すれば良いんだ?!」

「遺跡のことを省いて事実を説明するしかないでしょう。上流で陥没が起こり、そこへ川の水が流れ込んだと。数日して穴に水が一杯になればまた川に水が回って元通りになりますよと」

 目的は違えども、スラフスティック同様、古代魔導文明の遺跡を利用するつもりだった彼も、この事実は痛かった。

 少なからずショックを受けている彼を置いて、ベルダネウス達一目散に逃げ出した。その後、ほとんど休みなしで馬車を走らせ、ドボックを始め戦東群国のいくつかの国を抜け、一気にアンドまで来たのである。

 もちろん、ここまでは他国の兵や役人に何度も止められたが、その度にベルダネウスの口とガインの力、カーンの魔導で(できるだけ)穏便に通過してきた。たまーにちょっと不幸な目に会う兵達もいたが。

「飯を食ったら宿を探すか。それとも、もう少し先の町まで行くか?」

 運ばれた骨付き肉に手を伸ばしたガインが聞くと、ベルダネウスは疲れた顔を横に振り、

「さすがに今夜はゆっくり眠りたいですね。関係者への報告もまとめておきたいし」

 今回の件では、彼はラウネ、サークラーの両教会から推薦された形になっている。これからのことを考えると、関係者に迷惑をかけることは避けたい。

「それが終わり次第、次の仕事を始めますよ。ですのでお二方とはここでお別れです。お世話になりました」

 カーンとガインに頭を下げる。

「お前さんの馬車と荷物以外は、もらって良いのかな」

「どうぞどうぞ。使うなり売るなりご自由に」

 村から持ち出した2台の馬車は、荷物ごとここまで乗ってきていた。素直に返すほど彼らはお人好しではない。

「ねえねえ、次はどこに行くの?」

 口いっぱいに頬張った魚飯を飲み込んでルーラが聞く。

 出発時こそまだどこか沈んでいた彼女だったが、馬車が進むにつれ、見たことのない景色、知らない街に遭遇、元来の好奇心もあってか、かなり元気を取り戻していた。

 何よりも貪るように御飯を食べる姿が彼らを安心させた。食べることに貪欲な人間は前向きに生きるというのが彼ら共通の認識だった。

 ここで出される料理は彼女には初めての料理ばかりなので、注文はベルダネウスたちにおまかせだが、これでもかとばかりに料理を口にし、「おいしいおいしい」と次々皿を空にしていく姿はなんとも頼もしい。皿に付いたソースまで舐めかねない勢いだ。

 それとは対照的だったのが

「少しは食べろ」

 カーンに言われ、力なくスープを口に運ぶのは独眼の女魔導師リゼだ。全魔力を奪われた彼女は、魔力と一緒に生きる活力すら失ったのか彼に連れられるまま村から脱出した。しかし遺跡は沈み、スラフスティック派は壊滅。行き場を失った彼女は抵抗する気力すら失っていた。

 ルーラと違い、彼女は魂の抜け殻のようになったまま一言もしゃべっていない。

 そんな彼女の姿を、ルーラは怒ったように唇を尖らせて見た。彼女にとってリゼはクリフソー同様、家族や村人の命を奪った連中の仲間であり、仇の1人だ。だが、目の前にいるこの姿、全ての力を失い、生きる活力すら無くした姿は、彼女の憎しみを萎えさせるのに十分だった。

