【11・絶望の逃亡】
地下の古代文明遺跡・魔導巨兵工房の前の広場で、2体の魔導巨兵がゆっくり輪を描くように歩いている。動きに危なっかしいところはないが、とにかくゆっくりである。少し離れて1体が簡単な体操をしている。
その前、3人の魔導師が魔玉の杖をかざして魔導巨兵達の動きを凝視している。そう、彼らが魔導巨兵を動かしているのだ。
「もっと早く動かせないのか?」
その様子を見ているスラフスティックが隣のリゼに声をかける。
「数千年ほったらかしにされていた魔導巨兵を、動かすのは初めてという魔導師たちが操作しているのです。これでも上出来です。
それにしても、あのベルダネウスという男、どこからこれほど高品質の力玉を手に入れたのか……」
視線を魔導巨兵に向けたままリゼが応える。
魔導巨兵たちは首の後ろの付け根。人で言えばうなじにあたる場所に動力源である力玉を新たに埋め込むことで動くようになった。魔導巨兵は力強い分、源となる力玉もそれ相応の質が求められる。出来の悪い力玉では、動かないどころか無茶な魔力の流れを起こして逆に壊してしまう。
数日の調査でわかった動く巨兵はこの3体のみ。あとは未完成か不良品だった。しかし、この遺跡の可能性を示唆するには十分に思える。工房を稼働して魔導巨兵の量産するにはまだまだ先は長いが、ある程度の道筋は出来そうだった。
「問題は、魔導巨兵をどうするかですね。王宮の人達をこちらに呼ぶか。こちらから魔導巨兵をドルボックまで移動させるか」
力の示唆にはこの3体をドルボックまで行進させるのが1番だが。そのためにはまずこの3体を外に出さなければならない。が、ここにはこれまでも記したように魔導巨兵の出入り口がない。
「ある程度動かすのに慣れたら、これを使って外までの通路を掘らせろ」
スラフスティックの言葉にリゼも頷く。今のところはそれしかないように思える。
つい頭上の大地を見た。先ほどの地震が気になった。少し調べてみたが、結界には影響なさそうだった。だが、あれが何度も起これば、一気に結界が壊れる可能性がある。それほどの衝撃があれば、大地が崩れ、ここを埋め尽くしてしまうかも知れない。
(最悪の事態を考えて、資料の持ち出しを優先した方が良いかもしれないわね)
一方、スラフスティックはそんな不安は全く感じていなかった。
目の前で動く魔導巨兵の姿に、彼の中で自信と夢とが大きくなっていく。彼の中では、すでに魔導巨兵が量産され、ドボックの国境に配備、さらには隣国への侵攻する姿が思い描かれている。
スラフスティックは代々ドボックの軍幹部を務めていた家に生まれた。彼の父も祖父も叔父も兄も従兄弟も軍に属し、ドボックのために武器を取った。ドボックのために戦う。それが彼の生き方だった。
それだけに今のドボックのあり方が我慢できなかった。国力が他の国より劣っているのはわかる。守り中心なのも今は仕方がない。だが、なぜ国力増強に力を入れないのだ。
民を動員して訓練を行い質を高めろ。
必要な資金を調達するため、税を徴収しろ。中途半端な税は民を甘やかせるだけだ。
外貨獲得のため、麻薬産業に着手しろ。麻薬は高く売れるだけでなく、他国にばらまいて地力を奪うことも出来る。
彼の主張に議会の多くは反対した。今、ドボックが攻め込まれずに済むのは攻めるのに見合うものがないからだ。戦力を高め、危険視されれば周辺国家は多少のリスクを負ってでも攻めてくる。ドボック最大の武器は弱さ、国力のなさだ。
この主張に彼は怒りしか湧かなかった。腰抜けめ、臆病者め。弱さを自慢げに語るものが人の上に立つな。
彼は同じ思いをするものたちと共に国力増強に勤しんだが、彼らも一枚板ではなかった。
ただ意見を言い合うだけが続く中、彼は一つの結論に至った。周囲の自信のなさ、慎重さの根本は、現実の力のなさにある。力を現実にある我らの物として見せつければ周囲は自信を取り戻し、自分の主張を支持するようになる。
だが、その「力」として見せるのは何か? 迷う彼に、まるで神が導くようなタイミングでこの遺跡の情報が入った。
古代魔導文明の遺跡にして、魔導巨兵工房。これを稼働させることが出来れば、魔導師連盟ですら質の悪い模造品しか作れずにいる魔導巨兵を大量生産できる。ドボックは、世界のどの国も手にできずにい巨大な力を手に入れられるのだ。
喜びと同時に怒りも湧いた。この遺跡は税や兵役など国民の義務から逃げた者達によって隠されていたのだ。
村人達に対するスラフスティックの怒りは激しかった。
「兵を出し、村人を皆殺しにして遺跡を取り戻せ!」
