【15・最後にやること】
「終わったか」
ベルダネウスは倒れているクリフソーの骸を一瞥し、ルーラの前に片膝をついた。
「もう、ここですることはない。出よう」
「ポラリスさんは?」
途端、彼の表情が曇る。不安に駆られた彼女が立ち上がりかけると、彼の肩越しに倒れているポラリスの姿を認めた。胸を赤く染めて動かぬその姿で彼女は何があったかを知った。
「う……うぁぁぁぁぁぁっ!」
心の糸が切れたかのような叫びだった。
ひとごろし。
クリフソーが彼女に向けた最後の言葉が何度も甦る。
うずくまり、ただ泣きわめくだけ。
そんな彼女をただ見下ろすだけだったベルダネウスだが、足下に落ちる土塊に天井を見る。
また天井部分が揺れ、土塊がぽろぽろこぼれ落ちる。
激しさを増した水の音に彼が見ると、遺跡の中央を流れている川。その流れ出てくる穴の周囲からも水がじわじわ滲むように流れ出ては川の水量を増やしている。
意を決し、彼女を抱き上げた。
「逃げるぞ」
「いやぁぁぁっ!」
もがき、手足を振り回す。その手が彼の顔面に当たった。
たまらず膝をつき、彼女を地面に落とす。
「ルーラ!」
「もういや。みんな死んじゃった。もうどうでも良い。あたしもここで死ぬ!」
「死ぬな!」
彼女を無理矢理自分の方に向け
「お前が村に戻ったのは何のためだ。クリフソー達を殺すためだが思い出せ。奴を殺したその先にお前がやりたかったことを。
奴を殺して、それで終わりじゃない。お前にはまだやらなきゃいけないことがある」
「何をしろって言うの!」
ヒステリックな彼女の肩をしっかとつかみ、ベルダネウスは直前まで顔を寄せ
「幸せになることだ!」
「……」
「そうだ。確かにお前は肉親や村の人達を殺された憎しみから殺した奴を殺し返した。なぜ殺し返した? 殺した奴らが罰せられることもなく、それどころかお前の肉親達を殺したことが手柄として褒め称えられることが我慢ならなかったからだ。
好きな人達、大切な人達が踏みにじられ、殺される。それが正しいとされることが許せない。
そいつらを放置したままでは幸せになれない。
そう感じることのどこが悪い! それだけ強く誰かを愛したんだ! それだけ強い愛情を知っている人間がこのまま死んでいいはずがない。
ルーラ、お前はすでにそいつらを仕留めた。だからお前がやることはただひとつ。幸せになることだ!」
彼の勢いに彼女は押され、涙を流すことも忘れていた。
「人は何のために産まれ、生きている?! 幸せになるためだ! 幸せになるために生きる以上に正しい生き方など無い!
ルーラ、お前はそれをやるんだ」
お互いしか見ていない2人の顔をかすめるように矢が通り過ぎた。
「ふざけるな!」
怒声に思わず2人がその方を見る。
弓に新しい矢をつがえたスラフスティックが立っていた。全身泥だらけで服はボロボロ、深手はないようだが、顔も手足もかすり数だらけ。
ろくに使ったことがないのか、弓を構える姿勢も不格好だ。だが、その目だけはギラギラとして2人を見据えていた。
「幸せになるだと。お前達にそんな資格などあるものか!」
鞭を警戒しているのか、明らかに届かない距離を保っている。
「スラフスティック……逃げないのか?」
「お前達を仕留めてからな」
矢の向きが揺らぐ。ベルダネウスとルーラ、どちらを先に仕留めようか迷っているように見えた。
「お前達は、この国の未来を潰したのだ。周りの力にびびり、周囲の機嫌を損ねないよう小さくなっているこの国が飛躍するチャンスを潰したのだ。我らの国を愛する心とその行為を踏みにじったのだ」
「あんたの愛国心と行動力は立派だよ。国のような大きなものが進むには、あんたのような強い人間が必要だ。だから私も、気に入らなくても契約したし、あんたが村人達を殺さなかったら力玉に細工は頼まなかった。ここの工房や魔導巨兵をどう使おうがご自由にってつもりだった」
淡々とベルダネウスは答える。
「だが、あんたは自分の愛に邪魔なものを鼻で笑いながら踏みにじった。それが気に入らない。それが私にとって大事なものだから尚更だ」
静かに彼はルーラを庇うように立ち
「私はあんたの言う愛国心なんてものはひとかけらも持っていない。どこの国がどうなろうと気にしない」
「自由商人ごときに、愛国心の神聖さはわからん。自分の働きにより祖国が輝かしい栄光を手にする。これに勝る喜びはない!」
「確かにわからん。ちょっと焼きたてのパンと潮の香りのする貝のスープ。油がパチパチ剥げる魚の串焼きを頬張ったときの喜びに比べたら、国の栄光なんか屁みたいなものだ。
もともと自由と愛国心は相性が悪い。しかし、国は愛さなくても人は愛している。それを守るためなら、国や法にも背を向ける」
スラフスティックの矢を持つ手に力がこもる。
ベルダネウスがルーラの頭を押さえて体を低くさせる。
「私に言わせれば、あんたはドボックを自分の理想に合わせた『作品』にしようとしている。あんたは国を愛しているんじゃ無い。国を愛する姿勢を貫く生き方を愛しているんだ」
スラフスティックに憤怒の形相が浮かび、まるでそれに呼応したかのように天が揺れた。
今までに無いほどの土塊がこぼれ、地下水脈が流れ出る壁の周囲から新たな水が噴き出す。
土塊が落下し砕け散り、彼らの周囲に横殴りに襲いかかる。
スラフスティックが矢を放つ!