 スープを一口飲んだだけで力なくスプーンを置くリゼに、ルーラは怒ったように

「食べて」

 と身を乗り出し、チーズ入りの麦粥を差し出した。

「食べないのは……ずるい」

 その言い方が適切かどうかはともかく、彼女が怒っているのは伝わったのか。リゼは麦粥を受け取り、スプーンで口に運ぶ。

 その様子にベルダネウスは満足そうにゆっくり頷き

「ルーラ、お前ともここでお別れだ」

「え?」

「お前はカーンさんのところにいく。この人は魔導品専門店をやっている。そこの店員として働くんだ」

「ちょっ、ちょっと。どうして?」

 ベルダネウスにすり寄るのを彼は押しとどめ

「忘れたのか、お前は復讐が終わった後、私の『商品』になると約束した。お前をこき使おうが、売ろうが私の自由だ」

 声を出さず「あっ」という顔になるルーラ。確かにそう約束したのを思い出した。


「ベル公よ。本当に良いのか?」

 夜、宿の一室で報告書を書いているベルダネウスに、カーンが聞いた。

「ルーラ嬢ちゃんは、お前さんと一緒に行くと思い込んでいただけに落ち込んでいるぞ」

「私が扱う商品はご存じでしょう」

「生き物……というか、奴隷と麻薬は一切扱わない。それがお前さんの信条じゃったな。麻薬はともかく、お嬢ちゃんをわしに売りつけたのは生き物を扱うことにならんか?」

「仕事の仲介です。職業斡旋は生き物の売買には入りません」

「言いようじゃな。とは言うても、お前さんの扱う品はあまりおおっぴらに出来んのも事実じゃが。生き物と麻薬以外は何でも扱う。盗品、禁制品、贋作からわいせつ物まで何でもござれ」

「私自身、何でこんな物をって思うのもありますけどね。そういう品を欲しがる人を見つけて売るのもなかなか面白いものです。おかげでヘンテコな趣味や収集家の知り合いが増えました」

「この後は何を仕入れる気じゃ?」

「知り合いの盗賊が、処分しにくい戦利品がたまって困っているそうですから。それをね。具体的な中身まではお話しできません。

 ただ言えるのは、真っ当な幸せを手にしようとするならば、私には関わらない方が良いと言うことです」

 ベルダネウスはカーンに向き直ると

「ルーラをお願いします」

 深々と頭を下げた。


 5人部屋はなかったので、3人と2人に別れていた。カーンとベルダネウス。他3人の組である。女性2人が一部屋使えば良いとも思ったがやはり、ルーラとリゼの2人だけにして、万が一のことが起こったらとガインも一緒に泊まることにした。

「嬢ちゃん、まだ寝ておらんのか?」

 部屋に入ると、ルーラは窓辺に座って外を眺めていた。魔導灯はほとんど無いが、今夜は満月のせいか外は意外と明るい。

 リゼはベッドに横になってはいるが、相変わらず生気の無い目を開けたまま。ガインに至っては鼾こそかいていないが大きく胸を上下させて眠っている。もっとも、何か妙なことがあれば瞬時に目を覚まし動くことをカーンは知っているので特に心配はしなかった。

「これからについて、ベル公に何か言われたか?」

「あたしは、幸せにならなきゃいけないんだって」

「あいつらしい言い方じゃな。で、沈んでいるところを見ると、お前さんは幸せになる自信がないのかな?」

「わかんない……カーンさん、幸せって何だっけ?」

「年寄りにそんな難しいことを聞くな。その答えは嬢ちゃんが自分で見つけないといかん」

「……見つかるかな」

 寂しげに笑う彼女に

「幸せが何かなんて難しいことはわからんが……幸せのとっかかりを見つける方法なら知っとる」

「え、何?」

 彼女の目に少し生気が戻った。

「静かに目を閉じ、心を落ち着かせ、自分がこうなったら良い。こんな生活がしたいというものを思い浮かべる。何でも良い。美味しいものを腹一杯食べたいとか、お城のような家に住みたいとか。そんなんで良い。

