【13・精霊の答え】
遺跡前の広場に、縛られたルーラが地面に転がされていた。
その周囲を兵達が固め、さらに3体の魔導巨兵が立ち、彼女を見下ろしている。それぞれにはリゼと他2人の魔導師がつき、いつでも魔導巨兵を動かせるように魔玉の杖を構えている。
「ルーラ、お前本当に馬鹿だなぁ」
彼女の前に腰を下ろしたクリフソーが呆れた笑顔を浮かべた。
「せっかく生き延びられたんだから、さっさと逃げりゃ良かったのに。みんなの敵を取りに戻ったのか。出来るわけないだろう。ベルダネウスもどうしてこんな馬鹿な話に乗ったのか?」
彼をにらみつけ、噛みついてやろうと体を跳ばすが届くわけもない。ただ、ほんの数センチ動くだけだ。
その様子にクリフソーは笑い
「こいつが欲しいだろう」
からかうように、精霊の槍をちらつかせる。
「やめなさい、悪趣味にもほどがあります」
リゼにたしなめられクリフソーは面白くなさそうに肩をすくめ離れる。
「それより槍をどうにかしなさい。その娘が取り戻したら面倒になります」
「何かの役に立たないか? 高く売れるとか」
「精霊使いでなければただの石槍。珍しいものではありますが、決して入手困難なものではありません」
「たいした価値はなしってことか」
つまらなさそうに精霊の槍をもて遊ぶのに
「槍を粗末に扱わないで!」
ルーラが叱るように叫んだ。その声にカチンときたのか、
「粗末にね」
大げさな身振りで槍を振り回すと思いっきり投げた。
槍は不格好な弧を描いて川に落ち、流れながら穂先を下に沈んでいく。
「ああっ! 無くなっちゃったぁ」
クリフソーの声はもう彼女の耳に届かない。表情が固まり、涙も出ない。彼女の時間だけが止まったようだった。
ヘラヘラ笑いながら下がるクリフソーは、ふとリゼと目が合いぎくりと足を止める。
自分に向けられて、彼は初めて「ゴミを見るような目」を見た。
「何だよ。何か文句があるのか」
彼女は返事もせず、彼に背を向け歩いて行く。その姿勢が彼をいらだたせた。
「ルーラの正体を見破ったのも、捕まえたのも俺の手柄だぞ。なんでそんな目で見られなきゃならない!」
彼の叫びを打ち切るかのように、スラフスティックの叫びが地下遺跡にこだまする。
「ベルダネウス、出てこい!」
地下に広がる叫びに返事は無い。
「お前達がまだここにいることはわかっている。あの大男を待っているなら無駄だぞ」
周囲に声が反響していくが、やはり返事は無い。
「ファランクス」
顎でルーラを指す。リゼは唇を噛むと魔玉に精神を込める。魔玉が光りはじめそれに合わせて魔導巨兵の1体が動き始める。ゆっくりとルーラに歩み寄ると、足を上げて彼女を踏みつけようとする。
ルーラの目が恐怖に見開く。
踏みつける寸前、魔導巨兵の足が止まった。
「出てこい。でなけれど娘を踏み潰すぞ」
今度も返事は無かった。
「ここにはいないんじゃないのか?」
「いや、いる」
セクシャルが静かに答え、愛用の刃輪を持ち直す。
「来た」
遺跡の陰からベルダネウスとポラリスが現れる。砂埃にまみれ、愛用の鞭を手にベルダネウスが静かに歩いてくる。その後ろに寄り添うように、どこかで拾ってきたらしい小剣を手にしたポラリス。
「出てきたぞ。その足をどけろ」
その口調は、既に自由商人が顧客に対してするものではない。
スラフスティックが答えるより先に、リゼが魔導巨兵の足を下ろした。ポラリスが駆け寄り、小剣でルーラの網や縄を切る。
「もうオーレリィと呼ぶ必要は無いな、ルーラ。偽名は疲れる」
「……ベルダネウスさん」
泣きそうになるのを、ぎゅっとポラリスが抱きしめた。彼女の力が注がれるようで、ルーラは泣きじゃくりそうになるのを寸前で踏ん張った。
「確認しておこう。バーガンを殺したのはお前だな」
スラフスティックが、あの扉につけておいた『麻薬を炊いている。絶対開けるな』の紙を放り投げるようにベルダネウスに見せる。
「そうだ」
「奴は我が国の財政を立てなおすために必要な男だぞ」
「麻薬で国を救うのか」