ベルダネウスが鞭を振るう。目一杯伸びた鞭の先端がほどけ、結ばれていた漆黒の刃輪が飛んでいく。
見事それはスラフスティックの眉間にぶち当たるように切り込んだ!
刃輪を食い込ませたまま見開いたまま仰向けに倒れるスラフスティックに続いて、ベルダネウスもゆっくり倒れた。
「おじさん!」
ルーラが抱き起こすと、彼の右胸をスラフスティックの放った矢が貫いている。
何度も呼びながら体を揺すると、彼の表情が苦悶に歪み、微かに呻く。まだ生きている。誰か助けをと見回すが、
スラフスティックの遺体
クリフソーの骸
もはや動くことのないポラリス
その他、あちこちに土塊などに潰された兵達の死体があるだけ。
ここで生きている人間は自分たちだけ。
「やだ、死んじゃやだ!」
ベルダネウスを揺さぶり、泣きわめくが、彼も微かに呻くだけで意識がない。
轟音と共に天の大地が崩れてきた。
壁が破られ、今まで止められていた大量の水が一斉に流れ込んできた。まだ残っていた魔導灯や篝火を飲み込んでいく。火が消え、魔導灯の光りが弄ばれるように踊る。
ルーラの顔が恐怖に歪む。
川の水が今まで数倍の量となって2人を飲み込んだ。
水流に翻弄されながらも、ベルダネウスの体だけは決して放さない。
目を開けても濁流で視界がほとんど無い。かろうじて流される魔導灯の光がいくつか見えるだけ。
その1つは動かない。目をこらすと、魔導灯が何か棒のような物に引っかかっているのがわかる。川底にある2つの岩に長い棒が引っかかり、さらにそこに魔導灯が引っかかったのだ。
途中にある岩に足をつけ、流されるのを踏みとどまる。
水面に顔を出し、大きく何度も息をする。
ベルダネウスを見ると、激しく咳き込み、口や鼻から水を出すが意識は戻らないままだ。
彼をしっかと抱きしめたまま、彼女は先ほど見たものをもう1度思い浮かべた。
天井の地面が次々と剥がれ落ち、水が噴き出すように流れ込んでくる。地上の川が陥没した地面にたまり、それが地面を突き破って流れ込んできたのだ。音で先ほどを上回る大量の水が津波のように押し寄せてくるのがわかる。
ルーラは腹を決めた。先ほど見えたものが見間違いでないことを信じて。
「おじさん、もう少しだけ頑張って!」
大きく息を吸い、彼を抱えたまま水の流れに飛び込む!
体勢を整え、伸ばした足で川底を削るようにブレーキをかける。
目は真っ直ぐ。魔導灯の灯が照らす、あの岩に引っかかっている棒。
近づくにつれ、棒の先端が見える。そこには少々不格好な石の穂が獣の毛のようなものでしっかりと固定されている。
間違いない。
(精霊の槍!)
クリフソーの投げ捨てた槍が、川底の岩に引っかかって流されずにいたのだ。この時をひたすら待ち続けていたかのように。
流されながら左手でしっかとベルダネウスを抱きしめ、右手を槍に伸ばす。
津波が彼女に追いついた。一気に押し流されるスピードが増す。
流されるまま槍に衝突し、その衝撃で槍が岩から外れた。放すものかと槍をしっかと抱きしめる。
(お願い!)