 思い浮かんだら、しばらくその世界に浸って幸せかどうか噛みしめる。

 幸せだなぁと思ったら、今度は目を開け、それを現実にするにはどうすれば良いか考え、実行する。

 それだけじゃ。

 お金だの人脈だのを使えば、幸せに近づくことは出来るじゃろう。しかし、幸せそのものにはなれん。

 やはり幸せになるのは、己自身の1歩じゃよ。

 わかったら、ベッドに横になって、静かに幸せな自分を考え、眠るが良い。お前さんもな」

 最後の言葉はリゼに向けられていた。

 カーンが出ていった後、ルーラはその通り、ベッドに横になって幸せな自分を思い浮かべた。

 1人は嫌だった。友達が、家族が欲しかった。住む家が欲しかった。

 村を出たせいだろうか、もっといろいろな所に行きたいとも思った。見たこともないものを見、聞いたことのない話を聞きたいと思った。

 いつしか彼女は眠っていた。


 山道の開けた場所。大樹のほとりで子供達が追いかけっこをしていた。木に登る子、山の斜面を駆け上がる子。皆が笑顔で皆が元気だ。

 大樹のそばには一台の馬車が止められ、馬車から木の枝に張られたロープには洗濯物がずらりと干されている。シーツからシャツから下着から、大きさから見て、周りで騒いでいる子供達の物に違いない。

 子供達が樹から馬車の屋根に飛び移り、そのまま地面に飛び降りる。

 そんな中、ルーラは木陰の隅で即席の竃で料理を作っていた。赤子を背負い、ちょっと大きな子供は興味津々でシチューを煮る彼女の様子を見ている。

「かーちゃん、いっぱい取れた」

 何人かの子供が籠にたくさんの貝を乗せて川から走ってくる。今まで遊んでいた子供達も集まってくる。10人を超える子供達に囲まれルーラは

「ようし、お母さんに任せなさい」

 と腕まくりするが、その姿は今と同じ13才のルーラだ。そこへ

「お父ちゃんが帰ってきた」

 女の子の1人が道を指さした。

 見ると、大きな籠を背負った男の子を2人連れて、ベルダネウスが歩いてくるところだった。

 ルーラの笑顔がより一層大きくなり


「……お帰りなさい、あなた……」

 自分の寝言で目が覚めた。

 体を起こすと、窓から日の光が高くから差し込んでいる。こんな時間まで眠っていたのは久しぶりだった。隣のベッドを見ると、リゼとガインの姿はない。

 代わりに、カーンが隅の椅子に座って何やら書き物をしていた。

「やっと起きたか。朝飯……じゃなくて昼飯にしよう。ちょっと待っとれ」

 書き物に吸い取り紙をあて、折りたたむ。 

「おじさんは?!」

 身を乗り出す彼女に、カーンは小さく首を横に振り

「もう出発した。今頃は次の町への道を進んでいるよ」

 愕然とする彼女を促し、食堂に下りる。しかし、冷めかけた昼飯を前にしても、彼女はスプーンを取る気になれなかった。

「夢を見たのか」

「……」

「とても幸せそうじゃったが」

 泣きそうになるのをルーラは必死で堪えた。あの夢に出てきたベルダネウスはもうここにはいない。

「……おじさんは、またカーンさんのところに来るんですか? カーンさんのところにいれば、また会えるんですか?」

「ベル公が魔導品を仕入れるときは、まずわしの所に来るよ。じゃが、今回のことでもわかったろうが、あいつはしょっちゅう危ない橋を渡っている。いつ死んでも、牢にぶち込まれてもおかしくない」