「綺麗事で国を強くすることは出来ん。何にしろ、貴様をただで済ますことは出来なくなった」
「お待ちを。今こやつを殺しては計画に支障を来します」
リゼの強い口調に、スラフスティックもさすがに言葉に詰まった。
「ベルダネウス、この辺で終わりにしましょう。あなたの背後にいる人達と私たちを結びつけなさい。そうすれば、私たちは振り上げた拳をなんとか下ろすことが出来ます」
言われてベルダネウスは自分たちを囲む兵達を見回した。みな、自分たちに剣を振り下ろしたくてウズウズしている顔だ。兵達は仲間を殺した大男と繋がっていることに対する憎しみを、バーガンの部下はむざむざ自分たちのボスを殺された無念と悔しさを。
スラフスティックが一言命じれば、彼らは一斉にベルダネウスたちに襲いかかるだろう。
「2つ……」
ベルダネウスは指を2本立てた。
「あと2つだけ、私の要求を呑んで欲しい。そうすれば、後はあなたたちの要求に従いましょう」
「この期に及んでまだ何か要求しようというのか」
怒りをむき出しにするスラフスティックをリゼは制し
「聞くだけは聞きましょう。2つの要求とは?」
「ひとつは私たち……私とルーラ、ポラリスがドボックを出るまでの安全を保証すること」
「上で暴れている大男の安全は良いのか?」
「簡単に殺される人ではありませんから、そこまでは要求しません。ただし、返り討ちに合っても責任は持ちません」
肩をすくめながら見せる微かな笑みは「あの男を倒せるものなら倒してみろ」と挑発しているようにも見えた。
「もうひとつは……彼の命だ!」
その指は、真っ直ぐクリフソーを指していた。
「彼とルーラに勝負をさせて欲しい。勝敗に文句はなし。彼の命を奪うことになっても見逃して欲しい。その代わり、ルーラが返り討ちに合っても文句は言わない。約束通り取引先へのつなぎはやります」
指されたクリフソーは真っ青になった。
「なるほど、あなたたちの目的はそれだったね。村を売った罪滅ぼしのつもり?」
「無理に言葉を探せばそうでしょうね」
「村を売ったのはお前らだって同じだろう! 何で俺だけ悪人にされるんだよ」
クリフソーが叫び返す。いきなり自分の命を取引材料にされたのだ。慌てるのも無理はない。
「同じですよ。だから何です。まず自分が償ってから人のことを言えとでも? それに対する私の答えは『それがどうした?』です」
不敵な笑みの答えにクリフソーの足が震えた。
「過去の罪が重すぎる場合、前に進むためにはそれを棚に上げて身を軽くする必要があるんです」
ポラリスが持っていた小剣をルーラに差し出す。彼女は自分を納得させるように頷くと、それを受け取ってクリフソーに対峙する。
「クリフソーさん。死に物狂いで戦えばあなたにだって勝機はある」
そう言ってベルダネウスは鞭を構えると、ルーラの横に立った。
「この手の仇討ちに助太刀はつきものです」
見上げる彼女の頭を、彼は微笑みながら静かに撫でた。
「遠慮はいりません。クリフソーの助太刀をしたいという人がいればどうぞ」
クリフソーは期待と不安のこもった顔で周囲を見回すが、セクシャルもリゼも、兵達も動く気配はない。だが、
「待て」
スラフスティックが口を出した。
「いつ我々がお前の要求を呑むと言った。お前のせいで麻薬栽培による戦費獲得が遅れ、兵が何人も殺された。それらを許した上、さらに要求をのめだと。図々しいにもほどがある。要求をのむのは、お前たちの方だ!」
彼が右手を挙げると、魔導師の1人が魔導を発動させて魔導巨兵を動かした。足を持ち上げ、ベルダネウスを踏み潰そうとする。だが動きが鈍い。彼は飛び下がるようにそれを避けた。
「思い知らせる必要があるな。お前達が置かれている立場を」
もう1体も動き出す。リゼも仕方なくと言いたげため息をつくと魔玉の杖をかざした。3体目が動き出す。
魔導巨兵から離れようとするポラリスの前に武器を構えた兵達が立ち塞がる。
戻れとばかりに剣を突き出してくる。彼女は目の前の兵と魔導巨兵を恐ろしげに見比べ、どうすべきか迷う。
「ポラリス、こっちだ!」
ベルダネウスの叫びに従い走る!