いきり立つ彼を周囲は必死でなだめた。隠し村というものの、サンクリス村はラウネ教会を通じてサークラー教会、魔導師連盟ともつながりがあり、彼らを刺激する対策はドボックを孤立させかねない。彼の考えに共感する者にも、それはやり過ぎだとためらう者も少なくなかった。
怒り収まらぬスラフスティックだが、彼にはまだ反対派を押さえ込むだけの力はない。煮えくり返るはらわたを何とか抑えつつ、妥協したのが今回の占領作戦だった。
だが、彼はこの村人達を許す気は毛頭なかった。彼が現地で指揮を取ることにしたのは、「この裏切り者達の村をこの手で滅ぼしてくれる」という意思からだった。そう、彼は最初から村人達を殺すつもりだった。
他にもバーガンを呼んで村をケジ畑にして麻薬産業の道筋をつけたり、とにかく他の連中の目が届かない来春まで、できるだけ自分の思い通りに事を進めたかったからだ。魔導巨兵と外貨獲得のための麻薬産業。これはドボックを強国とするために必要なのだ。
改めて動く魔導巨兵に目を向ける。歩いているだけなのに、魔導巨兵の姿には胸が踊る。うす暗いここですらそうなのだ。昼間、ドルボックの中央通りをこれが行進する姿はどれほど王たちに力と自信を与えるだろう。
(陛下。もうすぐです。もうすぐドボックは生まれ変わります。力を持ち、周辺国に攻め入り、この戦東群国を統一するのです)
ドルボックの王宮で見た王・リザード7世の姿を思い浮かべる。学問を学び、剣にも長けていながら、今ひとつ覇気が感じられないその姿。自分の手で王を生まれ変わらせるのだ。
自然とスラフスティックに笑みがこぼれる。
その視界に、魔導巨兵を動かす魔導師達に指示を与えるリゼの背中が見えた。
(リゼめ、せいぜい威張っていろ)
工房の分析と、巨兵の操縦にある程度道筋がついたら彼女は始末するつもりだ。確かに今は重宝すべき存在だが、もともと自分の手柄欲しさによそから来た彼女を彼は信用していない。ただ追い出すのには、彼女は内情を知りすぎた。
× × ×
ラウネ教会の周囲に篝火が焚かれ、兵達が交替で見張りに立っている。とは言っても樹や塀の陰に隠れるように立ち、動くときにも盾を構えている。明るい場所に立つのは、的になるようなものだと考えているらしい。
その見張りの中にルーラもいた。
「おい、精霊の力で周囲に人がいないかわからないのか?」
「精霊たちには精霊使い以外の人はみんな一緒。数えるときはあなたたちも一緒に数えるから無駄」
小声で答える。兵達は占領時に自分の声を聞いたことがあっても、その後、死んだと思っているから、今の自分と結びつける人はいないだろう。似ていると思っても、気のせいだと思うだろう。頭でわかってはいても、自然と声が小さくなる。
「無愛想な女だ。女だったら愛想の1つも振りまくもんだぜ」
「せめて料理ぐらい手伝えよ。村の女がいなくなったおかげで、みんな自分でやらなきゃならん。作物は村人が収穫済みだったんで、倉庫にたんまりあるが、料理が面倒くさくってしようが無い。調味料もろくに無いし」
そんな言葉をルーラは聞いていなかった。声を上げないよう、暴れないよう必死で自分を押さえつけていた。
見張り達から逃げるように、早足で遠ざかる。今の自分では怪しまれない反応をする自信がなかった。そんな彼女の背中を見て
「愛想もない、胸もない。この村にいる女があんなのとリゼ様だけだっていうのがな」
「ここは雪が降ったら出られないって言うぜ。一旦戻って、春になったらまた来るって言うのは出来ないのかね」
見張り達がぼやくが、これもまた彼女の耳には届いていなかった。
(もう嫌、みんな、みんな無くなってしまえばいい)
1度は忘れたはずの思いが再びわき上がる。クリフソーを仕留められる目処が立ったせいか、他のものにもその憎しみをぶつけはじめた。
村を落として遺跡を埋めてしまえ。そこにいる人達もろとも。
その思いがあまりに強かったのか、精霊石を通して精霊たちに伝わり、返事が来た。
「……まだたくさんいるって。わかっているわよ。それぐらい」
精霊たちの声を振り払うように首を振る。精霊たちの返事の意味を深く考える余裕がなかった。
(落ち着け、落ち着け)
何度も自分に思い聞かせるが、なかなか心の騒ぎは収まらなかった。
そこへ
「オーレリィ、ちょいと話があるんだが」
クリフソーが声をかけてきた。無視したかったが、他の兵士が
「手短に済ませろよ」
と認めてしまったため、拒否も出来ずに彼についていく。声を出せないため、ハッキリ断れないのが彼女にはもどかしかった。
彼は馬小屋、馬車の横まで彼女を連れて行き
「ベルダネウスとはどこで知り合ったんだ?」
ルーラは答えない。彼の意図をつかみかねていた。何でこんなことを聞くのか?