 真っ青になったまま固まった彼女を前に、カーンは大きくため息をついた。

「爺さん、馬車の準備は出来たぞ」

 ガインが来て金の入った袋を置いた。2台のうち、1台を売った金だ。

「リゼは馬車か?」

「ああ、少しだが、目に光が戻っている。このまま馬車を持ち逃げするぐらい元気が出りゃ良いんだが」

「そこまではまだ無理か」

 カーンはちらとルーラを見

「嬢ちゃん。飯を食ったらさっそく仕事を1つやってもらうぞ」

「え?」

「妙な顔をするな。ベル公から聞いたろう。今の嬢ちゃんはわしに雇われた使用人。雇い主の言うことは聞いてもらう」

 言いつつ先ほど書き物をしていた紙を取り出した。軽く中を確かめると、再びたたみ、それを別の紙できれいに包む。

「手紙を届けてくれ。そして相手からの返事を聞くんだ」

「どこの誰に届ければ良いんですか?」

「ベル公じゃ」

 途端、ルーラの目に光が戻った。

「一本道じゃし、風の精霊の力を借りて飛んでいけば追いつくじゃろう」

 ルーラが手紙に手を伸ばそうとするのをさっとかわし

「まず飯を食べてからじゃ」

 言われて、彼女は目の前の食事を今までが嘘のような勢いで食べ始めた。

 あっという間に食べ終わり、口の端についた食べかすもそのままに手紙をつかむ。

「行ってきます!」

 精霊の槍と手紙を手に宿を飛びだし、すぐに戻ってくる。

「どの道を行けばいいんですか?!」

 カーンに教えられた道にそって猛烈な勢いで空を飛んでいく彼女を2人は見送ると

「爺さん、あの手紙は何なんだ?」

「幸せに通じる言葉を書いておいただけさ。さて、わしらも行くか」

 出て行こうとする2人に

「お客さん! 宿代!! まだもらってません!」

 宿の主人が飛びだして叫び、2人は慌てて引き返した。


 カーンの言葉通り、ベルダネウスが進んだ道は多少曲がりくねってはいるものの一本道だった。

「早く、早く」

 風の精霊にお願いしてうんと早く飛ぶ。この地の精霊にとって彼女は知らない精霊使いだ。いきなり現れ、出来るだけ早く運んでとお願いされて戸惑ったようだが、彼女の必死さに押されるようにその願いを叶えていた。

「いた!」

 道を進む1台の馬車。見覚えのある屋根。それを引いているのは間違いなくグラッシェだ。

 一気に馬車まで飛んでいき、抱きつくように屋根に着地する。その振動で馬車が揺れ、歩みを止めた。

「おじさん!」

 屋根から突き出すように彼女が顔を出す。さすがにちょっと照れくさそうだ。

 グラッシェが足を止め、うれしそうに一声泣いて振り向いた。

「お前がどうしてここにいる? カーンさんのところから逃げ出してきたのか」

「違うよ」

 御者台、彼の隣に腰を下ろし、服の中から手紙を取り出す。

「カーンさんから手紙」

「雇い主をさん付けで呼ぶやつがあるか。主人、あるいはカーン様と呼べ」

 手紙を受け取り、中を取り出す。

「返事を聞いて来いって言われたけど」

「返事?」

 訝しげに手紙を広げると、思わず噴き出し、固まった。

 震える彼の様子に、ルーラは何だろうと彼の肩越しに手紙をのぞき見る。手紙には短く一言だけ書いてあった。


『返品』


「……あ、あの爺ぃ……」

 彼の手紙を握りしめる手が震えた。

「返品ってなに?」

「いらないから返すって事だ!」

「返すって」

 ルーラはしばし考え、自分を指さしそのまま指をベルダネウスに向けた。

「そういうことだ」

 言われてあっけにとられた彼女だったが、すぐにその意味を理解し、腹を抱えて笑い出した。

「あははははは、どうしよう。あたし、返品されちゃった」

「笑うな」

「返品されたってことは、あたし、戻らなくて良いんだよね。このままここにいて良いんだよね」

「喜ぶな。商品で言えばお前は不良在庫だ」

 頭を抱えて言葉にならない不満を口でもごもごさせる。その様子をルーラとグラッシェは楽しそうに見ていた。

「ねえねえ、あたしが売りもものにならないんだったら、ザンがあたしを使えば良いのよ。この前みたく、護衛兼使用人として」

「馬鹿を言うな。特別な事情があった前と一緒にするな。お前はとてもじゃないが、一人前の護衛が務まる腕じゃない。使用人としても、町での生活常識をほとんど知らない時点で失格だ。そんなやつを雇ったら、私が不幸になる」