3体の魔導巨兵がまるで下手なダンスを踊るかのように足を踏みならし、ルーラを、ベルダネウスを、ポラリスを踏み潰そうとする。
特に素早い動きではないが、1度でも踏んづけられたらお終いだ。3人は走り、転がり、跳んで自分の体より大きい足から逃げ惑う。
「魔導巨兵を操る訓練にもってこいだ」
その様子にスラフスティックは笑っていた。
周囲の兵が件や弓、セクシャルの刃輪などで牽制して、ルーラたちを外に出さないようにする。中央に戻された3人を、魔導巨兵達が踏み潰そうとする。
魔導巨兵の動きが鈍いので何とかしのいでいるが、そのうち魔導師達は魔導巨兵の操作に慣れるだろう。疲れた彼らが踏み潰されるのは時間の問題に思えた。
だが
「2人とも、まだ体は動くか?」
駆け寄ってきたベルダネウスにルーラとポラリスが「何とか」と頷いた。
「説明している時間は無い。外に出ようとするな。魔導巨兵をできるだけ動かせ。動きが大きければ大きいほど良い」
「大きい動きって?」
「手足を大きく動かせたり、体を捻らせたり、とにかく動かすように逃げ回れ」
うなずくポラリスたちを残して、ベルダネウスは両の手に鞭を持ち、手本を見せるとばかりに魔導巨兵の1体に突っ込んでいく。
彼を踏み潰そうとする足を躱し、鞭を振るう。
魔導巨兵の体のあちこちには足場や手すりに出来そうな出っ張りがいくつもある。腰にある手すりらしき出っ張りに鞭を絡みつかせると、魔導巨兵の足を、一気に腰まで駆け上がる。
「何?!」
操っていた魔導師が、魔導巨兵に腰の後ろにしがみついたベルダネウスを払おうとさせるがその動きは鈍い。その間に彼は鞭をさらに背中の上にある出っ張りに絡ませ、腕から逃げるように背中を上る。
人間だって、手を伸ばして背中に張り付いた物をとるのは難しい。まだ扱いに慣れていない魔導巨兵なら尚更だ。ぎこちなく手を後ろに回して払うか潰すかしようとしてくるのを、彼は巧みに鞭を出っ張りに絡ませ、躱すように移動する。
「何をやっている?!」
声を荒げたリゼが、自分の魔導巨兵を動かしてベルダネウスに手を伸ばす。が、力が強すぎたのか、彼の取り憑いた魔導巨兵の背中を思いっきり突き飛ばす形になった。転倒する魔導巨兵からベルダネウスが飛び降り、リゼの魔導巨兵の股をくぐる形で反対側に回る。
リゼの魔導巨兵が振り返るが、足がもつれ、先ほどの倒れた魔導巨兵に足が引っかかって同じく転倒する。
倒れた際、リゼの魔導巨兵の拳が倒れた魔導巨兵の頭部を思いっきり叩いて亀裂を生じさせる。
それを見たスラフスティックか声を荒げ
「リゼ、魔導巨兵を壊す気か!?」
「わざとではありません!」
その様子に息を荒げながらも満足げな笑みをもらすベルダネウス。だが、肩で激しく息をする彼もまた体力消耗の激しさを語っている。
「ポラリスさん、あたしたちも」
ルーラの言葉に、ポラリスもうなずき走り出す。
立っている3体目の魔導巨兵の左右に分かれる。どちらを相手にしようかと魔導巨兵の動きが止まった隙に、ルーラがその足に飛びつき、足についている出っ張りをしっかりとつかむ。同じようにポラリスが反対側の足にしがみついた。
2人を振り落とそうと魔導巨兵が大きく足踏みする。その度に地面が揺れ、振動と重い音が広がっていく。
それでも落ちない2人を、直接取ろうと前屈みになって手を伸ばす。
そこへベルダネウスが駆け寄り、下ろした腕の把手に飛びついた。そのまま一気に腕から肩によじ登る。
「振り落としなさい。そいつは力玉を狙っている」
リゼが叫んだ。