「まあいいや。俺と組まないか?」
何を言い出すのかと目を細める。
「君がどんな事情であいつに雇われたのかは知らないが、ああいう奴は信用できない。君は知らないかも知れないが、あいつはこの村の連中を皆殺しにする手伝いをしていたんだ」
彼女の頬が引きつった。それを彼は勘違いしたのか
「本当さ。いずれは君もあいつに売られる。金になるなら平気で人を裏切り、心を踏みにじる奴だ」
それはあなたの方よと言いたいのを彼女はぐっと堪える。
「このままじゃ駄目だ。自由と幸せになるには、自分から動かないと」
力説する彼は真剣に見えた。それを受けたルーラの精霊の槍を握る手に力がこもる。もしかしたら、こんな調子で姉さんを口説いたのではないか。
「そこで提案があるんだ。明日、僕は君たちと一緒に村を出る。人気の無いところまで来たら、奴を倒す。あいつは御者台で手綱を握っているから、背中から刺すのは簡単だ。そのあとあいつの死体はその辺に捨てて、馬車の荷物と金を持って一緒に逃げよう。
君も見ただろう。あいつは今日、代金としてかなりの金を手に入れた。馬車の中にあるはずだ。あれだけあればしばらく暮らせる」
ルーラは愕然とした。こいつは、こんなことを考え、自分を仲間に引き釣り込もうとしているのかと。同じようなことを自分たちも考えていたことをすっかり忘れて彼女は怒りを飲み込んだ。
「君はアクティブに行ったことはあるか? ちょっと大きな町になると、そこだけでドボック全てと同じぐらい人がいるって国だ。いろいろなものがあって、すごい楽しいところだ。そこに住んでみたくないか?」
この場で目の前の男を殺したくなった。しかし、今、ここで殺せばベルダネウスはどうなる。彼は今、教会の中でバーガンと話している。彼が逃げる暇はない。
これ以上、彼と一緒にいるのはたまらない。ルーラが立ち去ろうとするのを、クリフソーは後ろから抱きしめた。
「そう邪険にするなよ、ルーラ」
途端、ルーラが跳ねるように彼から離れようとした。が、彼の手は彼女の持つ精霊の槍をガッチリ握っていたため、勢い余ってつんのめる。彼女が地面に転がったとき、精霊の槍はクリフソーの手にあった。
「残念でした」
数人の兵士が彼女を取り囲む。
槍を手にニヤニヤ笑う彼を守るように、数人の兵士が現れた。
「生きていたとはね。けれど、戻ってくるならもっと考えるんだな。こんな物を持ってたら駄目だろう」
そう言って彼が馬車から取り出したのは、一抱えはありそうな長い、とても長い髪。
ルーラが目を見開いた。ベルダネウスによって切られた彼女の髪だ。
「俺だって、この村の女にとって髪がどれほど大切かぐらい知っている。けれど、わざわざ馬車に持ち込んで戻るとは、自分の正体を教えるもんだぜ。こういうのは、こうしておかなくちゃ」
鼻で笑い、束ねた髪を篝火に放り込んだ。炎が一気に大きくなり、黒髪がオレンジ色に包まれる。髪が縮れ、焦げ、周囲に嫌な臭いをまき散らしながら燃え尽き、消えていく。
髪は生まれてからの全てを記した女の人生。
結婚の時に夫となる人の手で女は髪を切ってもらう。それは、それまでの人生から切り離され、妻という新たな生き方を選ぶ決意。