「そっか。あたしもザンも幸せにならなきゃいけないんだもんね」

 その時、彼女は昨夜の夢を思い出した。とてもとても幸せな夢。それを現実にするには

「だったらさ。おじさん、あたしと結婚しよう!」

 ベルダネウスが思いっきり噴き出した。

「そっか、結婚するんじゃおじさんなんて変だよね。確かおじさんの名前は……ザン! あたしがお嫁さんになって子供もいっぱい産む。あたしも幸せだし、ザンも若いお嫁さんもらえて幸せ。良い考えでしょ」

「待て。どうしてそうなる?」

 彼の表情が引きつり、震える。サンクリス村でもこんな顔をしたことはない。

 対照的にルーラの顔は自信と幸せに溢れ

「忘れたの。ザンはあたしの髪を切ったじゃない。離髪の儀式。あたしの髪を切った以上、ザンはあたしをお嫁さんにしなきゃダメ」

「あれは例外扱いしろ」

「離髪の儀式を知った上で切ったんだからだーめ。ザンの方からあたしに結婚を申し込んだんです」

 どうだとばかりに鼻息荒く胸を張る。

「それに……」

 唇を尖らせて彼に詰め寄り

「ザン、あたしをハダカにしたでしょ。見ただけじゃなくて触ったし。年頃の娘にそんなことをしたんだから、ちゃんと責任とってよね」

「待て。あの時はそう言う意味で脱がせたんじゃ」

「言い訳はダメ。男らしくないわよ。それに、ザンが言ったんじゃない。あたしは幸せにならなきゃいけないって。あたしはザンのお嫁さんになるのが幸せだなって思ったの。きっとポラリスさんだって許してくれるよ」

 引きつった笑いでそれは違うと言いかけてやめるベルダネウスだった。今の彼女には何を言っても無駄だ。

「あたしがお嫁さんじゃ不満なの。まだ13歳だから? でも、あたしもう子供産める体だよ。今夜からでも子供作れるよ。

 それともおっぱいが小さいのが不満? そりゃあポラリスさんよりはちっちゃいけど大丈夫、あたしまだまだ大きくなるから。お尻もおっぱいも大きくなるから」

 すさまじい勢いでしゃべり、押しまくる彼女にさすがのベルダネウスも逃げるように下がり、ついに御者台から落っこちた。

「大丈夫、あなた?」

「あなたじゃない!」

 いまだ反撃の機会をつかめずオロオロする彼の姿を、精霊たちが面白がって見ていた。


 この後、ベルダネウスは何とか

「雇うに見合う実力をつければ、護衛兼使用人として契約する」

 と、ルーラを納得させるのに成功する。

 その条件を満たすため、彼女はガインの紹介でスターカイン国のウブの町に行き、基礎をしっかり学んだ後、衛視として働くことになる。

 400日(約1年)の衛視生活を経て彼女は正式にベルダネウスと護衛兼使用人として契約


 ……そして「ベルダネウスの裏帳簿」本編へと続く……


(おわり)



 本作は私が現在メインで発表している「ベルダネウスの裏帳簿」シリーズの前日談です。いわばベルダネウスとルーラの始まりの物語ですが、出会いを描いたものではなく、ルーラの旅立ちともいうべき内容です。本編第1作「魔導人の心臓」がルーラ16才の初冬ですから、ほぼ3年前の出来事になります。

 はじめのうちは、ただぼんやりとしか考えていなかったのですが、シリーズを書き進めるうちに、1度きちんと書かないといけないと思うようになりまして。キーボードを叩き始めました。

 ただ、書き終えて思ったのはこれは拒否反応を起こす人も多いだろうなぁということです。何しろ基本的に復讐を肯定する話ですし、スラフスティックが敵役なので、愛国心が悪い形で使われています。でも、ベルダネウスのセリフにもありますが、自由と愛国心ってめちゃくちゃ相性が悪いんですよね。愛国心寄りだと自由はわがまま身勝手に、自由寄りだと愛国心は心や価値観の縛り、押しつけに思えてくる。