動力である力玉は人で言えばうなじの部分にある。それを取り外してしまえば魔導巨兵は動かない。
魔導巨兵が腕を伸ばしベルダネウスをつかもうとするが、彼は逃げるようにそれを躱す。
「倒れて。押しつぶして!」
仰向けに倒れ、地面に激突する直前、ベルダネウスは魔導巨兵から飛び降りた。足にしがみついていたルーラたちも飛び降りる。
離れようとする彼女たちを、セクシャルの刃輪が襲う。何とかかわしたが、周囲の兵達の視線が向いているのを知り、へたに動けない。
立ち上がった魔導巨兵が迫り、ベルダネウスたち3人を取り囲んだ。
「なかなか面白い物を見せてもらった。お前達の逃げ方は、これからの魔導巨兵の戦い方の参考になる」
「それはどうも。できれば、一休みさせて欲しいですね。水を一杯いただけると、なおうれしい」
大きく肩で息をしながら、ベルダネウスは噴き出した汗を拭う。
「少しは自分たちの立場がわかったか。素直に我々の要求を呑めば良い。お前の黒幕に連絡して、必要な魔導品を至急揃えさせろ」
勝ち誇ったようなスラフスティックの言葉だった。
「連絡がつけば後は我々でやる。ファランクスの顔を立てて、お前たちはこのまま逃がしてやろう」
「……お断りします」
ベルダネウスが大きく息をしながらファランクスを見据えた。
「あなたたちのことを思ってです。今のままだと間違いなくあの人を怒らせる。ひどい目にあわされますよ」
「そうか。ならもう交渉は終わりだ」
吐き捨てるとベルダネウスたちを睨み付け
「3人まとめて踏み潰せ!」
「この者を殺しては今後の取引が」
慌てて止めようとするリゼに
「心配はいらん。こいつが村を出てから戻るまでの足取りを調べれば、どこで、誰と会ったかはわかる。少々時間はかかるだろうが、黒幕を探り出すことは出来る」
鼻で笑うファランクス。ベルダネウスは肩をすくめ。
「そうですね。確かに私は少々いい気になりすぎた」
だが、その目にはまだ力がある。
「最後に少しだけ時間をください。ルーラに確かめたいことがある」
「駄目だ」
「ここにいる全員の生死に関わることです」
スラフスティックが眉をひそめる。それを了承と受け取ったのか、ベルダネウスはルーラと向かい合い、片膝をつけて彼女と目線を合わせる。
「ルーラ、私は精霊使いじゃないから精霊の声は聞けない。だから精霊に関しては、お前の言葉から、勝手にこうだろうと決めつけているところがある」
何を言っているのかとルーラもポラリスもわからず彼を見つめた。
「確認しておきたい。お前は村に入る前、大地の精霊に頼んだな。この村を落とし、遺跡を中の兵ごと埋めてしまえと」
ルーラが頷き、兵達がざわついた。
「でも、大地の精霊はダメだって。ここにはたくさんの動物や草木がいる。そんなことをしたら、その生き物たちも死んでしまう。あたしのお願いでもそれは聞けないって」
「そうだ。私が確かめたいのはそこなんだ」
彼はおもむろに立ち上がると兵たちを見回し
「みなさんに聞きたい。私たちが村に来てから、ネズミを見たものはいないか? 食べ物を漁る小動物は?!」
互いに不安げな顔を見合わせる兵士達。「そういえば」とか「気がつかなかった」「たまたま見なかっただけじゃ」とかの声が漏れ聞こえてくる。
「動物の動きがおかしい。こぞって村から離れようとしているように見える。本来ならこの時期に咲かないはずの花が咲く。無理にでも実をつけ、種を作ろうとしているように思える。
だから私は確かめたい。ルーラ、大地の精霊はお前の望みをどう断った?
願いそのものを断ったのか?