川面に波紋のように震えが広がる。久しぶりに会った友の姿に、声に喜ぶように。
爆発するように川面から水柱が噴き上がる。
その中心から飛び出すのは、しっかりとベルダネウスを抱きしめたルーラ。彼女の手には精霊の槍が握られていた。
光が集まって2人を照らす。
風が集まって2人を宙に止め、そのまま上へと運ぶ!
土の天井が一斉に崩れ落ちる!
2人が近づくと崩れる土が左右に分かれる。土たちが自らの意思で2人に当たらないよう、どいてくれる。
上へと跳ぶ2人とすれ違うように地面が落ちていく。見覚えのある木が、台車や柵が落ちていく。家々が崩れ、バラバラになって落ちる。
崩れ落ちるラウネ教会こと自分の家と入れ違いにベルダネウスを抱えたルーラが上っていく。
天の地面が割れて光が差し込み2人を照らす。外は朝になっていた。
地上に飛び出す2人を青空が、風が出迎えた。
日の光の中、2人は風を纏って空を舞う。歓迎するかのように舞う鳥の群れに囲まれて。
× × ×
疲れた目をなんとか開くと、見覚えのある天井が見えた。間違えるはずもない。自分の馬車の天井だ。
ベルダネウスはゆっくり呼吸をし、いきなり咳き込んだ。
「目が覚めたか」
重い頭をなんとか横に向けると、山と積まれた記録に目を通すカーンが見えた。
まだ頭にもやがかかったベルダネウスが治療された体を起こすと、背中に痛みが走り思わずうめいた。さらに右胸の激痛に顔をしかめる。
「まだ痛むか」
カーンがベルダネウスの背中に回り魔玉のネックレスを絡めた手で傷をなでる。それだけで痛みが嘘のように引いていく。
「ほれ、こいつも飲め」
紫色の液体が入ったカップを手渡され、ためらうこともなくゆっくり口をつけ
「ぶふっ!」
たまらず噴き出し、激しく咳き込んだ。
「なんですかこれ……」
苦いとか辛いとかではない。とにかく不味いのだ。今まで頭にかかっていた靄が一瞬で霧散するほどに。
「文句言わずに飲め。治癒魔導だけで治るほどその傷は甘くない」
「せめて蜂蜜か果汁を混ぜて飲みやすくするぐらいは……」
「そんなことしてみろ。飲んだときの反応が楽しめん」
「楽しまないでください」
さすがのベルダネウスも顔をしかめ、その液体を見つめていたが、やがて覚悟を決めたのか、鼻をつまんで一気に飲み干す。カーンの薬だ。味はともかく効果は信用できる。
カップを置くと、体を倒しては大きく口を開けて何度も呼吸する。口の中に残る味を少しでも薄めようとするかのように。
「お前さんはしぶといのぉ。他のやつなら、もう5、6回は死んでいるぞ」
「死ぬのは1回しか出来ませんからね。もったいなくてなかなか出来ないんですよ。それに、年長者より先に死ぬなんて礼儀に反します」
少し力が戻ったのか、カーンを見てにやりと笑う。彼も負けじと笑い返し
「若者は少しぐらい生意気でないといかん。遠慮はいらんから先に行け。わしはもうちょい生きるのを楽しんでから行くわ」
改めて治癒魔導をかけてもらいながら今いる場所を見回す。
「ここは……私の馬車ですか」
答えるように背後で馬の声がした。振り向くとグラッシェがいる。
「どれぐらい眠っていました?」
「ほぼ丸1日じゃな。村から持ち出せるものはほとんど持ち出した。とは言うても、たかが知れているがな」
兵たちの動きから、囮だと気づかれたことを知ったガインは挑発を止めた。そして頻発する地震から村を離れた方が良いと判断した彼は、ベルダネウスやバーガンの馬車に荷物をありったけ積んで、村から避難したのだ。
「俺も村がまるごと落っこちるとは思わなかった。逃げた兵と会ったら食い物と毛布ぐらいはやろうと思ったが、誰にも会わない。さっさと逃げたか、俺らを怖がって隠れたか」
と、これはガインの談である。
この時期にしては暖かい日差しに照らされ、気持ちの良い日だ。
サンクリス村へと続く山道の先に彼女は立っていた。
「ルーラ」
ベルダネウスが声をかけると、彼女は力なく振り向き、うなずいた。
彼も彼女の隣に立つ。以前なら2人の立つ道の先にはサンクリス村があった。しかし、今、道は2人の足下で途切れている。
その先……かつて村のあったところは湖になっていた。村の陥没したところに川の水が流れ込み、地下の出口は土砂で埋もれ、上の出口には届かない。それで湖になってしまったのだ。