 前日談故の縛りはありました。ルーラの村は滅びなければいけない。両親と姉は死ななければいけない。そして、ルーラ自身の手で人を殺さなければいけない。

 他にも、本編に比べてベルダネウスを未熟に書くこと。彼が本編と同等の能力を持っていたら、もっとうまく立ち回っていたでしょう。ただ、本編ではまだ触れていないベルダネウスの過去、娼館時代・闇落ち状態になる前の彼について少し書けたのは満足しています。そう、ザン・ベルダネウスというのは本名ではありません。

 ルーラも本編以上に子供っぽくしました。村が襲われるまでのやんちゃな彼女は書いていて楽しかった。

 立ち回りが一番下手だったのはルーラの父でしたね。本編でも散々他のキャラに言われましたが、隠れて住んでいるという自覚があまりにもなさすぎる。でも、彼も村人をこのまま何も知らずに一生村に外を知らせずにいるのは耐えられなかったのでしょう。結果的にはそれが悲劇に繋がるわけですが。


 サンクリス村の生活を考えるのは楽しかったです。山の中の隠れ村の生活はどうなんだろう。生活に必要なものはみんな村の中、目の前の山や川で手に入れなければならない。生活範囲内に生息する動植物はほぼ全て食べられるかどうか試してある。百科事典などでは、記載されている植物などはどれも食用かどうかが書かれている。季節が来れば手に入り、老人や子供でも取ることの出来る植物は、食べられるかどうかはとても大事な知識だったんですね。

 作中で跳虫が食べ物に出てきたのは昆虫も貴重なタンパク源だろうと思ったからです。跳虫は私たちの世界で言うイナゴです。川蛇は鰻やドジョウ、貝はタニシをイメージしています。家畜は羊と鶏が基本。馬は死んだら食べるけど、基本農作業用。山には野生の猪、兎や熊、狼などいるし、もちろん捕まえれば食べたでしょう。甘味は蜂蜜か果物、山から取れる甘い汁の植物(野生のサトウキビ?)。砂糖なんてない。塩は山の一角から(質の良くない)岩塩が取れるという設定です。だから自由商人が運んでくれる調味料は貴重です。

 大規模な土木用具がないため、建物は木造。煉瓦は特別な建物にのみ使用。

 離髪の儀式はルーラの外見を最初と最後で変えたいなと思い、考えました。せっかくだからと、村の女性は結婚まで髪を切らないという風習にしました。結果、彼女が髪を切ることに外見を変えること以上の意味を持たせられたと思っています。彼女の正体がばれる一因にもなりますし。


 書き進めるうちにめちゃくちゃ後悔しました。なんで前日談にしてしまったのかと。なぜこれを第一作にしなかったのかと。

 お前のせいだ。ポラリス!

 実は、本編執筆前に作ったプロットに彼女は登場していませんでした。

 私はプロットは割と細かいところまで書くタイプで、以前アニメのシナリオ学校に行っていた頃、「お前のはプロットと言うより字コンテだな」と言われました。実際、本作のプロットは400字詰原稿用紙概算で100枚近くありました。中編小説並です。

 そのプロットに未登場だったポラリス。最初は村の中にベルダネウスに好意を寄せている女性がいるよとルーラとの会話の中で、名無しじゃなんだからと名前を出し、せっかくだからと顔を出し、会話させ……いつの間にやら彼と偽装結婚まで。

 あれ~~~~っと首を傾げることに。

 中盤のドルボックでは彼女にいい意味で振り回されました。ルーラもベルダネウスもカーンもたたかうおじさんも、スラフスティックやリゼも「強い」キャラなのに対し、彼女は当たり前の弱さを見せてくれました。主人公達の強さ、ずるさに対し、弱さのツッコミを入れてくれる。貴重なキャラになっていましたね。

 これが前日談じゃなかったら、ラストは彼女の言ったとおり「ベルダネウスはポラリスと正式に結婚、ルーラを養女にして、3人で自由商人として旅をする」になったかもしれません。


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