生き物を巻き添えにするから駄目だと、特定の条件を断る理由にあげたのか?」
「それって、どう違うの?」
「生き物を巻き込む形ではダメだというなら、巻き込む心配がほとんど無くなったら? つまり動物が村から離れたら? 草木も身を遠くに運ばれる手を打ち終わったら? 落とすのはダメではなく、今落とすのはダメだという意味で断ったのなら?」
その意味に気がついてルーラは目を見開いた。
「動物たちが村を去るのに半日もいらない。問題は草木だ。草木が種を作るか、自身が1度力を失うことを受け入れたとき、大地の精霊はお前の願いを受け入れる」
天を仰ぐと、そこには空の代わりに村を支える大地が屋根のように頭上を覆っている。
「あれが一斉に崩れ落ちて、遺跡もろともここを埋め尽くす」
その瞬間、頭上が唸り始めた。まるで彼の問いに答えるかのように。
ひっそりとした魔導の灯りに照らされた、天井の土からこぼれるように垂れている木の根が揺れた。
「地震?!」
誰かが言ったが、地震にしてはおかしいと皆が感じた。足下の大地は揺れていない。自分たちにとって天井にあたる、村を支えている大地が静かに唸りを上げて小刻みに何度も揺れた。
土塊のいくつかが剥がれ、兵達の前に落ちて砕けた。
リゼが驚いて見上げた。魔玉を通して遺跡の結界をさぐる。
「結界に……亀裂が」
それを聞いた他の魔導師達も魔玉を通して頭上の結界の様子を感じとろうとする。
遺跡を覆う結界に無数のほころびが生まれ、その隙間から土塊がこぼれ落ちてくる。
魔導師達が引きつった。
兵たちがざわつき、後ずさりする。
「落ち着け。ファランクス、いい加減なことを言うな!」
スラフスティックの怒声に彼女の返事はなかった。それどころではなかった。
(結界が壊れようとしている⁈)
数千年かけて作られた大地は結界が壊れてもそう簡単には崩れない。しかし、それは時の劣化に従い結界が壊れた場合だ。精霊によって壊されたのならば、ましてやルーラの願いを聞き入れてならば、結界の崩壊に合わせて精霊は大地を揺らし、崩してくる。
震動が一旦収まった。
「止めさせろ!」
兵士の1人がルーラに叫ぶ。
「精霊使いだろう。精霊に止めるよう言え!」
「無理よ。精霊石がない。精霊の槍は捨てられちゃったし」
叫びながらクリフソーを指さす。
皆の視線を受けて、クリフソーが後ずさる。自分が槍を捨てた川を見るが、槍はどこにも見えず、ただ激しい水の流れがあるだけ。
「探せ!」
「無茶を言うな。とっくに流されてる」
「惑わされるな! 地震もただの偶然だ!」
スラフスティックの叫びに兵達の動きが止まる。
「偶然じゃない。ほとんど地震のなかったこの地で今日になってから何度も地震が起こるのは意味がある」
「黙れ!」
今まで聞いたことのないスラフスティックの叱咤に、一同の動きが止まる。
「兵ともあろう者が、敵の言葉に惑わされるな。こいつらを踏み潰せ、これ以上言葉を使わせるな!」
「しかし」
「命令だ!」
彼の血走った目は、魔導師達はたじろぎ、再び魔導巨兵を動かす。地震よりも目の前の彼の方が怖かった。
逃げようとするポラリスだが、足が震えて動かない。ベルダネウスが駆け寄り、彼女を抱えて走る。直後に彼女のいた場所に魔導巨兵の足が振り下ろされた。
間一髪よけた彼も、足がもつれて彼女を抱えたまま転倒した。立ち上がろうにも、彼の足もガクガク震えている。限界に来ているのだ。
彼を見上げるポラリスの目は、絶望が宿っていた。
「私の好みは諦めの悪い女だ」
それを撥ね返すように彼は見つめ返し
「私の妻なら、諦めが悪くなれ。最後の一息まであがき続けろ!」
その力を受け入れるかのように、彼女の目に力が戻り、大きく頷く。
一方、ルーラは魔導巨兵の股間を走り抜け、先ほどのように大きな動きを誘おうとする。
が、その彼女の前にリゼの魔導巨兵が立ち塞がった。
左右に動いて揺さぶりをかけるが、魔導巨兵はそれに合わせて左右に動く。動きもなめらかで足取りも軽い。明らかに動かすのに慣れ始めている。
ルーラの動きを読んで、
「これまでです!」
魔導巨兵が両手を広げる。踏みつけるのではなく、そのまま大の字で倒れて押しつぶすつもりだ。
前のめりに倒れようとした魔導巨兵が震えた。震えたと言うより、ぎくしゃくしたように見えた。