夫は妻となる女性の髪を切る。それは、女のそれまでの人生を切り離し、これからを全て引き受ける決意。
切られた髪は女が今になるまでの過去の記録。過去の積み重ねがあってこそ今がある。
だから結婚しても女は髪を捨てられない。過去を持たない者は、未来をも持てないから。
その髪が燃えて消える。ルーラの目の前で。
「いやぁぁぁぁっっっ!」
ガインの教えは一瞬で消し飛び、彼女はわめきながらクリフソーに挑みかかる。が、ろくに近づけないまま周囲の兵士に取り押さえられた。
「ベルダネウスも何のつもりでお前の味方をしたのか」
「おじさんをどうする気?」
「さてね。今頃はあいつもとっ捕まっているよ」
教会の方を向いてにたりと笑うクリフソーに、彼女が青ざめた。
その時だ。
彼女を押さえつけていた兵士の1人を飛んできた矢が貫き、勢いのまま兵を吹っ飛ばした。
愕然とする兵達だが、次の瞬間、彼らは一斉にルーラを放し飛び退いた。その空間を新たな矢が通過する。
兵たちが矢の飛んできた方に身構え、剣を抜く。
その隙をついて、ルーラがクリフソーに掴みかかる。奪われた精霊の槍を取り戻そうとする。
が、その手が彼に届く前に別の兵士が取り押さえた。
「じっとしていろ。犯すぞ!」
兵士の言葉に被さって、熊のような咆哮が響いた。
空気が震え、波となって彼らを飲み込む。月が雲に隠れ、周囲が暗くなる。
情けない声を上げて逃げ出すクリフソーを尻目に、迎え撃つべく身構えた兵士たちが見たのは、地震のような地響きと供に夜の闇から突進してくる巨大な影。無数の鉄板を貼り付けた革鎧を着込み、巨大な長戦斧を構える大男。
だが兵達も夜襲には慣れている。闇からの巨体突撃にひるむことなく剣を向ける。
と、大男の影が消えた。消えたのではない。跳んだのだ。
兵達の頭上を飛び越え反対側に着地すると、振り向く勢いで長戦斧を横に払う。
それをまともに受けた兵の1人が吹っ飛んだ!
それにひるまず兵達がガインに挑む。途端、彼の姿が消えた。
先ほど同様、すさまじい跳躍力で彼はルーラを捕まえた兵のそばに跳んだ。
素手で兵の横っ面をひっぱたき、ルーラから引き剥がす。
「何者だ⁈」
兵の叫びに影は
「『たたかうおじさん』だ!」
豪快な笑いとともに、雲から出た月がゲルバー・ガインの姿を照らす。
「おじさん!」
「離れていろ」
長戦斧を構え、兵たちに突進する。
兵達が身構えるのと同時に彼が横に跳ぶ。と思えば上を跳び、兵達を跳び越える。着地と同時に突進、すれ違いざま兵の1人を殴り倒す。縦横無尽に跳びまくる彼の動きに兵たちはついて行けない。戸惑う兵士達を前に、ガインは頭上を飛び、横に流れ、瞬時に間合いを詰めてくる。
その度に振るわれる長戦斧が確実に兵を1人ずつ倒していく。
こうなったら、彼の巨体が与える威圧感は本来の数倍になる。自分より二回りは大きく、速く、力のある男が容赦なく襲ってくる。しかも今は夜だ。
さしもの兵達も、次々と仲間が打ち倒されていくのを目の当たりにし、恐怖が優性となって動きを鈍らせていく。
そんな兵達の間を抜けて刃輪が続けざまに飛んで来た!