「下流の村や町は騒ぎになっているだろうな。何しろ川の水がいきなり無くなってしまったんだからな。途中から一緒になる川はあっても、水量は大きく減る。直に収まるにしても、様子を見に誰か来るだろう」
今はまだ溜まるばかりの水だが、もとの川の高さまで水がたまれば、また流れ出すだろう。そうなれば、下流の不安も収まるはずだ。
「遺跡はこの底か……」
魔導師連盟やラウネ教会が遺跡を調べるには湖の水を抜き、覆った土をどかさなければならない。どれだけの手間がかかるか。
神妙にベルダネウスは湖に頭を垂れる。その横顔は、彼女には亡き妻・ポラリスの冥福を祈っているように見えた。
静かに湖を見つめながらルーラは
「おじさん……。あたしのしたこと、間違っていたのかな」
「クリフソーを殺したことか?」
「村を落としたこと。あたしのお願いのために、みんなの住むところを壊しちゃった」
彼女は湖の畔を見ていた。根付く大地を失い、倒れ、流れ着いた巨木。枝は折れ、本来は土の中に隠れている太い根も、幹が横たわっている今は天を向き、水滴を滴らせている。
そこには、たくさんの動物たちが集まってこちらを見ていた。
猿、熊、狼、狐、狸、ウサギ、鼠。木の枝にはたくさんの鳥が止まりトカゲや虫たちが幹や枝に群がっている。
他の動物を襲うこともなく、みんなそろってルーラを見ている。かつて山の薬湯に浸かっていた時と違い、その目はどこか冷めていた。
それはまるで「長年のよしみで今回のことは我慢してやる。けれど、お前との付き合いはこれまでだ」と言っているようだ。
「ごめんなさい」
ルーラがつぶやいた。
「みんなの住む場所を壊してごめんなさい。
冬に備えて大事なこのときに、こんな目に遭わせてごめんなさい。
大切な食べ物を実らせる森を奪ってごめんなさい。
……ごめんなさい……」
うなだれつぶやく彼女を黙って見ていたベルダネウスが、静かに歩み寄るといきなり彼女を抱きしめた。
彼はいきなりで戸惑う彼女の耳元に口をよせ
「ありがとう」
「……」
「私を助けてくれてありがとう。あんな中、決して諦めずにいてくれてありがとう。
おかげでこうして生きていられる。これからたくさんの楽しいことを味わうことが出来る。
ルーラのおかげだ」
彼女の顔が真っ赤になった。
「これからどうする?」
「え?」
「ここに残るか。私たちと一緒にドボックを出るか」
表情を震わせ、言っていることが理解出来ない様子に、彼は言葉を続ける。
「私はお前は幸せになれと言った。しかし、人はひとりぼっちでは幸せになれない。幸せでない人達に囲まれて幸せになることは出来ない。だから、お前は人のいる場所に行くべきだ。たくさんの幸せな人達、幸せになろうとしている人達に囲まれなければならないんだ。
ここにもう村はない。ここに残ってもお前は1人だ。
しかし、お前は精霊使いとして、人間以外の生き物と通じやすい。私から見て1人でも、お前にとってはそうではないかも知れない。だから、ここに残りたいと言うなら私は止めない」
「おじさんは行っちゃうの?」
「私は商人だ。その人が欲しい、手に入れたいと思うものを売っては相手に満足させ、ちょっぴり幸せにする。そしてそのおこぼれをもらって私自身も幸せになる。
自分の働きで、他人を自分よりも幸せにする。それが商人の仕事であり、生き方だ。
だから、お前があったら良いなと思うものを持って年に1度ここに来るぐらいなら出来る。が、ここに住むことはない。
ここを出るか残るか。私たちが出発する前に決めるんだ」
目を見開き、ルーラの呼吸が荒くなる。いきなり大きな決断を突きつけられ、なかなか頭に入ってこない。
助けを求めるように動物たちを見た。
狼がそっぽを向いてそのまま立ち去った。
熊が、ウサギが、同じように彼女に背を向け去って行く。
そして、動物たちはいなくなった。
ぽつんと立つ彼女を風が巻いた。
ハッとして彼女が顔を上げる。精霊たちはここにいる。
精霊の槍を見た。心静かに精霊たちに語りかける。
しかし、彼女の望む答えは返ってこなかった。
見渡すと、ベルダネウスの姿もなかった。
「おじさん……!?」
彼女は道を駆け戻る。道ばた。木の陰に隠れるように彼のも含めて馬車が3台止めてある。
彼がカーン、ガインと何やら話しているのが見える。
安心したように、ルーラは彼らに向かって走って行った。
(つづく)