「何?」
リゼが違和感を覚えた。魔力の伝わり方に何かの引っかかりを感じる。今まで平らだった道が、いきなりデコボコしはじめた感じだ。
突然魔導巨兵が飛び込むように前に跳ぶ。ルーラの頭上を飛び越え、反対側の魔導巨兵に体当たり。
慌てて逃げ出す兵士達。彼らが逃げたその場所に、2体の魔導巨兵がもつれ合うように転がってくる。
「何をしている!?」
苛立つスラフスティックの声に、リゼ達が魔導巨兵を立ち上がらせようとする。
体を起こした魔導巨兵は、立ち上がるのではなく跳び起きようとするが勢い余ってそのまま前にもつれ転倒、川に頭部を突っ込んだ。飛び散る水しぶきから兵達が逃げ出す。
別の魔導巨兵が立ち上がるために体を支えようと手を地面に伸ばす。が、静かにではなく、力一杯、地面を叩きつけるように拳を打ち込んだ。
3体目の魔導巨兵が間を取ろうと後ずさる。が、後ずさりは止まらず、それどころかそのまま後ろ向きの全力逆走で走り出し、大地の壁に激突した。と思うと今度は前方に全力疾走を始め、工房の壁に激突! 壁を破壊し中に倒れ込む。
別の魔導巨兵が独楽のように両手を広げたまま体をぐるぐる回し、そのまま足をもつれさせて転倒。兵士の1人がつぶされた。
「魔導巨兵を止めろ!」
「動かしていません。勝手に動いているんです!」
魔導師の1人が泣きそうな顔で叫んだ。彼の魔玉は光っていない。つまり何もしていないのに魔導巨兵は動いているのだ。
しかも、ただ動いているのではない。
腕を振り回す。全力で走り、地の壁や遺跡に突っ込む。地面を激しくゴロゴロ転がる。
動きが全て極端、大きいのだ。全てが目一杯、全力の動きになっている。動きの加減が出来ない幼児が思いっきり駄々をこねているようだ。
「暴走している?!」
その様子にリゼが愕然とする。彼女の魔玉も光っていない。
いきなりベルダネウスが笑い出した。
「これだから面白い。偶然とか奇跡は、時折わざとやっているとか思えないタイミングで起こる」
「お……お前、何をしたの?!」
「あなたに納めた力玉、あれにちょっと仕掛けをね。使ってしばらくは何の問題もないんですが、ある一定の魔力を消耗すると、供給魔力が常に限界量になるように細工してもらったんです。
何か動作をさせようとすると、適度な力加減ができず、常に目一杯大きな動作をするようになる。
しかも、1度それが始まると、それまでにさせた動作の記録をランダムに拾い集め、魔力が尽きるまで自動で行う。
こうなったら、力玉の魔力が尽きるか、魔導巨兵からそれを取り出さない限り止まりません」
「それでは、先ほどの魔導巨兵から逃げ回る動きは」
「暴走の始まる使用量まで、魔力を使わせるためですよ。正直、どれぐらい動かせばいいのかわかりませんでしたから、ほとんど奇跡頼みでしたけれど……やはり、諦めの悪い生き方は無駄じゃない」
「嘘です。力玉は私が調べました。そんな仕掛けがあったら、ため込んだ魔力に歪みが生じ、すぐにわかります」
「もちろん、バレないよう細工してあります」
「そんなことはできません」
リゼは即座に否定する。
「仮に出来るとしても、そんな魔導師は[魔を導く右手の主]ラフカディオか、[神と肩を組む]カーンぐらいです」
カーン。その名前を聞いた途端、ポラリスとルーラがベルダネウスを見た。
「ラフカディオは魔導師連盟大幹部、カーンは15年前に死んでいます。私が辺境の魔導師だからと言って、馬鹿に……しないでください」
最後の方に力はなかった。なんと言おうが、今、目の前で魔導巨兵が暴走しているのは事実なのだ。
再び頭上から唸りが聞こえた。天井が揺れ、土の塊が剥がれ落ちる。慌てて逃げ出す兵士達。天の大地が歪み、捩れるように見えた。魔導結界が壊れかけている。
それまで地面に伏せて震えていたクリフソーも、この隙に逃げ出した。
気がついたルーラが走り出す。
「その娘を捕まえろ!」
叫ぶスラフスティックめがけて、剥がれた土の塊が落ちてくる。
地上への道に向かってクリフソーが走る。揺れたのが頭上部分なので篝火のほとんどは無事な上、魔導灯もある。うす暗いながらも視界は無事だが、足場が悪い。足を取られて転倒する。
「いでででで」
顔をあげた彼の表情が固まる。
目の前には、小剣を構えたルーラが立っていた。
(つづく)