軽くそれらを避けるガイン。躱された刃輪は弧を描いて戻り、彼を背後から襲う。が、それも彼はそれもたやすく避ける。
戻ってきた刃輪を受け止め、構えるセクシャル。
「離れていろ。邪魔だ」
彼の言葉に兵たちはありがたいとばかりに離れていく。
セクシャル攻撃再開。両手に持った刃輪を、腰の刃輪を続けざまに投げる。
ガインが長戦斧で円盤を弾く。今度は避けない。飛んでくる刃輪を長戦斧を片っ端からたたき落とす。上下左右からの、時間をずらしての攻撃にも的確に対処する。
はじき落とされた刃輪はセクシャルの手に戻ることなく、次々と地面に突き刺さっていく。
セクシャルの眉間に皺がよる。その視線が、ガインの背後にいるルーラを捕らえた。
次に投じた刃輪は、弧を描いてガインではなく彼女に向かう。長戦斧では円盤に届かない。
しかしガインは姿勢を崩さない。その手にある長戦斧が突然伸びた! 柄がそれまでの数倍に伸び、ルーラに迫る刃輪をたたき落とす。
これにはセクシャルも無言で驚いた。
「悪いな。俺の長戦斧は伸縮自在なんだ」
にやりとしたガインが、そのまま大きく跳んだ。彼のいたところを魔導の雷が撫でる。
リゼが駆けつけてきたのだ。さすがのガインも、魔導が相手では分が悪い。
身を固くするルーラの腕を横からつかむ者がいた。
「こっちよ!」
ポラリスだった。
彼女に引っ張られるようにルーラが走り出す。
セクシャルが投じた刃輪をはたき落とそうとしたガインを、リゼの雷が牽制する。
低く飛ぶ刃輪が走るポラリスの足を斬る。
「ポラリスさん!」
倒れた彼女に駆け寄ろうとするルーラの腕をガインがつかんだ。
「ルーラを頼みます!」
彼女の叫びにガインは頷くと、ルーラを抱えて長戦斧を地面に突き刺した。
長戦斧の柄が伸び、2人を一気に遠くまで運んで間合いを広げる。
「おじさん戻って。ポラリスさんが!」
叫ぶルーラを抱えたまま、ガインは山道に逃げ込んだ。
追いかけようと踏み出したセクシャルの足が止まる。障害物の多い山の中では彼の刃輪は使いにくい。深追いすると逆にやられるだけだ。
数人の兵士がポラリスに剣を突きつける。もっとも、そんなことをしなくても彼女の足は立てる状態ではない。
「あなたには聞きたいことがあるわ。あいつらが何者なのか。あなたたちの背後にいる人の正体もね」
リゼが魔玉の杖をポラリスの傷に向ける。
「でも、その前に傷の手当てぐらいはしてあげるわ」
杖の魔玉が光り、治癒魔導が発動した。
「どうして助けに行っちゃいけないんですか?!」
威勢良くせまるルーラに
「お前のは助けに行くんじゃない。捕まりに行くんだ。精霊の槍をなくしたお前が出来ることは限られている。助けに行くなら、それを考えてからにしろ」
ガインは駄駄っ子をあやすように、彼女の頭をなで回した。
山の中にある木造の小屋。村の人達が休憩所として利用するここにガインとカーンは腰を落ち着けていた。小屋の横には彼らが飛ぶのに利用した荷車が置かれている。
「でも、早く助けないと2人とも殺されちゃう!」
「殺しはせんよ」
備え付けのかまどでス-プを作っていたカ-ンが応えた。
「ベル公たちからいろいろ聞き出すまでは殺さんよ」
ただ、殺しはしないだけで拷問はするだろうと言う考えは口にしなかった。
不安げな顔を向けるルーラにカーンはスープの器を渡し
「とにかく飯を食え。2人を助けに行くのはそれからじゃ」
「問題は、2人がどこに捕まっているかだな」
残ったスープの鍋に直接パンを浸してガインが飯にする。
「地下の遺跡だったら大変だぞ」
「あちらさんも、わしらがベル公たちを助けに来ることを考えているだろうしな」
「そこへの出入り口は、教会とを結ぶ細い通路だけだろう。待ち伏せされて、攻撃魔導だの矢だのを使われたら、いくら俺でもたまらんぞ。他に地下へ通じる道はないのか?」
ルーラは力なく首を横に振り
「……わかりません。地下にあんな物があったことも、あの日、初めて知ったんです」
「少なくとも、教会以外にもひとつ、遺跡に通じる道がある」
カーンの言葉に、2人の口が止まった。
「ルーラちゃんが遺跡から出て、ベル公たちに拾われるまでに通った道じゃよ」
スープを飲み干すと、カーンは脇の果実を取り、ナイフで皮を剥き始めた。
その様子を前に、ルーラは唇を噛んだ。何かしたい、しなければいけないと思うのに、それをする力が無い自分が情けなかった。
(精霊の助けがあれば……)
あっさりと精霊の槍を奪われたのが悔しかった。あの時もクリフソーにあっさり精霊石を奪われた。同じ失敗を繰り返したのが悔しかった。
「ところで、1つ聞きたいんだが」
彼女の気を逸らすかのようにガインが
「この山の虫や動物は、夜になると動かなくなるのか?」
「どうして?」
「静かすぎる。虫や獣の声どころか気配も感じられねえ。ここに来たときには感じられたのに」
言われて耳を澄ますが、確かに虫や獣の声が聞こえない。
小屋を出て耳を澄ます。やはり何も聞こえない。風すらも吹いていなかった。
ただ聞こえないのではない。ガインが言ったとおり、気配すら感じられない。
こんな山は初めてだった。
夕方見た、猿や鳥を思い出した。
「まさか、みんなここから離れていったの……」
「沈む船からはネズミがいなくなるというが……」
いつのまにか、カーンが後ろに立っていた。
(つづく)




